第1章-10 ぬくぬくの夜と、白の向こう側
温泉あがりの至福タイム
湯船でたっぷり温まったふたりは、髪を乾かしてから温泉併設のレストランへ。
メニューには地元の名物「雪鍋定食」や「山菜そば」、そしてやたら推されている「ジビエカレー」が並んでいる。
「うわー、どれにしよう……」夏帆がメニューをじっと見つめる。
「私は雪鍋かなぁ。なんかスキー場っぽい」沙良は即決。
「じゃあ、私はジビエカレー……鹿って美味しいのかな」
「食べればわかる」
注文を終えると、温泉施設の大きな窓からは雪が静かに舞っているのが見える。
湯上がりでほんのり赤くなった頬の夏帆が、湯呑みを両手で持ってお茶をすする姿は、どこか猫っぽい。
戻ってぬくぬく
食事を終え、エブリイに戻ったふたり。
沙良が電気毛布のスイッチを入れると、後部ベッドキットはすぐにぽかぽかになった。
「はぁぁ……天国……」夏帆はゴロンと横になり、毛布にくるまる。
「……なんかぬくぬくっていうより、モフモフしたいなぁ……」沙良が呟く。
「……モフモフって……ぬいぐるみ?」
「いや、なんかこう……生き物感のあるやつ」
「またわけわからんこと言ってる」
しばらくスマホをいじっていた夏帆だが、やがて「半日滑って帰ろうねー……」と言い残し、すうすう寝息を立てた。
「……もう寝ちゃってんじゃん」沙良は笑いながらも、自分も毛布に潜り込んだ。
翌日のゲレンデ
朝は軽くパンとスープで済ませ、ふたりは再びゲレンデへ。
昨日ほどの快晴ではなかったが、軽く雪が降る中で滑るのも悪くない。
「昨日よりちょっと重い雪だね」沙良。
「うん。でも私、寒くないってだけで全然楽しい」夏帆。
午前中いっぱい滑ったあと、もう一度温泉に入り、すっきりした状態で帰路につく。
……はずだった。
吹雪の罠
温泉を出て少し走ると、空が急に暗くなり、雪が横殴りに降り始めた。
あっという間に道路は真っ白。エブリイのタイヤの半分くらいまで雪が積もっている。
「やばそーだねー」夏帆がサイドミラー越しにタイヤを見て呟く。
「うーん……危険が危ないかも」沙良が真顔で言う。
「……いや、それ日本語おかしいから」
夏帆がスマホで天気予報を確認すると、雨雲レーダーの雪雲が真っ赤に染まっていた。
「うっわぁぁー、雪雲やばすぎ……」
「まじ!!」
「どーするん」
「このまま走ると危ないから、温泉の駐車場に戻ってこのまま車内で様子見で」
「じゃあ、ぬくぬくだね」
『なんで嬉しそうに言うの(笑)』
白の向こう側
エンジンを切り、ポータブル電源と電気毛布をオン。
車内はどんどん冷えていくが、ふたりはじわじわ温まる毛布に包まれたまま眠りに落ちた。
外は猛吹雪。世界の音が雪に吸い込まれ、エブリイの中だけが別世界のように静かだった。
――そして。
目を覚ましたとき、沙良は違和感を覚えた。
車内はいつも通りだが、窓の外の景色が……真っ白すぎる。
雪原の向こうにあるはずの道路も、建物も、標識も、何もない。
ただただ白。遠くまで広がる果てしない白。
だがその向こうの遠くには、現代日本の山にはない、歪んだ形の針葉樹が並び、
さらにその向こうに、氷の城のような青白い建造物が
「……夏帆、起きて」
「んー……なに?」
「ここ、どこ?」
夏帆も窓の外を見て、一瞬で目が覚めた。
「……なにこれ……ゲレンデでもない……森もない……」
ふたりのエブリイは、見たこともない白い世界の真ん中にぽつんと置かれていた。
雪は降っていない。風もない。ただ静寂だけが広がっている。
「除雪車に邪魔だからって除雪(移動)させられたとか」沙良。
「いや、ないない。気づくでしょ、てか、転がらないエブリイ(笑)」
「じゃぁ……もしかして……」沙良が呟く。
「異世界……とか?」夏帆が言うと、
「うわ、やっぱりそっち系!?」
ふたりは顔を見合わせ、同時に笑ってしまった。
だが笑いの中にも、少しの高揚と不安が混ざっていた。
――エブリイでの旅は、どうやら普通の旅じゃ済まなくなったらしい。
そしてディスプレイオーディオは文字が
「ようこそ。あなた達を待っていました。」
「さあ、そのまま進んでください。」




