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第1章-2 中古エブリイ購入

エブリイ――。

いわずと知れた軽自動車の箱バンである。

 

農家のおじいちゃんが畑から直売所まで野菜を運ぶのにも、

町の配達業者が段ボールを満載して住宅街を走るのにも、

はたまた釣り人がクーラーボックスと竿を載せて海沿いを走るのにも使われる、

まさに万能の働くクルマ。


だが、近年はキャンプブームと車中泊人気が重なり、エブリイは単なる「働く車」から「遊べる車」へと進化していた。

ネットやYouTubeを開けば、自作ベッドキットや車内キッチン、天井にLEDイルミを仕込んだ内装カスタム動画が次々と出てくる。

そして、その影響で――中古価格も地味に高騰していた。


「流行りって恐ろしいな…」

紗良は中古車サイトを眺めながら、額に手を当てる。


バイトを掛け持ちして貯めたお金。

とはいえ、大学生が自由に使える資金などたかが知れている。

新車なんて夢のまた夢だし、ここ最近の中古相場は、ちょっと古い型でも妙に高い。


狙うは「DA17V」――現行型のモデルの初期型(笑)。

しかし、2017年以降の車は、状態が良ければ軽く100万円を超える。

バイト代でやっと貯めた資金では、手が届かない額だ。


「チクショウ!! バイト代貯めた程度では17Vは無理だな…」

ノートPCの画面に映る価格表示を見て、思わず机に額をぶつける。

「となると…64Vか…」


DA64V。

2005年から2015年まで販売されていたモデルで、17Vよりひと回り古い。

だが、17Vより丸いが角ばったボディラインは箱バンらしい無骨さがあって悪くない。

何より価格が手ごろで、カスタムベースとしても人気が高い。


「…でも、走らん車はただの豚だ」

深夜、独り言が部屋に響く。

自分でも何を言っているのかよくわからないが、妙に気持ちは引き締まった。


中古車サイトを何ページもスクロールし、条件を絞り込み、地元の中古車店の在庫もチェックする。

そんなある夜――。


「おっ!!」

紗良の声が弾んだ。


画面には「DA64V JOINターボ 5速MT」という文字。

JOINはエブリイの上位グレードで、装備が充実している。

しかもターボ付き、さらにマニュアル車という組み合わせは珍しい。


「ま、マニュアルだとぉぉ!!!」

叫び声は、夜中のアパートの静けさを破った。

壁の向こうから「うるさいぞー」と誰かがぼやく声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。


燃費?

そんなものは後で考えればいい。


ターボの力強い加速と、マニュアルで自分の意思通りに操る感覚――。

それは間違いなく、スピード狂の父から受け継いだ血が騒いでいる証だった。


「これは…買うしかないのでは? いや、買うしかない!」

自分に言い聞かせるように呟き、すぐさま販売店にメールを送る。

返信は翌日、意外なほど早く届いた。


週末、紗良はバイト帰りに販売店へ直行した。

郊外の広い敷地に、軽トラや軽バン、ワゴンRやアルトなどが整然と並んでいる。

店舗前のガラス扉をくぐると、整備士風の男性が笑顔で迎えてくれた。


「川瀬さんですね。お待ちしてました。エブリイ、こちらです」


案内された先に、そのクルマはあった。

シルバーのボディは年式相応の小傷があるが、錆びはほとんどない。

ルーフキャリアが付いていて、スキー板やキャンプ道具を積むのにぴったりだ。

そしてドアに手をかけ、運転席に座った瞬間――。


「……いい」

シートの座り心地、クラッチペダルの重さ、シフトレバーの手応え。

すべてが、自分の手足の延長になるような感覚を予感させた。


試乗に出る。

クラッチを繋ぎ、1速から2速へ――。

ターボが効く瞬間、背中が軽く押されるような加速感。

思わず口元が緩む。


「どうですか?」

助手席の店員が笑う。


「……はい、これで、帰ります」

短い言葉に、すべてが詰まっていた。


その日のうちに契約書にサインをした。

ローンは組まず、貯金の大半を一気に放出。

学生としてはかなりの決断だったが、迷いはなかった。


納車日は二週間後。

その間、紗良はカー用品店に通い、内装カスタムの計画を練った。

予算の都合で高価なカーナビは諦め、安めのディスプレイオーディオを自分で取り付けることにした。

Bluetooth接続やUSB入力さえあれば、スマホのナビや音楽再生は問題ない。


「高いナビなんていらん。ディスプレイオーディオで十分!。偉い人には分からんのです!!」

何を言っているかよくわからないが

それが、この後、異世界での大活躍につながるとは、この時は知る由もなかった。


こうして川瀬紗良の相棒、

DA64Vエブリイ・JOINターボ・5速MT仕様は、彼女の手に渡ることになった。

胸の高鳴りは、納車日が近づくにつれて増していった。

それは、これまで温め続けてきた夢が、ついに現実になろうとしているからだった――。



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