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津田さん

作者: 星賀勇一郎





昔な、津田さんって上司がおってな……。

そりゃあ真面目やし、頭も良かってんけどな、これが飲むと無茶苦茶なんや。

だから昼間と夜の顔を持っとったな……。

IT会のジキルとハイドってやつやな。


あ、ごめん。

いいちこのお湯割りお代わり。


そうそう、このお湯割りもな、いつも梅干し入れるねんけどな。

その梅干しをやな、

飲み終わったグラスから、新しいグラスに移すんよ。

そしたら何杯のんだかわかるやろって……。

始めから何杯飲むかなんて考えても無いくせにやで。

最後は梅干し移し替えた瞬間に焼酎溢れて来よったわ。


お前、飲んでるか……。

割り勘やから飲まな損やで……。


それでやな、昔会社の近くに「日本一」って居酒屋があってな。

もう俺らが入社した頃には古かったからなぁ。

今はもう無くなってしもうたけど、まあ、言うたら老舗の居酒屋やな。

そこで飲んでて、酔うて来たらどんどん声も大きくなるわな……。

それで店員にお代わり頼んだら、店員も店員やけどやな、もう酒入れんでもわからんやろうって事で、湯だけ入れて出したんやな。

津田さんも、津田さんでやな、その湯に梅だけ入った奴殆ど飲んだ頃に、「ちょっと焼酎薄いな……」って店員に文句言いよってん。

そりゃそうやわな、焼酎なんて一滴も入ってないんやもん。

薄いどころか、ただの梅湯やし。


おい、そこのししゃも取ってくれ。

これ、ししゃもちゃうのは知ってるよな。

代用魚のカペリンって魚やからな。

ホンマもんのししゃもなんて、俺ら庶民には手が出せん筈や。

しかも卵持ってないオスの方が美味いって言うんやから驚くやろ。


あーごめん。

話逸れたな……。

どこまで話したかいな……。


そうそう梅湯飲まされた話な。

その後、一杯サービスしときますって店員が焼酎お湯割りの梅入り一杯持って来てな。

それを置いて行ったんやけど、今度はそれも薄いって言い出してな。

最後は焼酎の熱燗に梅入れて出したらしいんや。

それでやっと津田さんは「そうそう。これがホンマのお湯割りや」って言うて、店出る時はもうフラフラでな、「今日は何でこんな酔うんやろうな……仕事し過ぎやな……」って言いながら帰って行ったんよな。


な、おもろい人やったんや。

おい、飲めよお前……。

ん、食いもん……頼めや。

どうせ割り勘やしな。


まだまだあるで。

昔な「王様ゲーム」ってのが流行ったんや。

知ってるか。

知ってるわな。

それでやな、その津田さんがお気に入りのおネエちゃんおるスナック行ってやな、まあ、そこである程度飲んで王様ゲームを始めた訳よ……。

俺らは完全にその津田さんのサポート役でやな……。

とにかく王様って書いてある割り箸をやな、津田さんに引かせようと必死やねん。

津田さんが引く前にその書いてる印をちょこっと見せて、「これ引いて下さいよ」ってサインを送るんよ。

そしたら完全に酔ってるからやな、違う割り箸引きよるねん。

挙句に男同士でチューや。

んでもそれでへこたれる人じゃなかったからやな、何回も何回もやってたらようやくわかって来たみたいでな、念願の王様の割り箸を引き酔ったんよな。

俺らとしては、それで「やっとかぁ」って胸を撫で下ろして一安心や。

んで今度はお気に入りのおネエちゃんの番号や……。

それをそのおネエちゃんの隣に座った奴が津田さんに教えるシステムになっててな。

タバコ咥えて、タバコを持った手の指の本数でサインを送る事になってたんや。

指三本出してタバコを指に挟んでたんやけど、そう、おネエちゃんの番号は三番な訳よ。

三本出してタバコ吸うてる時点で怪しいねんけどな。

そしたら津田さんはそれも間違って、「四番が王様にチュー」とか言いよるんよな……。

もう酔って回りが見えてないんよ。

じゃあ、四番誰やねん……。

俺や……。

したがな津田さんとチュー。

飛んだ暴君やったわ。


なに……焼きそば。ええやん。

食おうや……。


そう言えば、加藤たち遅いな。

あんまり遅いとベロベロなってまうな……。


ここはな、魚が美味い店やねん。

え、魚、食われへんの……。

お前、何しに来たんや。

厨房行ってオムライスでも作ってもらってこい。


ああ、そうそう。

津田さんな。


それでも昼間の津田さんは切れモンやったな。

ほら、ウィンドウズが出た時やな。

これからは一人一台パソコン使う時代が来るって言うて全員の机の上にパソコン置いた時、お前はもう会社におったよな。

そうそう、その時よ。

あの時にな、頭の固い部長がおってな。

会社でパソコン使うのに禁止事項作らなあかんって言いだしてな。

まあ、簡単に言うとやな「エロサイト閲覧禁止」とかって言うやつや。

今ならそういうサイトにブロック掛けるとかそんな難しくもない話やけどな。

けど、まずは慣れる事が重要でやな。

こっちはどうやってパソコン使わせるようにしようかって言うてる時に禁止事項作ってどうするねんって話になってな。

ほら、アダルトビデオがあったからこそレンタルビデオも普及して、アダルトビデオがVHSやったからビデオの主流がVHSになったんや。

んで、津田さんは会議で、「慣れてから禁止事項作りましょう。モラルの問題としてそんなサイト見る奴もいないでしょう」って発言したんよ。

そりゃかっこよかったで。

頭の固い部長はその一言でノックアウトや……。

それでしばらくしてからやな。

津田さんが「パソコン、おかしいおかしい」言うから、津田さんのパソコンをチェックしたんや。

たしかになんかおかしかったんやけどやな。

そん時に津田さんのパソコンのネットの履歴見たら、見事に上から下までエロサイトや。

そん時は口止め料で、晩に飲ませてもろたけどな。

もう時効やし、会社にもおらんしな。


すんません。

チューハイライム。

それと、イカの一夜干し頂戴。


お前、飲んでるか。

ん、ソフトドリンク……。

えーやん。何でも飲めよ。


しかし、何やろうな。

ノンアルコールがソフトドリンクって事は、アルコールはハードドリンクって事か……。

ようわからんな。


何回か出張一緒に行った事あるねんけどな。

出張前に「俺は翌日また別の出張あるから日帰りします」って言うててんけど、津田さんは俺も一泊するモンやと思ってたみたいでな。

夜通し飲むつもりでホテルも取ってなくてな。

なんか一回行った事のあるえー店があるってしつこいから怪しいなって思ってたんよ。

まあ、最終の便、ギリギリまで付き合ったんやけどな。

俺ももうギリギリやったから、急いで出たんよ。

その後も津田さんは飲んでたみたいやねんけど、やっぱり一人じゃ盛り上がりに欠けるんか、朝までコースやめて店を出たみたいやねんな。

でもホテルも取ってへんし、泊まる所なくてな。

結局、昔の連れ込み旅館みたいなところに一人で泊まったらしいねん。

んで領収書もらって会社で精算したら経理のおばはんに白い目で見られたって怒っとったわ。

ホンマは連れ込んだんかもしれんけどな……。


あー俺、俺。

チューハイライムやろ。

ありがとね。


なんや、店、混んできたな……。


まあ、まだまだあるで。津田さんは決済のハンコ押す時に癖があってな。

自分があんまり良いと思ってない書類のハンコはちょっと左に曲がってるねん。

だから部下の遅刻届とか全部左曲りやねんな。

