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第2章-9 宿屋の夕餉と小さな給仕

夕暮れもとっぷりと落ち、外の空は紫色から群青に変わりかけていた。宿屋の窓から漏れる明かりが、雪に反射して淡い金色の光を辺りに散らしている。

「……どうやら夕食の時間みたいね」

夏帆が耳を澄ませると、階下からは金属が打ち鳴らされるようなゴンゴンという合図の音が響いてきた。先ほど聞いた“鍋底を叩いたような音”だ。


「お腹もいい感じにすいてきたし、行こっか」

「うん、なんか匂いもしてきたし」

二人は宿の鍵を腰に下げると、きしむ木の床を踏みしめながら階段を降りていった。


■ 賑やかな食堂


一階の食堂に入ると、そこはすでに人いきれとざわめきでいっぱいだった。

天井は少し低めで梁がむき出し、壁は石と木材で組まれた質素な造り。けれど暖炉の火がぱちぱちと燃え、どこか懐かしいような温もりに包まれていた。


大きなテーブルには数人ずつが座り、酒のジョッキを掲げて笑い合っている。

「うわぁ……なんか、映画の酒場シーンそのまんまって感じ」

沙良が小声で呟くと、夏帆も目を丸くして周囲を見回した。


中には旅装束の集団、剣を背負った男、地元の農夫らしき人々。どうやら宿泊客だけでなく、夕食だけを楽しみに来る常連客も多いようだ。既に酒が入っているグループはテーブルを叩きながら大声で歌を口ずさんでいる。


二人は少し遠慮がちに、空いている四人掛けのテーブルへ腰を下ろした。

「なんか……思ったよりアウェイ感あるね」

「でも、悪い感じじゃないわね。こういう雰囲気、ちょっとワクワクする」


■ 不意の天使降臨


ざわめく食堂の中で、二人が周囲に気を取られていると――

「宿泊の方ですか? 食事は何にしますか?」


不意にテーブルの横から澄んだ声が聞こえた。

二人がそちらを振り返った瞬間、心臓を直撃する衝撃が走る。


『――きたぁぁぁぁぁ!!!』

声には出さず、二人の心の中で同時に響いた叫び。


そこには、六歳くらいに見える小さな女の子が立っていた。

肩下まで伸びる柔らかなクリーム色の髪。大きな瞳はビー玉のように澄み、頬はほんのり桜色に染まっている。控えめに首をかしげながら、真剣な表情でこちらを見上げていた。


――可愛い。

可愛すぎる。


「こ、これは……」沙良の脳内で警報が鳴る。

『持ち帰っても良いのだろうか』

即座に心の中でツッコミを入れる夏帆。

『良いわけがない!!』


二人の妄想が弾け飛ぶ中、少女は一生懸命お仕事モード。

「あ、あのぉぉ、注文は……」と小さな声で尋ねてくる。


沙良は思わず、出てもいないよだれを拭う仕草をしながら応えた。

「えっと、どんなメニューがあるのかな?」

夏帆も続いて、「おすすめとかあるの?」と聞いてみる。


少女はぱぁっと笑顔になり、胸を張って答えた。

「おすすめわぁ、おススメ定食です!」


その無邪気すぎる回答に、二人は心の中で同時に悶絶した。

『うはっ、もう……っ!』


「じゃあ、おねーさん、それお願いしちゃう」沙良が即答する。

「私も、そのおススメ定食をお願いするわ」夏帆も笑顔で頷いた。


「はい! おススメ定食ふたつですね! お飲み物はどうしますか?」

小首をかしげながら確認する姿がまた可愛い。


「どーする?」沙良が夏帆を見る。

「アルコール類は分かんないから、ね。とりあえず水を頂けるかしら」

「わかりましたぁ、少々お待ちください!」


少女はちょこちょこと小走りで奥へ駆けて行った。


■ 妄想と推理


「来たきた来たよぉぉぉ!」沙良は思わず拳を握る。

「おちつけ(笑)」夏帆が呆れながら頭を押さえる。


異世界お約束の“可愛い幼女給仕”。ついに現れたその存在に、沙良は心底興奮している。

「こいつ、こんなんだったっけ……?」夏帆は友人の暴走っぷりに頭を抱える。


ふと二人は顔を見合わせ、同じ疑問を抱いた。

「あの受付にいたマッチョ大将……いたじゃん」

「うんうん、ミスターブラウン、ね」(決してそんな名前ではないと思う)

「その娘さん……とか?」

「だとしたら、奥さんすっごい美人なんじゃ……?」


くだらない想像を膨らませてはクスクス笑い合う二人。


■ 幼女の再登場


やがて、先ほどの少女が両手で大きな盆を抱えて再び現れた。

「お待たせしましたぁ! おススメ定食ふたつです!」


テーブルに並べられたのは――

昼間に屋台で食べた焼き串よりも数倍はあろうかという大きな肉の塊が乗った皿。

それに色鮮やかな葉物や根菜を使ったサラダ。

そして籠いっぱいに盛られた香ばしいパン。


どれも湯気を立て、食欲をそそる香りを放っている。


「ごゆっくりお召し上がりくだちゃい!」


最後の一言で、少女は言葉を噛んでしまった。

『あ、かんだ……!』

二人は思わず目を合わせ、微笑んでしまった。


沙良は心の中で――

『この子、天使……』

夏帆は無言で肩をすくめながら、けれど頬は少し緩んでいた。


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