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第1話:「妹ゲット」を願いに転生してチートスキルもお預けなのは女神様のせいです

「おめでとうございます! トラックにはねられたり、他人を助けようと刺されて死んだ引きこもりやニート、社畜のように働いて過労死した人たち以外にも転生する機会を与えることになり、普通に病死した凡人中高年のあなたが見事に選ばれました!」 


 はっ? ……なんのことだ?


 女性のような声が僕の前のひときわまぶしい光のかたまりから聞こえてきた。


 そもそも、ここはどこだ?


 周囲を見回しても光以外なにもない無の空間。


 たった今、僕は病院のベッドで四十二年の人生を膵臓ガンで終えたばかりだったはずだけど。

 

「小泉サトルさん、あなたは生まれかわって新しい人生を始めるのです!」


 それって仏教でいう輪廻転生?

 ここは極楽浄土で、前にいるのは、お釈迦様なのか?


 膵臓ガンは早期発見が難しく、見つかったときはステージ4で余命一年弱と宣告された。

 それから仏教やキリスト教、死後の世界の本を読んで心の準備をしていたので我ながら落ち着いている。


 目が光に慣れてきたけど中にいるのは女性だ。


 観音様?

 いや、金髪に青い目で大きなオッパイがほぼ見えてるドレス。

 西洋の女神様のようだ……。


「さあ、どのような転生ライフを送りたいか、願いを四つ教えてください」


 新しい人生のチャンスをくれて、願いもかなえてくれるのか!

 だったらこの女性が女神様でも阿弥陀様でも弁天様でもだれでもいい。


 新しい人生、なにを願おうか。


 今終わった人生で一番欲しかったものは……健康だ。

 我が家はガンの家系で両親は僕が若いとき立て続けに肺ガン、乳ガンで亡くなった。


 妹の美奈が五歳のとき小児ガンで死んだのは特につらかった。


「サトルおにいちゃん、またね……」


 そう言って、十歳だった僕の手を握りながら息を引き取った。


「家族全員が健康で、それでちゃんとした仕事について貯金や投資で老後資金をしっかり貯めて……」


 社会人になって二十年でも貯金はごくわずか。一年に一度通知が来たが六五歳からもらえる年金は月に数万円程度。


 四十になるころから老後はどうなるのかと不安になっていた。

 就職後も借りた奨学金の返済がキツかったが、天引き貯金とかNISAとかやりようはあったはずだ。


「……あと、”おにいちゃん”と呼んでくれる妹がまた欲しいです」

 

 これは自分で言ってて照れちゃうな。


「ハア――……」


 あれ、女神様があきれたように深いタメ息をついた。


「あのですねえ、いいですか、これから行くのは剣と魔法の世界、中世欧州風ファンタジーワールドなんですよ。もっと異世界らしく、勇者になるとかハーレム作るとか、それっぽい願いはないのですか?」


 そうか!

 これは小説やアニメで流行してるとかいう異世界転生というヤツだったのか!


 だったら最初からそう言ってくれればいいのに。


 と言っても実はファンタジーとか全然知らないんだよなあ。

 でも、大切なのはきっと……。


「すみません。それじゃあ、お姫様か聖女。エルフ、ケモ耳でもOKなんで可愛いヒロインと結ばれたいです」


 書店の売れ筋コーナーに積まれたファンタジーっぽい小説やコミックの表紙は、そんな感じのかわいい女の子のイラストがほとんどだったのを覚えている。


「大変結構です。チートスキルの要望も忘れずに加えてくださいね」


 女神様も僕の答えに満足したようげだけど、チートなスキルってなんだ?

 見当もつかない。


「さあ、どんなスキルが欲しいですか?」


 この女神様、日本人ならみんな異世界転生に詳しいものだと絶対に誤解してるな。


 まあいい。

 次の人生でなにをしたいのかをまず考えてみよう。


 今終わった人生――結婚もせず、恋人もなく、一人さびしく病室で幕を閉じた。


 大学を卒業してブラック気味の会社とはいえ就職できただけ氷河期世代としてはマシだった。

 しかし、三十二歳でリストラされ、それからは非正規の派遣やバイト暮らし。

 これは僕らの世代ではよくある話だが、さらに悪いことにガンになって四十二歳で死んだ。


 結局、なにも成し遂げず、なにも残せない人生だった。

 死んだ後、僕のことを覚えてくれている人はきっといない。


 次の人生――誰かに感謝されたり惜しまれて死んでいきたい。

 それだけのことをやったんだと笑いながら死にたい。

 そんな生き方をしてみたい。だから……。


「人のためになったり、人を助ける、そんなスキルが欲しいです」


「まあ、素晴らしい! チートスキルで相手を即死させたいとか、無限に金貨を作りたいとか答えるあさましい人がとても多いのですよ」


 女神様の前に光の板が現れた。

 なにかの操作盤なのか指を上下させてスクロールしてる。


「えーと、支援系か回復系スキルでチートなのは……」


 ビー! とエラー音のようなアラームが響いた。


「あら? 今の四つで登録完了してますね。音声入力されたようです」


 女神様が手を振ると僕の目の前にも光の板が現れた。

 

 (1)家族全員ガ健康

 (2)老後資金ヲ貯メル

 (3)”オニイチャン”ト呼ンデクレル妹ゲット

 (4)カワイイ”ヒロイン”ト結バレル(姫様カ聖女。エルフ、ケモ耳デモOK)


 うーん……。

 剣と魔法の異世界に旅立つ願いとして最初の三つは、いくらなんでもあんまりだ。


「あのー、すみませんけど、ヒロイン以外の願いがショボすぎるんで変更してもいいですか?」


 女神様、操作盤の上で指を上下左右に動かす。


「無理そうですねー、修正できません」


「ですが、最初にちゃんと異世界転生だって説明してくれてたら、もっとよく考えて答えられてたはずなんですけど」


「はーあ? 死んだ直後にこんなところに来て、女神のわたくしと向き合ってもわからなかったのですか⁉ 異世界転生の鉄板テンプレではないですか!」


「す、すみません。異世界ファンタジーとか全然興味なかったもんで……」


「中高年にも人気のジャンルのはずですけどねー」


 女神様、ムッとして機嫌が悪くなった。

 プライドを傷つけたのかな。そんなに流行ってるのか?

