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永瀬 海人 18歳

翌日学校に登校。

交差点の端に献花されていて…あの事故やっぱ夢じゃ無かったんだな…なんて改めてゾクッてしてしまった。今も、あの少女の友人なのか同じ制服姿の女の子が手を合わせて涙ぐんでいて辛くなる。別に知り合いでも無かったんだけど…何となく心に引っ掛かる。


ちょっと暗めの表情で歩いていたら悪友が顔を覗き込んで来た。

海人(カイト)サボり?寝坊したついでに欠席しちゃったとか?」なんてからかう。

「違う…昨日事故あったじゃん。あれでチョットな…」

「目撃しちゃったの?」

「そんな感じ」

「へぇー朝っぱらから…ってくじけんな」お気の毒みたいに肩を叩いた。

「ありがと」と言って溜息。

まぁ…思い出せないのに気になる夢さえ見なけりゃなぁってのは言わないけどさ・・・言わない事にしつこく詮索しない悪友に感謝。






交差点の向こう側

「あれは…きっとカイトに違いない」高鳴る胸が証明している。その前はカイトが気付いてくれていたのに…わたしが気付くのが遅すぎて出会えなかった……時代も悪かったけど。

でも今度は違う…こんなに近くで出会えたら記憶の欠片すら無くたって可能性があるじゃない♡

神様も今度こそ味方をしてくれたのよ‼

「なぁに?ニマニマして…思い出し笑いなの?」

知らず顔がニヤけていたらしい。「ふふ、なんでもなぁい」笑いながら応えた。

ふざける様に肩同士をトンと押したら少しフラついてしまって擦れ違い様にぶつかってしまった。

相手の方が慌てて「すみません」と謝ったから申し訳なくて振り返り様に立ち止まった。

「ごめんなさい」そう謝るつもりだった・・・視界の隅に彼を認識した瞬間吹いた風に髪がふわりと視界を遮った。

あぁ…彼が行ってしまう…そう思ったのとオートバイが倒れて来るのはほぼ同時だった。次の瞬間には横に弾き飛ばされていた。頭から地面にバウンドした。

ほんの数分前…わたしは幸せな発見をしたばかりなのに……このまま死んでしまうの?なんで?

「カイト…」願うように手を伸ばした……叶わないと思ったけれど彼は弾かれたように駆け出して「大丈夫?」と声を掛けてくれた。まだ知り合えてもいなかったのに…村上優梨愛の生命の終わりに滑り込むように駆けて来てくれた…何も知らずに偶然。

「あり……が…と」それが最期だった。

出逢いたかった(ひと)に会えてから旅立てる…今度こそ二人で…と信じて。この生命では二人で過ごせなかったけれど、例え明日には忘れてしまっていても今日だけは自分の事を考え想ってくれるだろう。知る事も無かったよりも次に繋がるのだと信じているから。カイト…貴方を決して諦めない…貴方はまだわたしの事を思い出していなかったけれど、今生では叶わなかったけれどまたいつか巡り合う為に何度でも探し続けるから……





昨日の事故と夢……何だかトラウマになりそう・・・

普通に生きていてニュースな事故に遭遇する可能性ってどのくらいなのか知らないけど二度とゴメンだな。

スッパリと頭を切替えて泳ぎに集中しなければ選考モレしてしまうぞ!気合いを入れる為にパチパチと身体を叩き活を入れてプールサイドに整列した。

自由形200㍍とメドレーには何としても選ばれたい。特にメドレーは高校最後で優勝をしたい。2年前に奪われた優勝を取り戻して後輩にバトンを引継ぐと決めているのだ。チームで繋ぐメドレーは個人の力量だけでは勝てない。お互いの気持ちがゴールに向かってひとつになって力量以上のパワーが水を味方になると思っているのだ。時代遅れのスポ根みたいだな…なんて思う時もあるけど(笑) 先ずは60人の部員の中から選ばれてからだけど。選考レースの参加資格はもぎ取ってるから…後は一緒に泳ぐメンバー次第なところが在るのも否め無いけれど、自信は有る。しかしくじ引きで組合せ抽選ってのもコーチも何考えてんだかな。

希望者に拠る選考レース(体調不良者以外ほぼ全員参加)でタイムが上位の5名で決勝が行われる。決勝は自由形、平泳ぎ、バタフライ、個人メドレーの大会準拠。決勝メンバーの中から更に団体メドレーのメンバーを選出するのがこの学校のやり方だ。50㍍だろうが800㍍だろうがターン無しの25㍍1本で選考されてしまうから短距離長距離関係なしに頑張るしかない。ターンで取り戻すとか出来ないのは皆同じ条件なんだけど、出場種目と違う条件で選考なんて部員が多くて時間短縮が目的としか思えないんだけど…。


クジ運は良かったみたいで、泳ぎ易そうなメンバーだな…とチラリと左右を視認する。しかもセンター取れたからいい感じ!

