幾つかのひとつの再会
「あ……り………が…とう」
掠れながらも伝えられたのは、その言葉だけだった。
最期にやっと逢えた……逢いに来てくれた…そして彼女は少しだけ微笑みながら次の生への願いを込めて眼を閉じた…。
遠くから近付いて来る救急車のサイレン…腕の中でグッタリと脱力してゆく少女の身体…偶然目撃した事故…我知らず駆け出して見知らぬ少女を抱き抱えていた。目の前で静かに息を引取る少女の最期の言葉は誰へ向けられたものであったのか?
それは自分にとって特別では無い日常の、昨日とも…きっと明日とも変わらないハズの1日…
平凡な日常は…ニュースに流れる様な出来事に遭遇する事も無く、淡々と過ぎて行く。そうやって毎日が流れる様に過ぎながら日々を暮らすのが自分の人生だと…その時までは信じていた。
毎日通る交差点で、偶然すれ違った少女が巻き込まれた事故。一歩間違えば自分も巻き込まれていたかもしれない微妙な危うさは…本当に偶然だったのか?ただの強運なのか?思い返すだけでゾッとする体験だった。思わず抱き起こした少女の何か物言いたげな…だけど語る力も無くこと絶えた表情が心の片隅にいつまでも残る。
忘れ得ぬものとして…まるで懐かしいものの様に…見知らぬ筈の彼女の微笑みが脳裏に刻み込まれた。
「あっ…すみません。」
すれ違いざまにウッカリぶつかって、慌てて謝った。私立の女子校の制服を着た少女も「いいえ」と言いながら肩越しに上半身だけ振り返った…と思った瞬間だった。風が吹いて少女の長い黒髪が視界を遮る様に乱れた。ほんの僅かな瞬間で自分は既に歩き出していた。
視界の隅に無理な右折をするオートバイが目に入り…思わず『危ねえ!』と再び振り返った刹那、それは起こった!渡り切る人混みを避けるつもりで無理な侵入を試みたライダーは急ブレーキと共に傾き、視界を遮られていた少女は避ける事も出来ずに衝突していた。
同じ横断歩道を歩いていた殆んどが理解出来て無かったと思う…もしもすれ違いざまにぶつかって振り返らなければ事故に遭わなかった?お互いに振り返らずに歩き続けていれば少女は助かっていたのかも?
しかも…誰と勘違いしたのか『ありがとう』って言ってたよな…
事故処理の警察官に説明をしながら色んな考えが頭中を巡っていた。今日はもう無理!って学校には欠席連絡して自宅に帰った。
あー制服…汚れたかも…でも面倒だし…疲れたし…少し横になりたい。起きてからにしよう…そう呟きながらソファに寝転がった。
夢を見た。 地平線のそのまた向こうまでも何も無いくらいの大平原に立っていた。
「○○○」愛しいその名を叫ぶ・・・叫んでいるのに声はノイズが掛けられたように分からない。
見たこともない大草原の何処に彼女はいるのか・・大きく見回して再び叫んだ。
微かに自分を呼ぶ声を聴き取り…まだ見えぬ彼女のもとへ駆け出した。
大きく手を広げて胸元に飛び込む女を掻きしだく。その身の全てを愛おしむように抱き締めた。
「カイト・・・」甘く優しく囁きながら微笑む… 彼女が囁く名前は聞こえるのに何故か自分が呼ぶ彼女の名前だけが分からない。
「山神さまの巫女の1人に選ばれてしまった…もしも山神さまに選ばれたら、もう逢えなくなる。里へ下ることすら叶わなくなってしまう…カイトにも家族にも会えないのよ!」
「まだ巫女選びの時期じゃないだろう?」泣き崩れる両腕をそっと掴んで落ち着かせるように尋ねた。
「雨が少なくて水が足りなくなるかもしれないって…それに地揺れが多いから心配だって父さんが話してた。山神さまにお伺いを立てて、もしも巫女を望まれたら選ばなければならないかららしいの…」
「まだ決まったことじゃ無いんだね?それなら待とう…まだ私は○○○を諦めない」
熱く抱き締めた。
「海の民の私が山の民の娘を嫁に欲しいと願ったから、山神さまが意地悪をされてるのかもしれないよ」
安心させるように笑いながら細い背を撫でた。
