表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/56

第2章‐16 氷の城下町とエブリイの余波

氷の城下町を爆走した――その混乱は、しばし町の記録に残るほどの大騒動だった。

凍りついた石畳にはスリップ跡がくっきりと刻まれ、広場の屋台は半数が横転、干してあった毛皮のマントや魚の干物が空を舞い、町人たちは口々に「氷の魔獣が暴れたのか!?」と悲鳴を上げていた。


いや、魔獣ではない。

原因は――異世界の小さな銀色の箱、エブリイ。

そしてその助手席で声をあげて笑い転げる女王陛下と、ハンドルを握る沙良であった。


「……ひぃ、ひぃ……くっ、あはははははっ! あれ見た? 魚屋の親父、顔真っ青で氷樽に飛び込んだ!」

沙良は肩で息をしながら運転席で笑い転げる。目尻は涙で濡れ、頬は興奮の赤で染まっている。


助手席の女王陛下もまた、頬を紅潮させ、瞳を爛々と輝かせていた。

「これぞ……これぞ解放感というものか! 馬など子羊に等しい、わらわは風そのものになったのだぁぁっ!」


城下町の人々は泣いているのに、車内の二人は笑っていた。

エブリイは広場を飛び出し、町外れの雪道でようやく減速を始めた。


外では――。


「と、とまれぇぇぇっ!!」

リオネル伯爵が馬を駆り、顔を真っ赤にして追ってきていた。

その後ろで、ロドムも息を切らし、半ば氷の粉をかぶった雪だるま状態で叫ぶ。

「こ、これはっ……殿下……いや、陛下が直々に……っ! 町が、町が大混乱に……っ!」


その光景を少し離れた場所で見ていた夏帆は――膝から崩れ落ち、腹を抱えて転げ回っていた。

「くはっ……あはははっ! なにあれ、もう……サラ、完全にブレーキ壊れてるでしょ! 悪い癖全開だって! いやぁ……お腹痛い、死ぬ……!」


やっと車を停めたところで、リオネルが駆け寄る。

「お、おやめください陛下っ!! このような危険な――」


「ふふん、危険? 違うぞリオネル。これは希望だ。民に夢を見せたのだ!」

女王陛下は満面の笑みで言い切った。


「……夢じゃなくて悪夢ですよ」

夏帆がすかさずツッコむ。


沙良はというと、ハンドルから手を離して深く息を吐いた。

「はぁぁ……やっば。やっぱ血は争えないな。父さんも昔、似たようなことやって母さんに怒鳴られてたっけ」


「はぁ!? 沙良パパもこんなんなの!?」

夏帆が絶叫する。


「そうそう。新しいバイク買ったら試運転のつもりで住宅街一周……って言って、気づいたら高速に乗ってたとか」

「完全に同類じゃん!!」


◆◆◆


だが、笑っている場合ではなかった。

町中は大騒ぎ。広場では魚屋や毛皮商人、氷細工の職人たちが集まり、口々に怒鳴り合っていた。


「わしの魚樽が! 全部、道にぶちまけられたぁ!」

「おれの氷像コンテスト用の作品がッ! 鼻が欠けたぁ!」

「わたしの毛皮が雪に落ちてびしょびしょじゃないか!」


町民の視線が一斉に女王陛下へ向かう。

だが、誰一人声を荒げる者はいない。

そう、目の前にいるのは女王その人だからだ。


「……お、お静かに! 皆の者っ!」

リオネルが慌てて両手を広げる。

「これは……これは女王陛下直々の……ええと……新兵器実演である! そうだ、そういうことだ!」


「「「新兵器!?」」」

町人たちがどよめいた。


女王陛下は嬉々としてうなずく。

「うむ、そうだ。これは“エブリイ”という未来の御車。これがあれば物流は加速し、物資は雪原を越えて瞬く間に届くであろう」


町人たちは顔を見合わせる。

「た、確かに……速さはすごかった」

「いやでも怖すぎただろ!」

「わたしの氷像、返して!」


広場は再びざわめきに包まれた。


沙良は内心やっべぇ……と冷や汗をかいていた。

「えっと、その……修理代とか補償とかは、後でちゃんと」


夏帆が肘でつつく。

「ねぇ沙良。これ、もう完全に補償問題だよ。保険とかないからね!?」

「わかってるよ! でもあたしら外貨もないし……」


「……おいおい、そこの嬢ちゃんたち」

ずしりとした声が響いた。


振り返ると、そこには大柄な男――見覚えのある焼き肉串屋の大将が腕を組んで立っていた。

「この騒ぎの元は、お前らと……その箱か」


沙良と夏帆が凍りつく。

「あ、大将……」

「お久しぶりっす……」


大将はじろりと二人を睨んだが、ふっと笑った。

「まあ、いいさ。女王陛下がご一緒なら大目に見てやる。だが――」

彼は指を突きつける。

「次は必ず、町のために役立てろよ。その箱をな」


◆◆◆


女王陛下は満足げに頷く。

「うむ、その通りだ。わらわの新たな“御車”で、この町をもっと豊かにせねばならぬ!」


「ちょ、陛下!? またその気になってません!?」

夏帆が青ざめる。


沙良は窓越しに夜空を見上げ、にやりと笑った。

「……ま、いっか。どうせ止められないし。なら使い倒してやろうよ、エブリイを」


「沙良ぁぁぁぁぁ! 悪い癖ぃぃぃぃ!」

夏帆のツッコミが夜の城下町に響き渡った。


――だが、この騒ぎはまだ序章にすぎなかった。

翌日、氷の城の“魔導ギルド”が動き出す。

「異世界の御車が現れた」として、調査団が派遣されるのだ。


そして沙良たちと女王陛下を待ち受けるのは――さらなる爆走と、大規模な魔法実験のとばっちりだった。


彼女たちの異世界冒険は、ますますスピードを増していく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