「位置について!」

ホイッスルの高い音が響いた。

一斉にプールに飛び込む水音。飛び込みは上手く行った!15㍍ラインまでの潜水。水面に上がるタイミングを間違えれば失格になるから飛び込みからの流れを読み間違えないように泳ぎに入らなければいけない。浮上しようとした瞬間…目の前が霞んで息苦しくなった……。プールサイドに控えていた他の部員が異変に気付いて「永瀬!」「海人!」と口々に叫んでいるのが聴こえた気がしたけれど、記憶が途切れた。



軍服姿の男が歩いていた。

田舎道を歩いている。見覚えの無い景色だ。何処だろう?ザクザクと大地を踏みしめるかの様に一歩一歩思い詰めた表情で歩いている。この色は陸軍かな……まだ若い青年兵士みたいだけど戦争が終わって帰還兵って感じに見えないから出兵前の一時帰宅?それなら納得の表情。と思ったら夢特有の場面転換で崖の上に膝抱えて海眺めてた。何考えてんだってくらいボーっとしてて…おい、家帰らなくて良いのか?って夢にツッコミいれてる。

「お兄ちゃん兵隊さん?」突然背後から子どもの声に振り返る。

「そうだよ…見慣れない子だけど、どこの子かなぁこんな所に1人で来たの?」と問えば

「うん。おばあちゃん家に疎開してるの。」

「そっか。帰り道分かる?送ってあげようか?」

「分かる。」

「そろそろ帰ろうと思ってたから一緒に行こうか。」女の子が驚かないように前屈みになりながらゆっくり立ち上がった。

「うわっ!お兄ちゃん大っきい!」年寄りや女子どもばかりになった町や村で若者の体躯は大きく見えたのかもしれなかった。

「そうかい?」くすくすと笑いながら小さなその手を取った。

名前を尋ねると自宅とは反対方向だったけど送ってあげることにした。他愛のない少女の話を聞いていたらと少し心が軽くなった気がした。庭先の畑にいた女性が姿を見かけて慌てて出て来た。

「この子がなにかしましたか?」心配そうに問うてきたので

「いいえ。寄り道した場所に、この子がたまたま来たのでお話しながら帰って来ただけですよ」

安心させるように笑顔で応えた。

「それはそれはお手間を掛けました。」頬かむりの手ぬぐいを外しながら年若い祖母は礼を告げた。

「日頃むさくるしい男に囲まれているので、癒されました。」と笑うとやっと伝わったのか

「あらまぁ」と笑みを返した。

「それでは、帰宅途中ですので…」と告げて踵を返した。

「お兄ちゃん、バイバイ」と言う少女の声が聞こえたがすぐさまそれを咎める祖母の声がして「さようなら」と言い直す声が微かに聞き取れた。そのくらい…と思ったがこんな田舎だからこそなのか…英語・米語禁止で他人に聞かれないように気を使ってるなんて…街中から疎開で越して来た子どもには息苦しいばかりだろうなと思った。

日に日に規制は厳しくなり軍隊も民間も日本総出で監視をしているみたいでくつろぐ場所も無い。

家に帰っても母や祖父母ばかりか病弱で招集されない兄が弟に対してすまなそうな顔を向けて来るのが想像出来て足取りを重くしていた。

それでも限りある帰宅なので急ごう…これが最後になるかもしれないからと思っていた。


「ただいま」玄関の戸をガラリと開けると土間に居た祖母が驚いた。

「あらまぁ、魁斗(かいと)どうしたんだい?」と問うてきた。

「所属が変わるから一時帰宅の許可が出たんだ。」

「まぁ、文江さん、魁斗ですよ!」と声を張り上げて奥の母へ知らせている。炊事中だったのか土間から続く奥の台所から下駄をカラコロ鳴らしながら駆けて来た。

「お帰りなさい。手紙ででも知らせてくれれば好物を作って用意したのに」久しぶりの我が子にに少し涙ぐみながらはなした。

「手紙が着くより先に帰って来たみたいです」と微笑んだ。

「汚れを落としてお上がんなさい。」祖母が水を入れた桶と布巾を上がり框に置いた。

ゲートルを解いて靴を脱ぐ。蒸れたような脚の圧迫感から解放されて濡らした布巾で足を拭いた。井戸水の冷たい心地に帰って来たって感じた。

「お風呂沸かすから先にお入りなさい。」声を聞きつけた祖父が庭から廻って来たのか玄関先に現れて相好を崩した。

「ただいま帰りました。」家長の祖父へ挨拶をした。

「家長よりも先に入浴など申し訳ありません」慌てて辞退する。

「なんの役にも立たんただの老骨。日本国の為に働くお前が一番だよ」優しく頷いた。

「気にせずともお湯を上がんなさい。じきに沸くから。」祖母も笑った。

汽車に揺られて帰って来ただけの自分が一日畑仕事で働いて疲れた祖父よりも先にお風呂に入るなんて申し訳ないと思いながら離れの自分の部屋に行った。軍服を脱ごうとして、どうせお風呂に入るならいいかと上着だけを脱ぐことにした。隣の兄の部屋へ声を掛けたが寝ているのか返事が無かったので挨拶は後でいいかな?と戸は開けなかった。

