第三章-8 理系バカの作戦会議
夜。
ミスターブラウンの宿の食堂は、いつものように暖かな灯りに包まれていた。
薪ストーブの火がごうごうと燃え、厚い石壁に反射して赤い光が揺れる。雪に閉ざされた町の中で、この場所はまるで小さなオアシスのようだった。
「ふぅ……やっと落ち着いた……」
沙良はスキーウェアの上着を脱ぎ、シャツ姿に着替えて椅子に深く腰を下ろした。背もたれに体を預けると、緊張が抜けて一気にだらけた姿勢になる。
「ほんと、今日は命削ったわ……」
夏帆も同じく脱力気味。テーブルの上には香ばしい匂いを漂わせる料理が並んでいる。鹿肉のシチュー、焼きたての黒パン、干したキノコを使ったソテー、そして例のホーンラビットのロースト。
宿の娘マリアが得意げに胸を張る。
「今日はちょっと豪華にしたんですよ! お二人とも狩りから帰ってきた英雄ですから!」
「へ、英雄なんて大げさだよ」
沙良は照れ笑いを浮かべたが、夏帆は「まあ、死にかけたのは事実だし」とぼそっと呟いてパンを千切った。
それでも食卓は賑やかだった。二人は目の前の料理に手を伸ばし、もぐもぐと口を動かす。疲労と緊張で胃が縮こまっていたはずなのに、食欲はしっかり戻ってきていた。
「さて、沙良さん……」
夏帆がパンをちぎりながら切り出した。
「我々は冒険者になりたいのか?」
「ん?」
沙良は口いっぱいに肉を頬張っていた。ごくんと飲み込み、首をかしげる。
「うーん。なりたいのかと言われると……別に、なりたいわけではないよね。あんな危ないこと、もう嫌だし」
「うん。あたしも、あんな生命の危機に出会うのはこりごり。最初のはエブリイがあったから多少は笑っていられたけど……」
「いや、マジで笑いだったよね、あれ」
沙良が肩を震わせて思い出し笑いをする。
ホーンラビットに突撃され、エブリイのお尻に穴が開いたあの一件だ。命の危険よりも車のダメージにショックを受けていたのだから、今にして思えば本当に彼女らしい。
「まあ、それは置いといて」
夏帆は真顔に戻る。
「今回のは守ってくれるのがレオンさんっていう、完全に他人だったわけじゃん。それだと、いざってときヤバいと思うのよ」
「えーでも、ホーンラビットのときだって、エブリイのお尻に穴開いちゃったしぃ……」
「あぁぁそうだったね」
二人は同時に肩を落とした。
しばし無言で料理をつつく。シチューの中の肉がとろけるように柔らかく、パンを浸すと温かい香りが口いっぱいに広がった。おいしいのに、会話はどこか重かった。
「……魔法ギルドに、また行ってみようよ」
ぽつりと沙良が言った。
「え、何しに?」
「エブリイを強くできないか、訊いてみようよ」
「また、あんたは突拍子もないことを思いつくわねぇ」
夏帆は呆れたように笑う。
「強くって、どんなよ」
「んー……魔物が来ても、跳ね返すみたいな!?」
「跳ね返す? それって……マリカーのスーパースター取ったときみたいな?」
「あはは、いーねーそれ!」
沙良の目が輝く。
「そんな機能、できないか相談してみようよ」
「いきなり行って、大丈夫かなぁ……」
「彼らは魔法バカ……多分。だから、提案すれば乗ってくるはず」
「まあ、理系バカのあんたが言うんだから、行けるかもね」
夏帆が笑う。
だがその笑みは、沙良をからかうというよりも、どこか安心を含んだものだった。二人とも同じことを思っていたのだ。――このままでは危ない。生き残るには、自分たちの「武器」を持たなければならない。
夕食が終わるころ、ミスターブラウンが太い腕を組んで近づいてきた。
「嬢ちゃんたち、今日も派手にやったらしいな。レオンが『珍しく疲れた』なんて言ってたぞ」
「え、そんなに?」
「いやぁ……」
二人が苦笑していると、マリアがにこにこと顔を出す。
「でも、無事に帰ってきてよかったです! エブリイさんも!」
沙良は苦笑しつつ『エブリイ留守番だったけど』、テーブルの下で拳を握った。
(絶対に、もっと強くしてやるからな……!)
部屋に戻ったあとも、二人はベッドの上で寝転びながら作戦会議を続けた。
「エブリイに防御魔法って掛けられるのかな」
「タイヤが光って、シールド展開とかしたらカッコよくない?」
「それもう、完全にロボットアニメのノリだよね」
「理系バカは浪漫も求めるんです」
やがて二人の笑い声は少しずつ落ち着き、宿の静けさに溶け込んでいった。
外は吹雪。だが、心の中には新しい希望が芽生えつつあった。




