第2章‐22 「ガソリンという謎の液体」
一通りの実験走行を終えて、エブリイを駐車場代わりになっている魔道ギルド裏庭へと停めた二人は、ふぅとシートに沈み込んだ。
「なんかさぁ……いろいろ吸収したり増えたりしてるじゃん? コーヒー増えるとか、バッテリー勝手に充電されるとか。なのにさ――」
ハンドル越しにインパネを覗き込んだ沙良が、目を丸くして叫ぶ。
「燃料メーター、しっかり減ってるのよね!?」
針は確かに、走り始める前より少し下に傾いていた。
「えぇぇー!? ほんとだぁ!」
助手席の夏帆も慌ててメーターを覗き込み、口をへの字に曲げる。
「ねぇ、これ……どういうこと? 魔力で充電されるならガソリンも減らないんじゃないの? って思ってたのに」
「うん。なのに、普通に減ってる。ここは異世界だから魔力の干渉で燃料計がバグってる……とか思ったけど、いや、しっかり減ってるわけで」
二人は首をかしげながら、何度もメーターを見比べた。
ガソリン代わりに使っているのは、この世界で手に入る「魔石の粉末」だ。ほんの少しをガソリンタンクへ混ぜ込むだけで、エンジンは何事もなかったかのように回り続ける。つまり「走る」こと自体には支障がない。
だが――どうしても「減っていく」。
「……もしかしてさ」
沙良が顎に指を当てる。
「ガソリンの代わりになってるのは魔石の粉末なんだけど、それだけは魔力干渉で再生とか充填とかできないのかもしれない」
「えぇぇ? でもさ、コーヒー増やせるのに?」
「コーヒーとガソリンじゃ性質が違うのかも。……ってかそもそもガソリンって液体だし」
「液体……確かに」
二人であれこれ意見を交わしていると、背後から声がした。
「――ほう、また面白そうな話をしてますね」
振り返ると、いつの間にか魔道ギルドの研究員、アーベントが立っていた。書類を抱えたまま、にこやかながらも目がきらきら輝いている。完全に「理系バカ」のそれである。
「うわっ、びっくりした!」
「アーベントさん! 盗み聞きですかぁ?」
「いえいえ、ちょうど通りかかったら気になる単語が聞こえてしまいまして。……その、ポータブル電源とやらの中身と、このエブリイを動かす燃料は違うのですか?」
「うんうん、全然違うものだよ」夏帆が胸を張る。
「ポタ電は電気を蓄える箱みたいなもの。で、エブリイの燃料はガソリンっていう液体なの」
「液体……ですか?」
アーベントは興味津々でメモを取り始めた。
「そう。こっちではガソリンなんて手に入らなくってね。えーっと、ちょっとしたきっかけで魔石の粉末を混ぜたら代わりになることがわかったの」沙良が説明する。
「ふむふむ」
「ねぇ……なんだろ、これ」夏帆も不思議そうに首を傾げる。
「もしかして、液体……というところに、なにか秘密があるのかもしれませんね」アーベントは鼻を鳴らし、研究者特有のゾーンに入り始めた。
◆液体か、固体か、それが問題だ
「液体って……要は水とかお酒とかと同じでしょ?」夏帆が言う。
「そうそう、ジュースとかもね。で、魔石は固体でしょ? 砕いて粉にしてるから入れてるだけで、たぶん液体じゃない」
「うむ……」アーベントは腕を組む。
「この世界において、魔力は流体のように扱われます。空気のように流れ、時に水のように溜まる。ですが、固体の中に閉じ込められた魔力は、安定しすぎて取り出しにくいのです」
「ほぉー」二人同時に声をあげる。
「つまり、魔石を粉にして液体に混ぜることで、閉じ込められていた魔力が一気に取り出されるのでは?」
「え、それってめっちゃ理にかなってるじゃん!」
「けどね」沙良は燃料計を指さす。
「結局、入れた分だけ減っていくのよ。補充しない限り、なくなっちゃう」
「なるほど。……それはもしかすると、液体が媒体となって魔力を燃焼に変えるが、その液体そのものは再生しない、ということかもしれません」
「要するに、ガソリンは食器で言う『お皿』みたいなもので、食べたら無くなっちゃう、みたいな?」夏帆。
「……いやお皿は食べないよ」沙良が即ツッコミを入れる。
「でも例えとしては、まぁそんな感じ?」
◆魔道ギルド流の大実験
「よし、では次の実験を提案しましょう!」
アーベントは勢いよく書類を閉じ、目を輝かせた。
「また始まった……」
「ねぇ、絶対自分が楽しいだけでしょ」
「いえいえ、大真面目です!」
彼は胸を張ると、三人を研究棟の一角に案内した。そこには、透明な瓶に様々な液体が入って並んでいた。
「水、酒、油、薬品……液体はあらゆる種類があります。これらに粉末を混ぜ、どの液体で最も効率的に魔力が取り出せるのかを調べましょう!」
「なんか理科の実験みたい……」
「ていうか理科だよね完全に」
結局、彼らは夜まで「粉末入り液体燃焼実験」に没頭することになった。
結果――酒に混ぜた場合がもっとも激しく燃焼し、油に混ぜた場合は長く安定した火を得られた。
「へぇぇ! やっぱり液体の種類によって性質が変わるんだ」
「ってことは、ガソリンって液体にも特別な性質があるのかも」
「ふむ……」アーベントは満足げに頷いた。
「やはり液体は魔力の『触媒』として働いている可能性が高い。ですがガソリンという液体の本質は……まだ謎ですね」
◆夜の帰り道
エブリイを再び走らせながら、沙良と夏帆はため息をついた。
「ねぇ、結局なにも解決してないよね?」
「うん、でも……実験は楽しかったじゃん」
二人は顔を見合わせて笑う。燃料メーターは確実に減り続けている。だが、不安よりもむしろ「次は何を試そうか」という好奇心のほうが勝っていた。
「明日はまた別の液体、試してみよっか」
「そうだね。お皿を食べるのは無理だけどさ」
「だからお皿は食べないって!」
エブリイは夜の街路を走り抜けていく。燃料計の針が少しずつ動いているのを横目にしながら、二人の冒険はまだまだ続くのだった。