自宅の五右衛門風呂は久し振りで熱い湯が心地良かった。木風呂とはお湯の肌感が違うなと思った。

風呂から上がり浴衣に着替えて座敷に行くと、もう夕食の準備が整ってた。

「儂も先に風呂に入ってこよう」と言って祖父が立ち上がった。

並んだ食卓を眺めれば4人分しかなかった。父親もいないのは分かるが兄の分が足りない。

「兄さんはまた入院ですか?声を掛けたが返事が無かったので寝ているのかと思ってましたが」と尋ねれば母と祖母は顔を見合わせた。

「稀一郎も招集されたのよ」と目を伏せた。

病弱な兄は招集対象から除外されていたはずなのに・・・

「そうですか。いつ?」

「先週のことだったのよ。わたしたちもまさか間違いでは?と思ったけれど確認するなんて非国民だと言われてはいけないからと稀一郎が言うものだから仕方が無かったのよ。」と涙ぐんだ。

何か言い訳をすれば、文句があるのか!と怒鳴られ…返事が遅れても拳固が飛んできて…少しでも言い方を間違えれば非国民と誹られ罵られる。問い質すなんて在り得ないのだ。

何処へとは敢えて聞かなかった。短期決戦で人海戦術の必要な部隊に組み入れられたのだろう。こんな時に話題にし辛いなと思ったところに祖父が湯を浴びて戻って来て食事が始められた。

なんとなく黙々と食事を終えて「酒でも呑むか」と誘われて縁側で祖父と呑むことになった。

「今度の帰宅は?」と話しを振られて病弱な兄の招集を聞かされて話しづらくなっていた話題を問われた。「近いうちに九州の方へ移動することが決まりました。多分鹿児島の知覧になるだろうと聞いてます。戻ったら所属部隊の発表があると思うのですが」

「そうか」とだけ短く呟いた。

「飛行機に乗るのか?」

「訓練を終えたところです。」

「眼も良く機転も利くのを見込まれたか・・・お前はデカいから選ばれないと思ってたが」仕方なさそうにボソリと呟く。

「帰ってこれるのもこれが最後でしょうね。九州からはさすがに戻れないでしょうから。」「母さんやばあちゃんをお願いします」と頭を下げた。

「こんな年寄りに何を頼む」杯を煽り俯く。

「うちにも疎開の子どもでも居れば気も紛れるでしょうけど…親類はみなこの辺りに住んでますからね」と昼間見かけた少女を思い出して言った。

「この辺りも疎開の家族が来てるみたいじゃな。」

「昼間見かけました。こんな田舎じゃ目立ちそうな女の子でしたが…仲間外れにされそう」心配げに言えば「なんだか名前が外国語のようだからって違う名前で学校に通わせてるって聞いたがの」

「へぇ珍しい名前なんだろうね」

「親の仕事で外国に居た時に生まれた子どもらしいと聞いたが。まぁ本人に聞いた訳じゃないがね。」

「いつまで居るんじゃ?」

「汽車も乗りづらくなってるので明日には立ちます。挨拶に来ただけですから。」「じいちゃんとお酒吞めただけでも良かった。明日の朝畑手伝うよ、そろそろ寝なくちゃね」残った酒を飲み干し立ち上がった。「ああ。」と祖父も腰を上げた。




夢は暗転しプロペラの廻る飛行機の傍に額に鉢巻を巻いて杯を手に立っていた。

何かを言って杯を地面に叩きつけた。・・・知ってる、特攻の出陣式だよね?知覧ってワードが出た瞬間そうじゃないかと思ったけど…やっぱりそうなんだ!これは何を見てるんだ?俺の前世ってやつなのか?ただの夢?名前の音が一緒だったからもしやとは思ったけど前世って同じ名前なのか?


父と兄の戦死の連絡を受けた。戦争が終われば薬も手に入り兄だけでも家に残れると思っていたのに…祖父母と母親だけなんて心配で仕方ない。検閲を逃れる為に隊に通ってきていた女学生に手紙を言づけた。悲しいだけにならぬようにと綴ったが想いは届くのか。

『じいちゃん、ばあちゃん…母さん。先に旅立ちます。父さん、兄さん魁斗も今からお傍に参ります。』

操縦かんをグッと引き急降下をして敵の戦艦に向かって突っ込んだ。

1945年7月 終戦を迎えるまでひと月を切ったこの日もたくさんの若い命が失われた。



「…人。海人(かいと)。」名前を呼ぶ母親の声が聞こえて瞼を開いた。

何処だここ?保健室?俺泳いでたはずだけど...

「目が覚めました!」枕元のマイクに向かって母親が喋ってる。あれ?もしかして病院?

潜水中に意識を失って病院に入院しているらしい。プールサイドの部員たちが直ぐに気付いて大事には至らなかったが三日間意識が戻らない状態だったらしい。母曰く所謂昏睡状態だったが脳波が夢をみている波動だから心配は要らないだろうと聞かされていた。取り敢えずそれ以外に異常が無いとのことでもう一度精密検査した結果次第で退院できるらしい。

開口一番に「腹減ったぁ~」と言って担当医や看護師に笑わられ母親に殴られそうになった。

「点滴してたとしても3日飲食してないから先ずは重湯からね」と看護師に笑われた。


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