第89話 帝国の聖女
長い巻き毛の金髪にヘーゼルの瞳。
そしてこの場に似つかわしくないゴスロリ衣装と頭に大きなリボンを携えた少女が、キョロキョロと周囲の様子を見回している。
「何ですかぁこの臭い……臭っさぁい……」
少女は鼻緒つまんで、顔の前で扇ぐような動作をしている。
「”聖女”様!」
聖職者が慌てて彼女の元へと駆け寄る。
「聖女だと?」
ショヴエルがその様子を怪訝そうな表情で見つめている。
「いけません聖女様! このような所で車を降りられては!」
「さあさあ! 早くお車に戻りましょう。さあ!」
二人の聖職者がその少女を必死で魔動車に戻そうとしているが、
「こんな狭い中で何刻もじぃっとしていたらぁ、体が固まってしまいますぅ」
少女はそう言って、マイペースに背伸びをしている。
「あら? あらあらあらぁ?」
そして今度はまた周囲を見渡して、気の抜けるような声を出す。
「すごい穢れですぅ。ここすごく穢れてますぅ」
少女はそう言うと、今しがた出て来た魔動車の後部座席に上半身を突っ込む。
僕は彼女が魔動車に戻るのかと思ったが、どうやらそうではないようで、少女はそこから煌びやかな杖を取り出した。
「なっ!? 何をなさるおつもりですか!?」
「天にまします我等の神よ! この地に清めの光を降らしたまえ! 『”浄化の奇跡”』!」
制止しようとする神官など意に介さず、彼女は聖杖を掲げてそう唱えた。
するとその言葉の通り天空に光が満ちると、キラキラと輝く光の粒が広範囲に降り注いだ。
「これはまごう事無き神聖魔法です。どうやら彼女が聖女というのは本当の様ですね……」
しかし、僕の代わりに浄化を行ってくれるのは有難いのだが、こんなに簡単に神聖魔法を振るう彼女に、危うさというかなんとなく不安を感じてしまう。
「いけませぬ”デッサーテ”様。神聖魔法というのはここぞという時に使わなくてはなりませんぞ。もし魔法の回復時間中に魔族にでも襲われてしまうと、我々では太刀打ちできませぬ」
今まで黙っていた主教の老人が、聖女の名前を呼んで窘める。
なるほど、戦闘力面に関していざという時は彼女頼みだったわけか。
しかし、僕は帝国の聖女の名前を知っているのだが、デッサーテという名前は聞いたことが無かった。
「デッサーテ? そんな名前の聖女、帝国にいただろうか?」
それは冒険者パーティーメンバーも同様なようで、首を傾げている。
「大丈夫ですぅ主教様ぁ。わたくしは神聖魔法などに頼らなくとも戦えるのですぅ」
「なんか物騒な事をゆうとるようじゃが、聖女が戦う何て、そがなこと許されるんかいのう?」
ダンパがそう言ってこちらに目を向ける。
「確かに聖職者は武器としての刃物の携帯や攻撃魔法こそ禁止されていますが、戦闘そのものが明確に禁止されている訳ではありません」
僕がダンパの質問に答えると、今度はリーベットが口を開いて、
「でも、アキちゃんもそうじゃけど、聖職者の人たちって戦闘には参加せんのんじゃろ? 少なくともウチは聖職者が戦こうとる所見た事ないよ?」
そう言う彼女の言葉はその通りなのだが、
「それは多分、聖職者が戦闘に参加しなければならない場面に遭遇したことが無いからですね」
僕はそう言った後に言葉を続ける。
「ご存じの通り、魔法には色々抜け道があって、防御魔法を攻撃に転用する”M・W・A”なんて”脱法魔法”の典型的な物でしょう? それに身体強化も使えますし、全く戦えないという訳ではないんですよ」
「しかしそれは戦わない理由にはならないんじゃないか? いや、別に戦わない事を責めているわけでは無いんだが、何か他に訳があるのだろう?」
フラウが久しぶりに口を開いて、僕にそう質問する。
「この辺は難しい所なのですが、公の理由としては、教義に聖職者は戦闘に参加するべきではない的な文言があるんですよ。その線引きが曖昧で何が神様の怒りに触れるか分からないので、僕らはよっぽどのことが無い限り戦いません。でも、現実問題死んでしまっては元も子の無いので、差し迫った理由がある時は戦闘を行うんですが、普通の聖職者の戦闘能力何てたかが知れていますから、そうなった時には大抵手遅れですね」
この説明で納得したのか、彼は「なるほど」と口にする。
「それは聖女も同様か?」
ショヴエルが最後にそう言うと、
「そのはずです」
僕はそう答え――。
「『”ホーリ・レーイ”』!」
ビーーーーーーーーーーーッ!!
突然、閃光が背後から放たれ、僕らの頭上を眩いレーザービームが通り抜ける。
それは上空の何かに当たって弾かれて、遅れて何かが弾ける音が聞こえて来る。
「なっ!? 何をなさってるんですか聖女様!!」
驚いて大声を出す帝国の聖職者と、その隣であんぐりと口を開けて固まる主教。
「何ってぇ、あそこに邪悪な気配を感じましたからぁ」
そんな事を言う聖女デッサーテだが、問題はそこではなく、今使った魔法の方である。
「待て、あの聖女、普通に攻撃魔法を使ったように見えたのだが……」
ショヴエルが驚きと戸惑いが混ざった顔でそう口にする。
「あれは”ホーリ・ライト”という、通常の魔法だとフラッシュに当たる聖魔法を、圧縮してレーザーのように放つものです」
僕がそう解説すると。
「そんな事して大丈夫なのか?」
ショヴエルがそう聞き返して来る。
「まあ……そうですね……」
どう返したものか回答に困り、そんな微妙な答えを返してしまう。
というか、あの固まっている主教の顔が答えなのではないだろうか。
しかし、あれは何を撃って――。
!?
「『”守護方陣”』!!」
物凄い魔力反応を感じ、僕は咄嗟に防御結界を張る。
バリバリバリバリバリバリッ!!
すると、すぐに猛烈な魔法が飛んできて、張ったばかりの結界にぶち当たる。
バリバリバリバリバリバリッ!!
あ、これマズい。
「皆さん伏せて!!」
僕はそう叫ぶと、自らも頭を抱えて態勢を低くする。
そして、その瞬間結界は大きな音を立てて弾けてしまった。
「『”守護方陣”』」
そう声が聞こえたと思うと、割れた結界が張り直され、再びバリバリと音を立て始める。
「あらあら不甲斐ないですねぇ、まぁ助祭如きではこんなものなのでしょうかぁ?」
その声に振り返ると、聖女が聖杖を掲げながら余裕の表情でそこに立っていた。
正直、所詮は帝国の聖職者だと侮っていたが、どうやら考えを改めなければならないらしい。
僕はとある理由で魔法を全力で展開できないとはいえ、それでも普通の聖職者よりははるかに上の出力で結界を構築できる。
おごりでもなんでもなく、そんな自分を超える魔力を持つ彼女は、帝国……いや、聖王国でも上澄みの存在で間違いないだろう。
「ひぃいいいいいいい!! こ、これは大丈夫なのですか主教様ぁ!!」
しかし、どうやら実力があるのは彼女だけの様だ。
彼女と違い、激しく取り乱す聖職者と兵士たちが、悲鳴を上げながらその場でうずくまっていた。




