記憶の更新
『お兄ちゃん…』
40年振りに思い出したあの夏のひととき。
それは偶然で、たった一度だけしか会わなかった男性。子どもの頃、疎開していた田舎で出会って少しお話しをしただけのお兄ちゃん。
昼間訪れた場所に展示されていた数多の写真の中の1枚のひと…見知らぬ人だと思って眺めていたはずなのにあの夏の日の夢を見て…そして突然思い出した。
わたしだけが何も思い出さないままに生き続けて来て今更ながらに知らされた……あぁ、カイトと出会っていたのに気付かぬままにすれ違っていた。あの時の自分が幼かったからなのかも知れないが、何よりもあの頃はまだ思い出していなかったのだから。
眠りが深いタイプで余り夢をみることが無いのだけれども…このところ不思議な夢を絶えずみる様になった。時代と言うかシチュエーションがその時々によって違うけれども、全てが同じ自分の人生なのだと感じていた。そして、いつも隣にカイトという男が存在しているのに上手く結ばれない。自分が死ぬ間際には『次こそは…』と願いながら生まれ変わる事を誓っているのに幸せを手に入れる事が出来ていなかった。
それどころか…今生では自分だけが戦争を経験しても命長らえ安穏たる平和を享受していた。
彼と出逢う為にも次の生へと向かわなければ…今度こそ…今度こそは全てを思い出して彼を見付けださなければ!もうこの人生には何の想いも無い…既に両親は他界して一人っ子の自分には兄弟すら居ない。結婚すらしなかったから気ままな独り暮らしだ。
この人生にピリオドを打ち今度こそ彼と幸せになるのだ。カイトを探しに行かなければ…今夢見て経験している過去の人生でもお互いが記憶を取り戻し向きあった途端に残酷な死に引き裂かれていた。わたしが記憶を思い出さなかった今回は自分だけが取り残されている事にやっと気付いた。
「カイト…今度こそわたしを離さないで」
夢をみながら泣いていた。カイトが微笑んで手招きしている…手を伸ばしその手に触れようとして彼の姿は見えなくなってしまった。
「カイト!わたしを置いて行かないで!」
泣きながら叫んだ…「もう、決して忘れ無いから置いて行かないで!」
白い靄に包まれた。
「ユリア…もう一度だけ機会をあげよう。しかしこれが最後だ。今度こそ巡り会える事を祈っているよ。」
魂をも包み込む様な優しい声音の響きが頭の中に響いて来て「山神さま。まだわたしを見守って下さっていたのですね。ありがとうございます…今度こそ幸せになります。」そして夢から目覚める事も無いままに再びカイトと巡り合う為の眠りへと旅立った。