表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/56

第2章-2 氷の城への道中

 粉雪に覆われた大地を、エブリイはゆっくりと進む。

 軽自動車のエンジン音が、異世界の静寂に小さく響いた。

 遠く、青白く輝く氷の城はまだ見える。だが、距離感はつかみにくく、丘を越えれば近くなるのか、それともまだ遠くに広がるのか、誰にも分からない。


「……それにしても、景色が、ほんとに……」

 助手席の夏帆が声を落とす。

「うん。見たことない針葉樹とか、雪の光り方とか……まるで絵画みたい」

「いやいや、写真でもここまで再現できないわ」

 沙良はハンドルを握りつつ、道路の微妙な凹凸や雪の硬さを確かめる。異世界の雪は、踏んでも沈み込まないのに適度な抵抗があり、タイヤのグリップ感が少し異なる。


 ふと、道の先に何かが動く気配が見えた。

「……人?」

 夏帆が指さす方向には、マントのようなものを羽織った人影が、ゆっくり歩いている。

 距離はまだかなりあるが、歩くたびに雪がキラキラと舞った。


 二人はエブリイを停め、窓を開けた。

「……こんにちは?」

 声をかけるが、返事は理解不能な言語だった。

 低く響く声に、奇妙なアクセントがあり、二人は首を傾げる。


 しかし、ディスプレイオーディオの画面に文字が浮かぶ。


 『こんにちは、旅人よ』

 『安心せよ、私は君たちの言語を理解している』


「……え、なにこれ」

「オーディオが、勝手に翻訳してる……?」

 沙良が指を触れると、音声が文字化され、さらに日本語として読み上げられた。

 初めて異世界住民と“会話”が成立する瞬間である。



 人影は二人に近づき、手を差し伸べた。

「自己紹介を」とディスプレイに表示される。

 青年の名前はエルダン。近くの小さな村から、氷の城へ向かう行商人だった。


「ここ……どこ?」

「氷の城に行く途中です」

 ディスプレイ越しに翻訳される文章は、少しぎこちないが意味は通じる。


 エルダンは指差しや身振りを交えながら、道中の危険や注意点を教えてくれた。

「この先、氷結した小川があります。夜は滑りやすく危険」

「あと、雪の丘には見えない溝があるので、速度を落とせ」


 沙良はメモを取りながら聞いた。

「ふむ……なるほど、異世界の雪道も物理法則はほぼ同じ、ただ表面抵抗が違う、と」

 夏帆は小声で、「沙良、もうその分析モード入るのね……」と呆れ笑い。


 二人はエブリイで、エルダンの後ろをついて進むことにした。

 雪原に差し込む朝日が、氷の城の青白い壁面を照らし、幾何学模様のように光を反射する。




 雪原はまるで銀色の海。

 ところどころに樹氷が立ち並び、風で雪の結晶が舞い上がる。

 遠くには氷河のような崖が見え、その先には青白く輝く氷の城の塔が幾本も突き出している。


 時折、雪をかぶった岩が道路を塞ぎかけるが、エブリイの軽快な車体はうまくかわして進む。

 「……すごいね。リア駆動でもここまで行けるなんて」

 沙良はタイヤのグリップ感を確かめながら言った。

 夏帆もハンドルに手を添え、微妙な雪の感触を楽しんでいる様子だ。


 途中、二人は小川を渡る。水は凍っているが、透明感があり、雪原に反射して光の道のように輝く。

 砂利道や凍結した坂道もあり、注意を促すエルダンのアドバイスが心強い。




 丘の上で休憩をとった二人は、持参した温かい飲み物を口にする。

「……しかし、これって、オーディオが翻訳してくれなかったら完全に詰んでたね」

「うん、声も聞き取れないし、文字で返ってくるのも不思議な感覚だ」


 沙良は車外からディスプレイを見つめる。

「でも、こうなると……この車、かなり役立つね」

「……いや、ちょっと怖くない?勝手に翻訳してるんでしょ」

 夏帆は不安そうに言ったが、コーヒーを飲むと少し気持ちが落ち着く。


 エルダンは微笑むように頷き、再び歩き始める。

 二人はエブリイに乗り込み、氷の城への道を進む。




「ねえ、沙良、これってどういう仕組みなのかな」

「翻訳機能だろうね。スマホのアプリじゃなくて、このディスプレイオーディオ自体が音声解析と翻訳してる」

「でも、現地の言葉をどうやって認識してるんだろう」

「うーん、まさか魔力的なセンサーとか……?」

 沙良の眉間にしわが寄る。理系女子の理屈回路が、異世界の不思議に突っ込んでいく。


「……でも、会話できるから心強いね」

 夏帆は少し笑顔になった。

「うん。これで情報収集もできるし、道中も安心だ」


 二人は雪原を走るエブリイの車内で、徐々に異世界の旅路に馴染んでいく。

 遠くに見える氷の城はまだ遠いが、冒険は確かに始まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