第2章‐15 陛下、車内で大騒ぎ&試乗!
エブリイのドアが閉まり、女王陛下を助手席に、沙良が運転席に腰を下ろした瞬間から、車内の空気は妙にざわついていた。
夏帆は腕を組んで外から眺めていたし、リオネルに至っては「馬車に代わる新たな乗り物」という噂に興奮しすぎて、今にも駆け込んで一緒に乗りそうな顔をしている。
「シートベルトよし! 」
女王陛下は「ふむ、戦場に出陣する前の掛け声か!」と勝手に納得して。
沙良も思わず「いや、まぁ……そういうことにしておきましょう」と苦笑した。
キーを回し、エンジンがブルルンと震える。
その瞬間、陛下の瞳が爛々と輝いた。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! 生き物の咆哮のような音! これが“えんじん”というものか!」
沙良は「え、えぇ……まぁそんな感じです(ケツ下直下にあるからな)」と困り顔で答えつつ、ハンドルを握り直す。
アクセルを踏み込み、ゆっくりとロータリーを回り始めた。
ロータリーをクルクル
最初は慎重に。
まるでお祭りの屋台をのぞき込むみたいに、陛下は窓から身を乗り出して周囲を見渡している。
「ふぉぉぉ……! 進んでおる! 確かに進んでおるぞ!」
「いや、まぁ……そりゃ進みますよ」
「回っておる! 回っておるぞ沙良殿! わしらは空間を支配しておるのだ!」
沙良は内心(いやいや、ただロータリーを回ってるだけですから……)とツッコむが、陛下のテンションは右肩上がり。
外で見ていた夏帆が、呆れたように呟く。
「……なぁんか。あれって遊園地のゴーカートみたい?」
「いや! これは偉大なる発明だ! 馬も兵も使わず、この速度で旋回できるとは!」
「旋回って……クルクル回ってるだけじゃん」
夏帆は笑いながら手を振った。
「待ってりゃまた戻ってくるのに、なんでそんな真剣に追いかける顔してんの?」
「うむ、しかし……いや、確かに……回ってくるな」
数周目に突入したとき、陛下は急にむっすり顔になった。
「むぅ……。沙良殿」
「はい?」
「つまらん」
「えっ!?」
陛下はドンとダッシュボードを叩いた。
「これでは退屈じゃ! もっと速くせい!」
「い、いや、そんな急には無理ですって!」
「なにゆえ無理なのだ! わしは女王ぞ!」
「女王だからって法定速度は超えられません!」
夏帆が外から聞き耳を立てて爆笑していた。
「ほら見なよ。もう始まった。沙良、陛下に振り回されてる〜」
沙良は最初こそ「安全運転!」と自分に言い聞かせていたが……。
助手席の陛下が「もっとだ! もっと!」と身を乗り出して煽ってくる。
その勢いに負け、沙良の心の奥底で封印していた“父親譲りのスピード好き”がむくむくと顔を出した。
(……ちょっとくらいなら、いいよね? お父さんも、こうやってつい……)
アクセルを踏み込む足に、力がこもる。
エブリイは唸りを上げて速度を増した。
「おおおぉぉぉ!! これぞ疾走!! わしは今、風そのものとなったぁぁぁぁ!!」
「わ、わぁぁぁぁ!! ちょ、ちょっと速すぎる!」
外から見ていた夏帆が顔を引きつらせる。
「あ……あれ、ヤバくない?」
隣のリオネルが真っ青になって叫ぶ。
「い、命の危機かもしれん! わしが行かねば!」
そう叫ぶや否や、リオネルはロータリーの外周を全力で追いかけ始めた。
「いやいやいやいや! 待ってればまた戻ってくるってばぁぁぁ!!」
夏帆は腹を抱えて笑い転げていた。
数周クルクルしたのち、陛下はまた不満げに腕を組んだ。
「こんな狭いところでは、わしの魂が窮屈で死ぬわ!」
「はぁ……?」
「もっと広き大地へ! 外じゃ! 外へ行くのじゃぁぁぁ!!」
エブリイの窓越しに、ロータリー中に響き渡る大音声。
「外へぇぇぇぇぇぇ!!」
夏帆は腰を抜かして笑い、リオネルは「外だと!? それは危険だろう!」と絶叫しながら追い続ける。
沙良はハンドルを握りしめ、額に冷や汗を浮かべていた。
(……やっぱり、これは大騒ぎになる予感しかしない……!!)
