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第三章-6 薬草採集クエスト

 朝の町はまだ薄い靄に包まれていた。

 石畳の上には夜のうちに降った雪が積もり、歩けばぎゅっぎゅっと靴底の下で小気味よい音を立てる。吐く息は白く、頬を刺す風は痛いほど冷たい。

 

「うぅ……さっむぅぅぅ!」

 沙良はスキー用のグローブ越しに両手を擦り合わせ、肩をすくめた。


「でも、スキー帰りの格好でほんと助かるよね。ウェアもスノーブーツもこの雪道なら全然平気だし」

 夏帆は笑いながら、首元までファスナーを上げ、ゴーグルを頭の上にずらした。


 昨日ギルドで受けた「薬草採集」の依頼を果たすため、二人は町を出ようとしていた。狙うは“氷雪草”という薬草。この世界で治療薬や解熱剤の材料に使われるらしい。


 そんな二人の傍らに、一人の青年が立っていた。

 浅黒い肌に明るい笑顔。年は二十歳前後、軽装の革鎧に毛皮のマントを羽織り、腰には短剣と弓を携えている。昨日、狩人ギルドで出会った青年――レオンだ。


「おはよう、二人とも。準備はいいか?」

「うん……! よろしくお願いします!」

 沙良が背筋を伸ばして答えると、夏帆もにこっと笑って軽く会釈した。


 レオンは歩き出す前に周囲を見回し、真剣な表情で言った。

「氷雪草は森の奥に群生している。ただし、そこは魔物もよく出る。採取は俺が護衛するけど、油断はするなよ」


 二人は思わず顔を見合わせる。昨日のホーンラビット襲撃事件がまだ頭に鮮明に残っていたからだ。

「ま、またあんなのに出会ったら……」

「でも、今度はレオンがいるから! きっと大丈夫!」

 沙良が半分泣きそうに言えば、夏帆は強がるように拳を握った。


 レオンは苦笑しながら先に立ち、雪の積もる森へと歩みを進めた。


氷雪の森


 町を出てすぐ、世界は一変する。

 白銀の森。枝という枝は雪で覆われ、わずかな風でも粉雪がさらさらと舞い落ちる。鳥の声すら聞こえず、ただ足音と吐息だけが静かな森に響いた。


「うわぁ……まるでスキー場の林間コースみたい」

「それ、あんたが突っ込むコース外のこと?」

「あはは……。」

「でも整備されてないのは一緒だし、余計に怖いわ」

 夏帆は辺りを見回しながら呟く。


 沙良は肩にかけた小さな布袋を握りしめた。薬草を入れるためにギルドから渡されたものだ。

「ねぇ、この氷雪草って、どんなの?」


「白銀色の葉を持ち、根元に小さな青い花を咲かせている。雪の中でも枯れずに生きる、強い薬草だ。だが見つけにくい。雪に紛れるからな」

 レオンは雪を踏みしめながら説明する。


「へぇぇ……まるで雪の妖精みたいだね」

「でも、雑草抜きと違って命がけなんだよなぁ」

 沙良の感嘆と夏帆のぼやきが重なり、レオンは小さく笑った。


道中のトラブル


 森の奥へ入っていくと、雪の積もり方が深くなっていった。二人はスノーブーツでどうにか歩けたが、膝下まで沈む場所もあり、息が上がる。


「はぁっ……はぁっ……運動不足が身にしみる……」

「ほら、沙良、ストック持っててよかったじゃん」

 夏帆が背中からスキー用ストックを取り出し、一本渡してくれる。沙良はそれで雪を突きながら必死に進んだ。


 そのとき、ガサッ、と雪をかき分ける音。

 二人はびくっと止まり、顔を見合わせる。


「……また来た!?」

「ちょっ、やめてよ、心臓に悪い!」


 レオンが即座に弓を構えた。だが現れたのは、雪ウサギに似た小さな魔獣――ホーンラビットより小型で、角も短い。

「『スノウラビ』だ。群れると厄介だが、一匹なら問題ない」


 レオンは矢を放ち、一撃で仕留めた。雪の上に転がる魔獣を見て、二人は安堵の息を吐く。


「……心臓止まるかと思った」

「ほんと、油断できないんだね」

 二人の声に、レオンは振り返り小さくうなずいた。

「この森は命を奪うものが多い。それでも人は薬草や獲物を求めて入る。……だから、俺たち狩人の仕事がある」


 その言葉に、沙良と夏帆は顔を見合わせた。――この世界で生きる人たちの現実が少しだけ胸に迫ってくる。


氷雪草の発見


 さらに進んだ先、谷間に差しかかる。両側の崖から雪がせり出し、冷気が渦巻いていた。


「この辺りだ。探そうか」

 レオンの声に、二人はしゃがみ込み、雪をかき分ける。


「これかな? 白っぽい葉っぱ……」

「いや、こっち! 青い花が咲いてる!」


 雪の中から、まさにレオンの言ったとおりの植物が顔を出していた。氷のように透き通った葉、根元には小さな青い花。

「わぁ……きれい!」

 沙良は手袋を外してそっと触れた。指先にひんやりと冷たさが伝わる。


 レオンは頷き、採取の仕方を教えた。

「根ごと掘り、袋に入れる。強く引くと折れるから気をつけろ」


 二人は夢中で作業を続け、袋いっぱいに氷雪草を収めていった。


帰路の不安


 採取を終えた頃、空は既に赤く染まり始めていた。

「やば……結構時間かかったね」

「町まで戻るには急がないと」


 レオンが前に立ち、足早に雪道を進む。

 だがその途中、またも雪をかき分ける音がした。今度は低いうなり声も混じっている。


「……来るぞ」

 レオンの声に二人は身を固くする。木々の影から現れたのは、白い毛並みの狼――スノウウルフだった。


「うわぁぁぁぁ!」

「やっぱり出たー!!」

 二人は叫びながらストックを構えるが、レオンが素早く矢を放ち、狼の動きを牽制する。


「下がってろ! 俺がやる!」

 短剣を抜いたレオンの声が、森に響いた。

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