表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/56

第2章‐23 「幼女と朝食と、少しの現実」

 朝の宿屋“ミスターブラウン”は、パンの焼ける香りとスープの湯気で包まれていた。

 カウンターでは宿の主人がぶつぶつと在庫を数え、ホールでは小さな足音がぴょこぴょこと走り回る。


 ――マリアだ。


 今日も看板娘は、ちょこちょこと愛らしい動きで客たちの間を縫っていた。水差しを抱えては「はい、どうぞ!」と声を弾ませ、パン籠を抱えては「追加ね!」と笑顔を振りまく。


「ふふふ……」

 沙良は頬を緩めながら、焼きたてパンをかじった。


「……なに笑ってんのよ」夏帆が怪訝そうに眉を上げる。


「えー? だって、朝から幼女に給仕されてパンが食べられるとか、幸せすぎじゃん」


「……あんた、食事と幼女と、どっちから栄養補給してんのよ」


「んーと、両方?」


 沙良が涼しい顔で答えると、夏帆は呆れたようにスープを啜った。

「まったく……幼女成分で満腹になれるなら、食費浮いて助かるけどね」


 そんな調子で、二人は今日も笑いながら朝食を済ませていった。

 宿屋の名前を「ミスターブラウン」と勝手に呼んで、沙良はつい「えー、違ったっけ?」と口にしかけ、夏帆がすかさず「おい、いい加減覚えなさいよ!」と突っ込む一幕もあった。



◆マリアの問い


 食べ終わる頃、マリアが二人のテーブルへ駆け寄ってきた。

 栗色の髪を二つ結びにした幼い笑顔。大きな瞳をきらきらさせながら、無邪気な質問を投げかける。


「ねぇねぇ、おねーちゃんたちは、どこから来たの?」


「え、えーっと……」

 沙良はスプーンを持ったまま、言葉に詰まる。

「……と、遠いところ?」


「じゃあぁ、旅人さん?」


「う、うん……まぁ、そんな感じ?」


 マリアはさらに首を傾げた。

「旅人さんなら、そのうち何処かへ行っちゃうの?」


 その言葉に、沙良と夏帆は同時に目を合わせる。

 笑顔は消え、沈黙が落ちた。


 ――確かにそうだ。


 この世界に来てから、彼女たちはエブリイと共に実験三昧の日々を送っていた。魔道ギルドと面白おかしく研究を繰り返し、コーヒーが増えるとかポータブル電源が勝手に充電されるとか、不思議現象を楽しんできた。


 だが――。


 自分たちが「なぜここにいるのか」、そして「帰れるのか」について、本気で考えたことはほとんどなかった。


「……だよねぇぇ」沙良がぽつりと漏らす。


「うーん。実験ばっかしてないで、もっと状況を調べて把握しなきゃ、だねぇ」夏帆も肩を落とす。


 マリアはきょとんとしながら、パン屑をテーブルから払った。

「でも、おねーちゃんたちがいなくなったら、さみしいなぁ」


「……ありがとう、マリアちゃん」

 沙良は頭を撫でてやりながら、柔らかく笑った。



◆町を出る決意


 宿を出た二人は、石畳の路地を歩きながら話し込んだ。


「……やっぱさ、町の外に出てみない?」沙良が言う。

「うん、私も同じこと考えてた。ここに来てから、ずっと城とギルドと宿屋の往復だけだったし」


「そうそう! なんか冒険者みたいにダンジョン行けとか言わないけどさ、まずはこの世界の“地理”とか“常識”を知っとかないと」


「……あんた、珍しくまともなこと言うじゃない」


「失礼な! 私はいつでもまともだよ!」


 そうして二人はエブリイに乗り込み、町の門へと向かった。

 久しぶりの外壁の門兵たちなのに笑顔で見送ってくれる。完全に「顔パス」状態である。


「……もうすっかり常連だね、私たち」

「旅人なのか居候なのかよくわかんないけどね」


 門を抜けると、眼前に広がるのは緩やかな丘陵地帯。朝の光を受けて草原が雪できらめき、小道は遠くまで続いている。


「よし、今日は町の外をドライブだ!」

 沙良が宣言するようにハンドルを握り、エブリイはごろごろとした石道を進み始めた。



◆道すがらの会話


「ねぇ、もし本当に帰れなかったら……どうする?」

 ハンドルを握りながら、沙良がぽつりとつぶやく。


「……うーん。正直考えたくないけど」

 夏帆は窓の外に広がる雪原を見つめる。

「でも私は、この世界にずっと住むってのも……ありかもしれない」沙良


「えぇぇ? 私、スマホもない世界とか耐えられる気しないんだけど、寒いし(笑)」夏帆


「でも、エブリイあるし」沙良


「車一台で人生決められないよ!」夏帆


 二人は笑いながら、しかし心の奥底には不安が渦巻いていた。

 この世界が何なのか。なぜ呼ばれたのか。そして――どうすれば元の世界へ帰れるのか。



◆未知への一歩


 やがて町を離れ、道は森へと続いていった。

 鳥の声、木漏れ日、草の香り~はしない、凍っている――。


「なんかさ、ゲームのチュートリアル終わって、ようやく“フィールド”に出たって感じだね」

「わかる! ここからオープンワールド始まる的な!」


 そんな軽口を叩きながらも、二人の胸は少し高鳴っていた。

 異世界の空気を肌で感じながら、エブリイはゆっくりと森の中へ進んでいく。


 ――今日から、彼女たちはようやく「自分の足で異世界を知ろう」と動き出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