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第三章-1 旅立ち?

エブリイは、きゅっきゅっと雪を踏みしめながら道を外れ、森の方へと向かっていた。真っ白な雪原を抜けると、目の前には氷に閉ざされたような森が広がっている。木々はみな枝まで白く凍りつき、風に揺れるたびに細かい氷片がきらきらと宙を舞った。木や草の香りなど一切なく、ただ冷たい澄んだ空気が肺を満たすだけである。


「飛び出してきたは良いけど、どこ行く? 何する? どーしよお?」沙良がハンドルを握りながら、ちょっと困ったように笑った。


「現状、何故か森に向かってるねぇ(笑)」夏帆が助手席から覗き込み、わざとらしく肩をすくめる。


「えーだって、道路走っててもツマンナイジャン」沙良は唇を尖らせる。


「で、森に行こうと?」


「うんうん」


「へえー、ところで異世界あるあるだとさ、森なんかにはモンスターとかいるじゃん(笑)」夏帆が声をひそめた。


「あーいるよねー。ゴブリンとか、始まりの方だとホーンラビット? 角の生えたやつ(笑)」沙良も想像を膨らませる。


「そうそう、そーゆーの。出たらどうする!?」


 その一言に、沙良は慌ててブレーキを踏み込んだ。エブリイは雪に足を取られ、少し横滑りしながら止まる。ザクッ、雪とタイヤの音が森の静けさに響いた。


「出るの?」沙良は目を丸くして夏帆を見た。


「いやいや、出たらどうするのかってこと」夏帆はあわてて両手を振った。


 しばし考え込んだ沙良は、やがて小さく頷き、車のドアを開けて降り立った。雪がぎゅっ、と足元で鳴る。そのあとを追って夏帆も降りてくる。


「どーしたん?」


「うん。イザって時に困らないように、チェーン巻いとく」


 沙良は真剣な顔で答える。彼女のエブリイは、スキーに行くためにスタッドレスタイヤを履いてはいたが、雪深くなるとスタックしてしまうかもしれない。ましてモンスターなんかに出会い、慌てて逃げようとしたときに足を取られたら致命的だ。準備できることは、今のうちにしておいた方がいい――沙良の判断だった。


「コッコの店長ありがとう……って感じだね」沙良が呟く。


 夏帆はその言葉にふふっと笑った。「ほんと、あの人が色々世話してくれたおかげで、でなかったら今ごろツルンツルンだよね」


 二人で雪の中、タイヤチェーンを取り出す。手袋をしていても金属の冷たさが伝わり、息が白く舞い上がった。沙良は膝を雪に沈ませながら、タイヤにチェーンを絡めていく。夏帆は寒いのが苦手なので車内へ引っ込んでしまった。


「ねぇ、モンスター出たらどうする?」窓から顔を出しながら、夏帆が再び同じ話題を持ち出す。


「えー……とりあえず、逃げる?」沙良はチェーンを引っ張りながら答える。


「だよねぇ。戦うとか、無理だもんね」


「うん。私ら、旅人ってよりドライブ中の観光客だし」


 二人は顔を見合わせて笑ったが、その笑いにはどこか緊張が混じっていた。


 森の中はしんと静まり返っている。風の音すらほとんどなく、聞こえるのは自分たちの息と、金属の触れ合う音だけ。雪の匂いと冷気に包まれ、時間が止まったような感覚になる。


 夏帆はふと辺りを見回した。「……なんか、足跡っぽいのある」


 指さした先には、小さな穴の列が雪に続いていた。獣の足跡にしては整いすぎていて、人の靴跡にしては小さすぎる。穴の縁が凍っていることから、それほど新しいものではなさそうだったが――。


「……ホーンラビットとか、マジでいるかもね」沙良が小声で呟く。


「きゃー、ほんとに異世界あるあるじゃん」夏帆は半分冗談、半分本気の声をあげる。


 チェーンを巻き終えた沙良は、立ち上がって手袋をぱんぱんとはたいた。「よし、準備完了。これで多少の雪道でも安心」


「でも、モンスターは?」


「……それは安心じゃない」


 二人は同時に吹き出した。だがその直後、森の奥からぱきん、と枝の折れるような音が響いた。二人は思わず顔を見合わせ、息をのむ。


 白い森の中、誰かが――何かが、こちらを見ているような気配があった。

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