「山神さまが巫女を求められないかもしれないから心配し過ぎないで」
半ば自分に言い聞かせるように囁いた。
「やっと会えたんだ、もっと笑顔を見せておくれ」両頬を掌に包んで上向かせた。
コクリと小さく頷いて再び笑顔をみせた。
夢に有りがちに・・・なんとなく場面が変わって、ゴォーっと不気味な音が地を這うように響いて来て大地が揺れていた。猪や兎…鳥たちが我先に逃げるさまは異変を煽り、慌てて人々もそれに続いて逃げ惑っていた。山は天高く火を噴きゴロゴロと巨大な岩が転げ落ちてくる。逃げる人々や動物、飛んでくる岩や折れた枝を避けながら愛しい娘の名前を叫んでいた。
まさか山神さまの頂きに上っているんじゃ?逃げ場など何処にも残っていそうに無い山神さまの頂きを見上げた。それでも助けに来るのを待ってるかもしれない。行かなければ…待っているという確信で足を踏み出した。
それは予感だった…彼女はそこに居ると決めて崖下の滝を目指した。滝の奥の洞窟に避難しているはずだと。滝は既に飛んで来た巨石に堰き止められ水は流れていなかった。
「○○○」山の火はもう飛んでは来なくなっていたけれど、そこかしこが炎に包まれていて大声で叫ぶと喉がヒリヒリと痛んだ。
「カイト!」巫女の装束の娘が泣きながら駆けて来た。
「よかった、逃げ場が無くなる前に早く行こう!」
「山神さまが山が鎮まるまで洞窟に隠れて居なさいって教えて下さったの。動いても好くなったら知らせて下さるって言われたのよ。」
「山神さまが?」
「声が聴こえたの。危ないから滝まで下りて奥に隠れて居なさい。もう大丈夫って聴こえるまで動いちゃダメって。だから一緒に行こう。」
「水が止まった滝は熱くなるよ。熱い灰が降って来て埋まってしまうよ」
山神さまを信じて疑わない娘は可愛いが…そんな場合じゃない。既に登って来た道も通れないかもしれない。少しでも早く山から離れなくては危ない。「ごめん」と言って腹部を軽く殴り肩に抱えて走り出した。飛んで来た岩やら燃える木々から彼女を庇いながら必死に走った。何処をどうなんて分からないくらいに…止んだと思っていた山がまた揺れだして小石の混ざった灰が降ってきた。
気を失っていた彼女が目を覚まして「危ないわ」と叫んだ。
「ごめん…○○○だけでも助けたかったのに…山神さまの言う通りにしとけば良かったね。もう限界みたいだ…またいつか○○○と逢いたいよ…また…きっと迎えに行くから……今度こそ一緒になろ…」
肩に担いだ彼女がケガしないように濡らした革を当てながら走ったが素肌が剥き出しになった背中の火傷が思いの外酷く限界を迎えたようだ。死んでもまた会いたい…最後まで言葉が言えなかった。
「カイト!ダメよ…1人きりにしないで。怖いわ…どうしたらいいの?」「こんな身体になっても守ってくれたのね…最期まであなたと一緒よ…まだ話したいことは沢山あるのよ…海にも連れて行ってくれるって言ったじゃない…お嫁さんにしてくれるって言ったじゃない……山神さまは山が納まったら山を下りてもいいって言ってくださってたのに……」
空を覆う灰に埋まりながら二人も息絶えた。
これは幾重に紡がれた始まりのふたり。
幾度かの生まれを経たけれど……出会えたり……出会えなかったり……すれ違い気付けなかったり。
いつしか幾千の時間は流れた・・・
はっ‼として飛び起きた。
「なん……えっ…と?」
なんだか大切なことを夢みてた気がするんだけど?目覚めたら忘れるって感じ?寝起き切ないって漫画かよ…ったく、こんな格好のまま寝ちゃったからだな・・・顔洗って着替えよ。
テレビで事故のニュースが流れてた。
えっ?あの子即死?俺に喋ってたけど…あれでも即死なんだ…?名前・・優梨愛って言うんだ。中三かぁ可哀想に…あの時振り返り様に立ち止まってなかったら…IFなんて言ってたら世の中キリねぇしな。もしかしたら俺自身も巻き込まれてたかもなんて考えたらゾッとしてきた!