んで、ある時社長の案件で社長が原案作った見積書があってな、それを俺が津田さんところに持って行ったんよ。

津田さん社長の案件って知らんかってな。

なんか知らんけど、渋い顔して左曲りに押してたわ。

そしたらすぐ社長に呼ばれてな。

社長も津田さんが良いと思ってない時ハンコ左曲りに押すの知っててな。


「津田さん。このハンコの左曲りはどういう事……」


って突っ込まれて、津田さんタジタジでな。

あれは笑ろうたわ。

ん……。

津田さんか、その時は「たまたま左に曲がってしまって……」っていい訳してはったな。

しばらく左曲りのダンディって陰で呼ばれてたしな。


津田さんが願掛けしてる神社があるねんな。

けど絶対その神社、俺らには教えへんのよ。

どっか一緒に行った帰りに、


「俺、ちょっと願掛けしてから会社戻るから……」


って電車途中で降りよってな。

前から気になってたから俺と社長でその後、尾行してみたんよ。

もし、その願掛けが効力あるなら俺らも行きたいしやな。


あ、イカの一夜干し、こっちやで……。

ごめん、一味頂戴。

これ、空やねん……。


そんでな、そっと尾行してるんやけど、言うたら素人やんか。

その素人の尾行やからすぐにバレると思ったんやけど、全然バレへんのよな。

なんかそれがおかしくなってな。

駅から少し行ったところにあった小さな無名の神社やったわ。

でも津田さんちゃんとしててな。

鳥居から入ってもちゃんと端歩いて、手と口を清めて、二礼二拍手で頭下げて、そのままじーっと動かんと約三分。

根が真面目なんよな。

俺はあん時はこの人すごいなって思たわ。

社長が「声掛けよう」って言うねんけど、流石に「やめときましょ」って言うてもたわ。


このイカ、美味いで。

マヨネーズと一味付けて食ってみ……。

え、お前、イカもあかんのか……。

何か食えるもん頼めよ……。

すきっ腹で飲んだら悪酔いするで。


俺は津田さんの事は好きやったな。

入社した時の採用担当ってのもあってな。

まあ、厳しい話もようされたけど、何て言うのかな、愛のある厳しさって言うんかな。

見た目は優しいオッサンやねんけどな。

飲まんかったらインテリにも見えん事もないしな。


一回、こんな事もあったな。


飲み屋から飲み屋に移動してる時にな、冬の寒い時や。

寒いから自然と早足になるやん。

もちろん俺らだけじゃなくて、その辺の人みんなな。

んで歩いてたらさ、二人組の綺麗なおネエちゃんが向かいから歩いて来てな。

すれ違う時にマフラー落としよってん。

そんで津田さんが、


「落ちた落ちた」


って言うたんよ。

そしたらその二人組のおネエちゃんがなんか汚いモンでも見る様な顔で睨んで去って行ったんよな。

津田さんは新設で「マフラー落としましたよ」って言いたかっただけやねんけどさ、向こうはなんか変なオッサンがなんか言うとるわくらいにしか思わんかったんやろうな。

俺がそのマフラー拾ってそのおネエちゃんたち追いかけて渡したんやけどさ。

津田さんは腹立ったんやろな。

その日ずーっと「あの女……」って文句言うてたわ。

腹立ってるからさ、余計に飲むんよな。

それで終電も逃してベロベロなって、帰りタクシーや。

俺、家の方向一緒やったからさ、津田さんの最寄駅で津田さん下ろして、帰ったんよな。

大丈夫かなぁって思ってんけどな。

なんか自転車乗って帰らんと、歩いて自転車取りに来なあかんからって言うて聞かんのよね。

でも深夜でな、駐輪場もチェーン張られるらしくてな。

仕方なく、そのチェーンのところ自転車持ち上げて外に出そうとしてたらしいわ。

けど酔うてるからそんな簡単な事が簡単じゃない訳よ。

何回もこけて、スーツも破れて、膝から血流してようやく自転車外に出したところに警察が来て、職務質問されて、


「この自転車本当にご主人の……」


って疑われたって。

結局朝方家に帰ってスーツは破れてるし怪我はしてるしで奥さんにも怒られて、散々やったってゆーてたわ。

何か持ってるモンあるんよな。


まあ、だから仕事でも不思議なモン持ってる感じもしたんかな……。


お、加藤来たんちゃうか……。

こっちやこっち。

何や一人か……。

まあ、大勢来ても座れんしな……。


おう、遅かったな。

あれ、まだやったんか。

そうかそうか。

とりあえず飲みぃな。

ん、あー今な、津田さんの話で盛り上がってたんよ。


一回めっちゃ怒ってる津田さん見た事あるんよ。

多分俺は、アングリー津田を見た数少ない男やと思うけどな。


一緒に客先行って、中で加藤とか作業しててな。

それでそんな事もあって陣中見舞いも兼ねて、アポなしで寄ってみたんよ。

そしたらその会社の担当者が、


「ここから先は関係者以外立ち入り禁止やから、入らないで下さい」


って津田さんに言いよってな。

もうなんか見てる俺がちょっと怖かったモンな。

奥歯噛みしめて怒り堪えてるのが丸わかりでさ。

とりあえず津田さん連れて外に出たモンな。


帰りに喫茶店寄ってお茶飲んだら、全然怒り治まってないしな。

