第三章-3 宴会
白銀の世界の夜は、柔らかな灯りに包まれ、宿の内部は外の寒さを忘れさせる暖かさに満ちていた。
ミスターブラウンの食堂には、すでに数組の客が座り、談笑や食事の音が響いている。そんな中、沙良と夏帆は、先ほど森で騒動を起こした“ホーンラビット”の記念すべき一夜を祝うかのように、宿の小さな宴席に腰を落ち着けた。
テーブルには、今晩の主役ともいえる料理が並ぶ。白銀の森から連れてこられた、角付きホーンラビットの肉料理。焼き加減、香り、盛り付け――すべてが丁寧で、普段の宿屋の料理とは比べ物にならない。だが、沙良たちのテーブルでひときわ目を引くのは、料理の横に無造作に立てられたホーンラビットの角である。
「これ……勝者の証って感じ?」
夏帆が笑いながら指さす。角は、ちょうど二人の席の中心に突き立ち、照明の灯りに反射して白く輝いている。
沙良は角を見つめながら、小さくうなずいた。
「……うん。今日の戦いの記録。まさか、バンパーに刺さった角がそのままテーブルに立つなんてね」
そこへマリアが、お盆を持ってやってきた。
「おねーちゃんたち、飲み物はどうするの?」
「うーん、私はオレンジジュースで」沙良が答えると、夏帆がぴしゃりと言った。
「アルコールはダメ! この後まだ車を触るかもしれないんだから」
二人は笑いながら、マリアからそれぞれの飲み物を受け取る。
やがて、料理が運ばれ始める。ホーンラビットのステーキ、煮込み、スープ、香草焼き……あらゆる部位を使ったコース料理が、次々と目の前に並べられていった。
「わぁ……これ、ホントにコース料理になってる……!」
沙良は目を輝かせ、手を合わせるようにして少し頭を下げた。
「まさか、森のモンスターが今日の晩飯になるなんて……感動しすぎる」
夏帆も負けじと箸を取り、ひと口ごとに顔をほころばせる。
「これ、肉が柔らかい……香りも絶妙……あー幸せ!」
すると、隣のテーブルの常連客たちが、ふと二人の様子を見て声をかける。
「お、そこの若いお嬢さんたち、あれはどうだ? 森の白兎だろう?」
「えぇ、そうです! 今日の森の冒険の成果です!」沙良は思わず調子に乗って答える。
「いやー、君たちのおかげで、美味しい晩餐が楽しめるとはな!」
客たちに褒められ、夏帆も思わず笑顔になる。
「ねぇ、ちょっと待って、これもう楽しい宴会じゃん!」
二人は食事を楽しみながら、次第に心も落ち着き、笑い声と会話が食堂内に広がった。雪の夜も、ここではまるで温かい春のようであった。
食事を終え、満足げに席を立った沙良と夏帆は、再びエブリイのところへ向かう。
夜空の白銀が反射して、車体の金属が淡く光る。後ろのバンパーを見ると――先ほどまで角が刺さっていた場所には、ポッカリと丸い穴が開いてしまっていた。
沙良はしゃがみ込み、そっとその穴に手をあてる。
「うーん……やっぱりちょっと寂しいな」
指先でバンパーの曲線をなぞりながら、ふとため息をつく。
夏帆もその様子を見ながら、考え込むように顔をしかめた。
「……ねぇ、これってさ、もしかして利点もあるんじゃない?」
紗良が顔をあげて首をかしげる。
「だってさ、バンパーってさ、車体の下を流れる空気が溜まって、抵抗になったりするじゃん?」夏帆は指で空気の流れを描くようにして説明する。
「その穴ができれば……空気の抜ける場所ができて、燃費がよくなったり、スピードを出した時に安定するかもしれないんだよね」
紗良は穴を見つめながら、少しずつ理解していく。
「……空気抵抗が減る……パラシュート効果の逆ぅみたいなこと?」
「そうそう! 理系バカの直感だけど、きっとこういうことだよ」夏帆は満足げにうなずく。
ウルウルしていた沙良も、夏帆の説明を聞くと、少し微笑みが戻る。
「なるほど……なら、穴が開いたままでも……いいのかもね」
二人は再び車体を確認しながら、夜の静けさの中で雪を踏みしめる。
森での恐怖も、森でのドタバタも、こうして笑いと理屈に変換され、また一つ冒険の思い出となった。
雪は静かに舞い続け、宿の明かりが遠くに反射する。
その夜、二人はエブリイの横に立ちながら、次の冒険に思いを巡らせるのだった。