次の瞬間、テールを流しながらカウンターを当てたエブリイは勢いよくロータリーを飛び出した。
「ひぃぃぃぃっ! やっぱりこうなるぅぅぅ!」
夏帆の悲鳴が空に響く。
石畳の通りを抜け、市場の通りへ。
商人たちが叫び声を上げ、慌てて荷車を引き寄せる。干されていた洗濯物が風圧で舞い上がり、子どもが泣き出す。
「速い! 速いぞ! これが“エブリイ”の真の姿か!」
女王陛下は身を乗り出し、歓声を上げる。
「陛下、頭出さないでください危ない!」
沙良は叫びながらも、ハンドル操作はどこか楽しげだ。
後方ではリオネルが顔を真っ青にして叫びながら走っていた。
「止まれぇぇぇぇっ! 女王陛下ぁぁぁっ!」
だが人の足で追いつけるはずもない。馬を呼ぼうとしたが、既に遠ざかってしまっている。
「……ねぇリオネルさん。待ってりゃ戻ってくるのに」
夏帆は呆れ顔で肩をすくめた。
「走って追いかけても無理っしょ。あれ、馬より速いんだから」
「ぐぬぬ……! だが放置もできん!」
リオネルは必死に走り続ける。真面目さゆえの悲劇である。
町の中は、まさに大パニックだった。
「ぎゃああ! 御車だ! 避けろ!」
「野菜がぁぁぁ!」
「魚がぁぁぁ!」
屋台はひっくり返り、犬は吠え、鳩は一斉に飛び立つ。
女王陛下は大笑いしながら、窓越しに手を振る。
「わらわは自由だぁぁぁぁ! この世界の風を掴んだのだぁぁぁ!」
遠くから聞こえてくる陛下の叫び
「いやいやいや! 完全に暴走族のセリフだからそれ!」
夏帆のツッコミが追いかけてくる。
「ロドムさぁん、とりあえず馬車……」
夏帆は追いかける気があるような、無いような。
沙良もハンドルを切りながら、にやりと笑った。
「ふふ……悪くない。陛下、次は広場抜けますよ!」
「うむ、よし来い!」
二人のハイテンションが見事に噛み合い、エブリイは石橋を駆け抜け、広場を横断し、町の外れへ向かって疾走する。
やがて郊外の草原に飛び出し、沙良はようやくブレーキを踏んだ。
車体が揺れ、雪煙を上げて停まる。
「――はぁぁ……楽しかった!」
女王陛下はシートに背を預け、満足げに笑った。頬は紅潮し、まだ興奮の余韻に浸っている。
「心臓止まるかと思いましたけどね……」
沙良は額の汗を拭いながら苦笑した。
ロドムの仕立てた馬車で追いついた夏帆が、腰に手を当てて睨みつける。
「……あんたら、ほんっとに人騒がせなんだから!」
後ろからゼェゼェ息を切らせたリオネルが追いつき、膝をついた。
「……お、お二人とも……陛下……どうか……次からは……安全に……」
ロドムは落ち着いて「陛下、街への補償が……」
だが女王はその忠告を涼しく受け流し、沙良の肩をぽんと叩いた。
「そなた、良き腕を持っておる! 次は山道だ! もっと試したい!」
「え、まだ走るの……?」
「いやぁぁぁぁぁ! 絶対やめてぇぇぇ!」
夏帆のツッコミが草原にこだまし、エブリイは再びエンジンを唸らせるのだった。