 これ以上ごねると、だったら転生なんか取りやめよとか言われるかもしれないぞ。


「すみません、無理言いました。この四つで十分です。ヒロインだけでもありがたいですし、そもそも勇者とかハーレムは僕のガラじゃありませんので他の願いは身の丈に合ってます」


「ふーん……」


 女神様、まるで面接官のような目で値踏みするように僕を見る。

 そして、表示板に目を落として読み始めた。


「小泉サトル、四十二歳。典型的な氷河期世代。就職活動で苦労したため安定志向が強く、慎重で保守的。自己肯定感が低く、冒険や挑戦よりも身の丈に合っている現状を良しとして変化を嫌うヘタレ。面倒見が良く後輩の受けは良いが『いい人いい人、どうでもいい人』のパターン。まじめなだけが長所の善良なる凡人」


 これが神様視点での僕のデータか。

 さすがだ。コワイほど当たってる。


「欲がないのは時に美徳ですが、せっかくの人生、もっと欲張って挑戦してもいいと思いますよ。あなたの良き心に免じて、なんとかスキルを得る方法を探してみましょう。チートスキルで成り上がるのが転生ライフのテンプレですから覚えておいて下さいね」


 そういう大事な説明は最初にして欲しいんですけど。


 と言いたいところだが機嫌を損ねないように黙ったまま、光の操作盤の上で指を動かす女神様の様子をジッと見る。


「うん、これですね。クエストの機能を使って四つの願いが全てかなったら報酬としてチートスキルを獲得すると設定できそうです」


「本当ですか⁉ すみません、助かります」


 可愛いヒロインとチートと呼べるスキルがあれば、きっと素晴らしい人生になるはずだ。


「念のため言っておきますが、願いをかなえられるかどうかはあなた次第ですからね」


「えっ、願いって女神様がかなえてくれるんじゃないんですか?」


「いいえ、わたくしは願いを実現できる設定と筋書きを作るだけ。いわば、ロールプレイングゲームのシナリオ作成ですね」


 人の人生をゲーム扱いとは、身もふたもない言い方だな。


「分岐でのルート選択、課題を実行するしない、できるできない、結果は全てあなたの自己責任です」


 失敗しても自己責任。

 僕らの世代に何度も突きつけられたイヤな四文字だ。


 でも、成功するルートが必ずあるのは努力しても報われるとは限らない実際の人生よりもずっといいな。


「それでは、ごきげんよう。良い転生ライフを」


 女神様、輝きを増しながら宙に浮かんで上へと昇っていく。


「あのー、すみません、僕の転生には魔王を倒すとか世界を救うとかなんか使命があるんでしょーか?」


 昇っていく女神様に叫ぶと動きがピタリと止まり、妙な間があいた。


「さ、さあ……、今は言えませんが、わたくしの綿密なシナリオを進めていけば自然にわかることでしょう」


 と言ってはいるが、表情からするとまだなにも考えてないな。


 そんな気持ちが伝わったのかジロリとにらまれた。


「始まってもいないのにネタバレの強制はいただけませんね」


「す、すみません。事前に知っといたほうが良いかと思いまして」


「いちいち謝らなくても結構です。いきったり、はっちゃけたりするのを転生者は期待されているのですよ」


「そ、そうですか。すみません、努力します」


 女神様、ハ――と深いタメ息をついて光の中にじょじょに消えていくがブツブツと独り言が聞こえてきた。


”やれやれ、こんなショボい中年を転生させて大丈夫かしら。だから厨二病みたいな若いボウヤのほうがいいって言ったのに……”


 人を不安にさせながら女神様が消えると僕の意識も薄れていった。


◇◆◇


 そして、これが中世欧州風なのかなと思える時代の農家の子供に転生して四年がたった。


「サトルー、あそびにいこーぜー」

「サトルちゃーん、あそぼー」


 畑仕事を手伝っていると近所の子供たちがやってきた。


 僕が生まれたとき父の頭の中で女性の声がささやいて”サトゥルス”という名前に決めたそうだが、普通に呼ばれるとサトルに聞こえる。


 苗字はフォンティーヌで”小さな泉”という意味があり、名前と合わせると”小泉サトル”。


 このダジャレのために農家のフォンティーヌ家に転生させたのかと気づいたとき、女神様の綿密なシナリオとやらへの信頼は大きくゆらいだ。


「ごめん、家の手伝いがあるからまた今度ね」


「ちぇっ、この前もそういったじゃねーか」

「せっかくさそってあげたのに、行きましょ!」


 ごめんよ、中年のオッサンが童心に返って幼児と無邪気に遊ぶのはとてもキツくて無理なんだ。


 転生してすぐに気づいたのだが、意識や性格が前世で死んだときの僕で、要するに生まれたときから心は四十二歳のオッサンだった。




次回、『第2話:妹できずスキルもなくてリストラされたのは僕の自己責任ですか?』に続きます。


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