第91話 通信技術
これはほぼ間違いないだろう。
この世界は、聖王国や帝国のような国を覆う”大結界”の通信機能によって情報のやり取りをしている。
しかし、この通信機能は神様の力を用いたかなり古い物であり、関係者で有ればある程度の情報を引き出すことが出来るので、当初から秘匿性に難が有った。
そのため長らくの間、公式文書はアナログな手法で伝達をしたいたのだが、ここ最近は小規模な結界同士を連絡して町や個人単位で情報をやり取りする通信技術、通称”マギネット”を使用した通信手段が普及して来ている。
現世で言うローカルネットワークを繋ぎ合わせたイントラネットのような運用が主であり、民間で広がりつつあったものを公共でも採用を進めているのだ。
ただ、今のやり取りのように、帝国ではメディアを完全に教会政府が牛耳っており、マギネットとのようなローカル通信技術が普及するのは情報統制の面で好ましくない。
なので、帝国は未だに旧来の通信手法のみを利用しており、帝国民の中にはその存在すらも知らない人間がいると言う話だった。
でもまさか上位の神官がそれを知らないと言うのは、もはや呆れて言葉も出ないのである。
「な、何だその目は! その通信しすてむとかいうヤツは一体何なんだ!」
詳しい事は聞いていないので想像に過ぎないが、おそらく聖王国側の教会と冒険者ギルドは、大結界通信を用いて昨日の魔族の運搬情報を流したのだろう。
そして、その情報を入手した帝国側の人間が、何かしらの連絡手段で魔族にそれを伝えた。
まあ、その連絡手段やこの聖職者達がなぜ昨日の今日でここに居るのかという謎はあるが、魔族の事なので我々がまだ把握していない何かがあるのかもしれない。
「しかし、なんともお粗末だな。もしここに我々が居なかったとしも、後々問題になっていたのは明白だろう」
ショヴエルが僕の思った事を代弁してくれた。
「!? 馬鹿にするでないわ!! それぐらいこちらにも考えガッゲホゲホゲーホゲホゲホ!!」
「主教様! 落ち着いて下さい! お体に障りますよ!」
あの聖女が要なのだろうことは想像できるが、これより先を考えたところで何にもならないだろう。
そしてそろそろ援軍が来てもいい頃なのだが、万一連絡が行ってない可能性があるのだとしたら、本当に来てくれるのか不安になる。
「全く、下等生物は何時も此の様に身内で揉めて居るのか? 実に馬鹿馬鹿しい」
まるで自分達は揉めていないような言い方だが、バカバカしいのはその通りである。
「デッサーテ様。あれは大丈夫なのですよね?」
何やら聖職者が聖女に耳打ちしているが、完全に丸聞こえだ。
しかもこういう場合、大抵はろくでもない事を考えていると僕は知っている。
「うーん……これはどうしましょうかぁ」
「……え? だ、大丈夫なんですよね?」
曖昧な返事をする聖女に、聖職者が不安そうにそわそわしている。
「ええと、それでそちらはどうお考えですか? あの方々の言う通り、私達を殺しますか?」
僕は魔族にそう問いかける。
返答次第では、ここで戦闘になるが、相手は一人である。
それならば、生き延びる手立てが無いわけでは無い。
「さてどうしてやろう? 只、貴様の方が話が分かりそうでは有るな」
「!? ちょっ、ちょっとお待ちくだされゲホゲホ!!」
まさか魔族に話が分かるうんぬん言われる日が来るとは思わなかった。
しかし、ここまで行き当たりばったりの交渉をしてきたわけだが、そのまま引いてくれるのであればそれが一番丸いだろう。
応援が確実に来てくれるのなら引き留めておくのも視野に入るが、あまりにも不確定要素が多すぎる。
特に、帝国側には何やら奥の手があるようなので、先ほどからそれが逆に不安でしかたがない。
「まあ良いだろう。言った通り、我も此処へは争いに来たのでは無いのでな。只、我は其処の小娘に少々用が有る。おい貴様、結界を解いて此方まで来い」
「ええっ!? 結界を解いてですか!?」
驚く聖職者。
不味いな。
ただ話すだけなら別に結界を解く必要は無い。
わざわざ結界を解いてと言うのなら、確実に何か良くない事を考えている。
しかし、それは裏を返せば結界が有効的に機能しているという事でもある。
「それは容認できません。この結界が有るからこそ、我々はあたなと交渉が出来ているのです。その用とは具体的に何なのですか?」
聖女が勝手に結界を解かないとも限らなかったので、僕は彼女にそれを伝えることも兼ねて、魔族にそう言った。
「交渉? ハッ! 笑わせるな。元より貴様等は我の支配下に有る。対等だ等と勘違いされては困るな」
「だからこそこの結界を解くわけにはいきません。ただ、一言言わせて頂けば、私にも切り札があるという事をここで伝えておきます」
この言葉が挑発と取られる可能性があるが、これ以上舐められても問題なので、僕はそれを魔族に伝えた。
「何? 最初に結界を呆気なく壊されて置いて、偉く強気では無いか」
とりあえず、ここまで時間稼ぎになっているが、この先はあまり長く持たない気がする。
なんとか穏便にお帰り頂く手段は無いのだろうか。
「あのぅ。さっきからいぃっぱい何か良くない気配が集まって来るのを感じるんですがぁ。それはほっといて良いのですかぁ?」
……マジか。
聖女のその言葉に、魔族の表情が険しくなる。
「……やはり貴様は危険だ。見逃してやると言ったが、気が変わった。貴様らは此処で全員我等の糧と成って貰う事にする!」
魔族がそう言うと、結界を囲むように大量の魔族が現れる。
1、2、3、4、5……ゆうに十体以上は居る!
「どういうことですか……いかに隠匿が得意だとしても、この数の魔族が周囲にいて気づかないなんてあり得ない……」
思えば最初もそうだ。
聖職者は魔族の気配に敏感だ。
加えて僕は索敵魔法は得意な方なので、今まで魔族の気配を見逃したことは無い。
しかし、今回は気配どころか一切の違和感さえも感じ取ることが出来なかった。
「貴様等の事だから、上手く時間を稼いで居るとでも思っていたのだろう? 浅はかな猿共の考えること等、丸っとお見通しである!」
やられた……。
まさか魔族がこんな手を使って来るとは思わなかった。
時間稼ぎをされていたのはこちらだったという訳だ。
「普段人間をバカにしとる割にゃあ、お前らも同じことをするんじゃのう?」
「勘違いするな? 我々は貴様等の様な下等生物と違い、策を弄さずとも圧倒的な力を有している。然し、最近は小賢しい搦め手で少し優位に立った気になって調子に乗って居る様じゃないか。だから、そろそろ格の違いとやらを分からせて置かねばと思って居たので有る」
そう言って魔族は、大仰な動作で手を振り上げる。
「其れに、昨日はこの我におもら……大層な辱めを受けさせてもらったからな。此の恨み、貴様等で発散させて貰おう」
絶対そっちが理由の九割じゃないか。
「我が名は”アントシア”! 灰塵の王”シュー”様が配下、射聖のアントシアである! 位は”至爵”だ! さあ! 先ずは此の汚らわしい結界を粉々に打ち砕いてやる!!」