「あのクソガキ」とか「俺はあそこには二度と行かん」とか。

あんなに怒ってる津田さん見たんは、初めてやわ。


加藤も知らんかってんな。

後から聞いたんか。

ホンマにその後一回も行ってないもんな。


けどな、その担当がその少し後に交通事故遭ってな、半身不随やねんな。

右半分動かんみたいな事になって。

津田さんに冗談で言うてみたんよ。


「津田さんの怨念ですね」


って。

そしたら津田さん、なんて言ったと思う。


「ざまーみろ」


って言うてんで。

もしかしたらこの人にはホンマにそんな力があるんと違うかって思ったモンな。


まあでも、豪快な人やったな。

仕事も出来て遊べるし、飲めるし……。

ん……女。

そっち系の話は聞いた事無いけど。

スケベジジイに見られることは多かったな。


海でバーベキューした事あってな。

俺らは端の方でバーベキューしてて、でも泳いでる人もおるんよ。

火の周りに集まってる人は完全にバーベキューしてる人って認識されるんやけど、少し離れたところにおった津田さんらは服着て海で何してんのって思われる訳よ。

近くでビーチバレーしてるカップルがおってさ、そのカップルが津田さんとこにやって来て、


「オッサン、何ジロジロ見てんねん」


って文句言われとるんよな。

遠くから見てた俺らがな、


「ちょっとヤバいんちゃうか」


って走って津田さんたちのところまで行って治まってんけどな。

カップルの女が「エロジジイ」とか「スケベジジイ」って津田さんに捨て台詞吐いて帰って行ったわ。


若い女はジジイは敵やと思ってるところもあるからな。


加藤、お代わりは。

うん。あんまり食いモンも頼んでないから、どんどん頼んでな。


結局、その津田さんも社長のやり方が嫌になって辞めたんやけどな。

津田さんが辞める時に俺に「お前も気を付けろよ……」って言うてたんよ。

この会社で働くんやったら自分を殺せる奴じゃないと続かんって事なんやったんやろうな。


ん……。

その後か。

津田さんは何処行っても勤まる人やったしな。

何処かの大手で顧問かなんかしてはったのは誰かに聞いたな。

まあ、うち辞める時に退職金もあったやろうし、もう年金もそろそろもらえるって年齢やったしな。

あんまり心配はしてなかったんやけど。

まさか辞めるとは正直思ってなかったんよな。

ただ芯の強い人やったし、殿のご乱心では済まん事があったんやろうな。


まあ、その津田さんが俺の師匠の一人やったりもする訳よ。

滅茶苦茶な津田さんの話しかせんかったけど、仕事も滅茶苦茶出来た人やからな。

板挟みで可愛そうなところもあったし、トイレで吐きながら仕事してた事もあったで。

ストレスでな。


俺は仕事はそこまでしてやるもんじゃないって思ってるねん。

命削ってまでやるモンじゃないよ。

仕事なんて単なるビジネスや。


けど、会社でサラリー貰っている以上は会社のためにって事も考える必要はあるんかもな……。

闇雲に働いてもあかんのやろうし、何を目指すかって事だけちゃうかな。

その上で、お前らがこの人に着いて行きたいって人を見付けて、その人に学ぶ事は悪い事じゃないと思うで。

なあ加藤。


すんませーん。

ハイボールってお酒何かな。

うん、角。

じゃあハイボール一つ。


何でって言われてもな……。

それは俺も津田さんと一緒かな……。

我慢の糸が切れたんかな。

自分殺して仕事は出来ん人やから。


未練。

そんなモンないわ。

ただ明日からの自分にワクワクしてるようなモンもないな。

どっちかって言うと不安だらけやけど……。

津田さんみたいに拾ってくれる会社がある訳でもないしな……。


今日話した津田さんな。

実は先月亡くなったんよ。

その事、知ってて誰も口にせんかったんよな。

俺はそれが許せんかってさ。

社長も専務も、他の連中もな……。


俺はお通夜に行って来た。

けど誰も行ってる気配もなかったし、翌日の葬儀に行ってる感じも無かった。

そこでなんか虚しく感じてな……。

一緒に働いてきた戦友みたいなモンは一生モンかと思ってたんやけどな……。

会社離れたら関係ありませんってのはどうよ……。


あ、はい。

ハイボール、俺。


なんかそれが違う気がしてな……。


津田さんの人生って何やったんやろうかって考えてしまってな……。


俺もそんな扱いされるんなら、先に縁を切っておこうと思っただけ。


先の事。

そんなん何も考えてへんよ。

来週津田さんに線香あげに行って、それから考えるわ。


お前らも一生この会社におれとは言わんけど、しっかり自分のためやと思って頑張りや……。

結果それが会社のためになる。

それが理想の形やし、あるべき姿やと思うから……。


それが、津田さんが俺に教えてくれた唯一の事。

でもこの会社で学んだ一番大きな事や。


おい、加藤……。

お前、飲めよ。

残った刺身のツマ、食ってる場合じゃないで。








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