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第2章-4 商人ギルドでの交渉

氷の城の城下町。

王都から遠く離れた北の果てに築かれた街は、石造りの建物が多く、どこか重厚で冷たい雰囲気を纏っている。だが城下町ゆえに人通りも多く、行き交う商人や旅人で賑わいを見せていた。


肉串を買うお金を手に入れるためエブリイを走らせる。


「……じゃあ、商人ギルドに行こうか」

「うん。エルダンが案内してくれた通り、通りを戻ればすぐだね」

ハンドルを握る沙良が、フロントガラス越しに街並みを眺める。


二人は人々の往来を縫うように歩き、やがて立派な建物に辿り着く。荷車がいっぱい出入りしている。

重厚な石造りの建物。巨大な二枚扉の上には秤を模した紋章が刻まれていた。


「なるほど……あれが“ギルドあるある”ってやつだね。よし、突撃だぁぁぁ!」


「え、ちょっ……勢いだけじゃなくて作戦立てようよ!」


エブリイを近くの空き地に停め、二人は鞄を背負う。

夏帆の手には小袋。沙良の手には小瓶。


「ねえねえ、胡椒ない?」夏帆が訊いた。


「はいはい、異世界あるあるだねぇェ。残念!! 積んでねーよ(笑)」沙良が肩をすくめる。


「じゃあ、何があるの?」


「んー。カップラーメン、ペットボトルのお茶、ジュース、ガム、飴ちゃん」


「飴ちゃんって、何処かのおばさんかい(笑)。で、それだけ?」


「あとは……最近ちょっとハマりだしたコーヒー、豆から挽くやつ」


「とりあえず、飴ちゃんとコーヒー豆、持って行ってみようか」


「オッケー!」


エブリイの後部に仕込んである車中泊装備の引き出しをガラリと開け、沙良がごそごそと漁る。銀色のパックに詰まったコーヒー豆と、スーパーで買った袋入りのカラフルなキャンディを取り出した。


―――商人ギルド―――


ギルドの内部は、活気と熱気に包まれていた。

荷を抱えた商人たちが行列をなし、帳簿に目を走らせる職員が忙しなく動き回る。

奥には談判用らしい分厚い木製テーブルが並び、商談の声がひっきりなしに響く。


「すごい……なんか、完全に“異世界商人ギルド”って感じ!」夏帆は小声で目を輝かせる。


「でしょ? ここでアレを出すんだよ」沙良が小袋を掲げる。


受付に近づいた二人は、緊張しながら声をかけた。


「えっと……商売の相談をしたいんですけど」


受付嬢が目を瞬き、なめらかな声で答える。

が――


「……あ、翻訳してる?」夏帆が小声で呟いた。

耳元で聞こえたのは、ディスプレイオーディオからの機械音声。


『ご用件は? 商売に関する取引でしょうか?』


「うわ、やっぱりこれ、通訳してくれてるんだ……」沙良が呟き、思わず胸ポケットのスマホを確認する。

どうやら異世界言語をマイクが拾い、即座に翻訳して流しているらしい。


「便利すぎて逆に怖い……」夏帆は半笑いで呟いた。


初めての商品提示


奥の商談室に案内された二人。

ギルドの担当官らしき、口髭を蓄えた中年商人が腕を組んで座っていた。


「さて、どのような品をお持ちで?」


ディスプレイオーディオが翻訳してくれるおかげで、緊張はあるが会話は成立する。

沙良がごそごそと袋を取り出した。


「こちら、飴ちゃんです!」


机にカラフルなキャンディを並べる。透明な包み紙の中で、赤や緑や黄色の玉がきらりと光った。


担当官は首をかしげ、ひとつを手に取り、包み紙を剥がそうとして……固まった。


「……これは、どうやって開ける?」


「あっ、それはこう……」夏帆が実演し、指先でカリッとねじって外し口へ入れる。


「おぉ……」

担当官も口に放り込んだ瞬間、瞳が見開かれた。


「甘い……! これは砂糖菓子か? だが香りが豊かだ……果実を濃縮したような……!」


「えへへ。でしょ? 現代日本の味だもん!」沙良が小声でドヤ顔。



続いて沙良は小瓶を取り出した。


「そしてこちらが、コーヒー豆です」


黒々とした豆を手のひらにざらりと転がす。


担当官は鼻を近づけ、驚いたように息を呑んだ。

「ほぅ……深い香りだ。これは酒か? いや、焦がした穀物のようでも……」


「ちょっと待ってね」夏帆が持参したポータブルバーナーを鞄から取り出す。

ギルドの面々が「何だあれは?」とざわつく中、カチリと火が灯りお湯を沸かす。

持ち込んだハンディーミルで豆を挽き、ドリップすると、香ばしい香りが部屋中に広がった。


「なんだこれは……! 香りだけで目が冴えるようだ!」


「はい、コーヒー。飲んでみて?」夏帆がカップを差し出す。


担当官は慎重に口をつけ――瞬間、表情が変わった。


「……苦い。しかし深い。これは……まさに眠気を払う薬だ!」


「でしょ? 働く商人さんにはぴったりだと思うんだよね~」



ざわめきが広がる。職員や商人たちが興味津々に覗き込む中、担当官はすぐに姿勢を正した。


「この品は十分に商取引に値する。ギルドとして正式に登録しよう。……対価については、こちらの金貨と銀貨で支払う。額は後日、需要に応じて追加されることになるだろう」


後ろに控えていた書記官が慌ただしく帳簿を広げる。

沙良と夏帆は思わず顔を見合わせ、ガッツポーズを交わした。


「やったね、初ビジネス成立!」


「うん! これでお金ゲットだよ!」


担当官は銀色に輝く硬貨の袋を机に置いた。

差し出されたのは、この国の貨幣――リルと呼ばれる硬貨だ。磨かれた金銀が手のひらに重みを与える。


夏帆が恐る恐る袋を開ける。中から金貨銀貨がきらめいていた。


「うわぁ……ほんとに異世界通貨だぁぁ!」


沙良も手に取り、思わず口元が緩む。

「これ、完全にゲームのやつじゃん……」



ギルドを後にした二人は、夕暮れの石畳を並んで歩いた。

背中の鞄には初めての異世界通貨。


「ふふっ……飴ちゃんとコーヒーで金貨が手に入るなんてね」


「これからどうする? カップラーメンとかも試す?」


「いやいや、屋台の肉串でしょお(笑)」


「あはは、金貨の衝撃におなかも忘れちゃったよ」


「でも、限りある(車にあるだけの)金づるだよね(笑)」

 

「うん。それに……あんまり派手にやると、逆に目立っちゃいそうだし」


「そっか。じゃあ少しずつ、ね」


夕焼けの空に、二人の笑い声が響いた。


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