第2章‐13 女王陛下の謁見
離宮の控室。沙良と夏帆は、豪華なテーブルの上に置かれた紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、少しずつ緊張を落ち着けていた。控室は先ほどの廊下を抜けた先にあり、窓から差し込む柔らかな光が石壁に反射して、部屋全体に温かみを添えている。大きなカーペットとソファ、落ち着いた色合いの壁紙に、二人は自然と背筋を伸ばす。
「……ねえ、やっぱりちょっと緊張するね」
夏帆が小さな声でつぶやく。
「うん。でも、紅茶の香りで少し落ち着くかな」
沙良はカップを手に取り、静かに口元へ運ぶ。
ふと、二人の視線は控室を見回す。そこには、先ほどまで控え室を案内してくれたロドムの姿はすでになかった。二人は互いに顔を見合わせる。
「……あれ、ロドムさん、いなくない?」
沙良が首をかしげる。
「うん。いつの間にか……ね」
夏帆が少し不安げに答える。控室の奥で、メイドたちがただ微笑んで立っているだけだった。
その時、控室の扉が静かにノックされる。メイドの一人が軽く礼をして扉を開くと、そこに立っていたのはロドムと、黒を基調にした貴族風の衣装を纏う男性だった。
「お二人、立ち上がってください」
ロドムが穏やかに告げる。沙良と夏帆はカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。
ロドムは女性二人に向き直り、礼儀正しく紹介する。
「こちらがリオネル・ド・ヴァレンティーノ伯爵です」
貴族の男性は静かに一礼し、落ち着いた声で答えた。
「リオネル・ド・ヴァレンティーノ。氷の城の外交顧問を務めております。どうぞよろしく」
沙良と夏帆も順に頭を下げ、自己紹介する。
「サラです。よろしくお願いします」
「カホです。初めまして」
ロドムが先頭に立ち、二人は後に続く。リオネル伯爵は最後尾で静かに歩き、控えめな存在感を漂わせる。
離宮から続く渡り廊下を進むと、石造りの床は足音を柔らかく反響させ、壁に飾られた氷の紋章が光を反射して神秘的に揺れる。階段を上ったり奥へ進んだりしながら道を歩き続ける。氷の城本体へ入っているようだ。やがて、重厚な木製の扉の前に到着する。左右には銀鎧を纏った兵士が直立し、威厳と静けさを放っていた。
リオネル伯爵が軽く手を挙げ、扉をノックする。すると扉は静かに開き、中の光が廊下に柔らかく流れ込む。気づくとロドムはすでにいなかった。沙良と夏帆はリオネル伯爵に続いて慎重に部屋へ足を踏み入れる。
中は予想していた広大な玉座の間や大広間ではなく、控室より少し広めの落ち着いた空間だった。だが高い天井を渡る梁は氷の紋を帯び、壁面のステンドグラスには北の星座が散りばめられている。中央には重厚な木製テーブルと座り心地の良さそうな椅子が並び、その向こうには威厳と優雅さを兼ね備えた女性が座していた。
リオネル伯爵は二人を女王に紹介する。
「サラさん、カホさんです」
沙良と夏帆も礼をしながら挨拶する。
「よろしくお願いします」
「初めまして」
女性は微笑み、柔らかな声で名乗った。
「私はレイアナ・フロスト、この氷の城の女王です。どうぞ座ってください」
二人は用意された椅子に腰を下ろす。メイドが静かに現れ、紅茶を入れてカップをテーブルに置く。香り高い紅茶の香りが部屋に広がり、二人の緊張を少しずつ解きほぐす。
女王陛下は二人の様子を柔らかく見守り、にこやかに座っていた。落ち着いた空気の中で、沙良が意を決して口を開く。
「実は、私たちはこの世界とは違う場所から来てしまったようで……まだ詳しいことはわかっていません」
「女王陛下、差し支えなければお伺いしたいのですが…私たちは、どうやってこの世界に来たのか、そして元の世界に戻る方法をご存知でしょうか?」
夏帆も続ける。「私たちにはまだ状況がよくわからなくて…。もし、何か手がかりをご存知でしたら教えていただけますか?」
女王陛下は、好奇心をたたえた瞳で二人を見つめ、楽しそうに微笑む。
「なるほど…あなた方はこの世界のことを知らずに来てしまったのですね。興味深いわ。手がかりになるかどうかはわかりませんが、一緒に考えてみましょう。」
リオネル伯爵は座らず後ろに控え、二人の会話を静かに見守る。メイドは紅茶を注ぎ終えると、微笑みながらそっと後方に下がる。
沙良と夏帆は、紅茶の香りに心を落ち着けながら、目の前に座する女王レイアナ・フロストとの初対面の会話を続けた。楽しいことや面白いことに飢えている女王は、二人の話を興味津々で聞き、時折柔らかく相槌を打つ。控えめに、しかし確実に二人の質問や不安に応えてくれるその姿勢に、沙良と夏帆は少しずつ緊張を解きほぐしていった。




