第88話 魔物の死体の処理
「ふ……ふんっ! たかが熊一体如き、我々だけでもなんとかなったわ!」
帝国正教会の聖職者が、ヴォーロスの死体を指しながら吠える。
しかし、その震える声と発言内容が、彼らが大した戦闘力を持っていないであろうことを物語っていた。
「しかしこれで分かったであろう? 魔物の死骸は他の魔物を呼び寄せる。それに、この道は遅くとも明日の早朝までには開けなければならないのでな。ただでさえここ数日は物流が混乱しているのだから」
ここ数日、魔族の出現などによって町や街道の閉鎖や通行制限が相次いており、大変な混乱をきたしている。
足止めされた商隊がフィナレス市近郊に殺到しており、宿が足りない事態になっていたりもするのだ。
当然この道に関しても通行止めとなっているのだが、この聖職者達はそれを掻い潜ってここまで来ている事になる。
それをどこにもバレずに行う事は困難と思われるため、彼らがこの道を通ったことはフィナレス市のギルドや教会に知らせが行っているはずである。
「な……なるほどな。お前らの言っている事にも一理ある。であれば、とっととその死体の処理とやらを終わらせろ!」
何というか、ほんとに勝手な事を言う人たちだなぁ……。
「アキちゃん大丈夫?」
魔法使いのリーベットが、こちらに駆けて来て顔を覗き込んで来る。
「ええ、全く問題ありません」
そう言ってボクは立ち上がり、お尻に付いた土を払う。
「口出し無用と言われていたのに、許容できなかった。申し訳ない」
ショヴエルの謝罪に僕は、
「いいえ助かりました。やっぱりぼくは対話には向いていないようですね」
前世もこの容姿が原因でよくイジメられたものだが、それはこの世界だと死活問題なのだ。
一時期は、聖職者としてならいっそのこと女装した方がマシなのではないかと思うほどだったが、一度罰ゲームで聖女の服を着せられた際に周りから大爆笑されたので二度とやらないと決めている。
「何を話し込んでいる! まだ話は終わっていないんだ! とっとと仕事を終わらせろ!」
何がこの人たちをここまで横暴にさせるのだろうか。
どんなに偉くなったとしても、人間こうはなりたくないものである。
さて、魔物の死体の処理手順だが、まずは道の脇に適当なスペースを作り、適当な大きさの穴を掘る。
今回は、魔物の数が数なので、いくらか木を伐採してスペースを確保することになった。
そして、その穴掘りの最中にこの帝国の聖職者達に絡まれたので、作業がそこで止まってしまっているのだ。
「死骸は私とダンパで集めるから、残りは穴を広げて置いてくれ」
ショヴエルが言う通り、リーベットとフラウと僕の三人は堀りかけの穴に向かう。
穴を掘るのは二人の役目で、僕は周囲を結界で囲って、魔力や音が漏れないようにする。
ドドドドドドドドドドドド!!
魔法で発破をかけ、出て来た土も魔法で掻き出していく。
((どれくらい広げればいいかな?))
騒音の中、リーベットが念話を送って来る。
((スペースいっぱいに掘ってください。深さはこの倍はほしいです))
黙々と作業を進める僕らの傍らに、どんどん魔物の死体が積みあがっていく。
順調に見えるが、流れ出た血や体液の処理や浄化もしないといけないため、思ったより余裕は無いのだ。
「よし、このぐらいでいいだろう。リーベットは術式を構築してくれ。残りは穴に魔物を放り込むんだ」
再びショヴエルが号令をかけると、彼らは黙々と自分達の作業を続ける。
僕は今のうちに少しでも浄化作業を行いたかったので、一人周囲をスキャンして回ることにした。
その作業を、無言でジロジロと見回している帝国正教会のメンバーだが、浄化作業くらい手伝ってくれないだろうか。
……いや、変に手出しされて面倒な事になると厄介なので、そのままそこで見ててくれた方がいいだろう。
「アキ! 終わったぞ!」
ショヴエルが大声で僕を呼びつける。
「じゃあこれから火葬に移るが、全員準備は良いな?」
彼女の声に全員が頷き、僕は再び周囲を結界で覆う。
「今日は量が多いけえ上位魔法で。気合入れてね? 行くよ! 3・2・1……『”火葬術式大魔法”!』
リーベットがそう唱えると四人が同時に術式へと魔力の供給を開始し、すぐに穴を覆う様に巨大な炎の塊が現れる。
それは周りの空気を取り込みながら、太陽の様な球形に渦巻いて、その頂点から煙突のように細く炎が立ち上る。
酸素の助燃性は魔法の炎にも適用されるため、魔法の規模相応の膨大な空気が送り込まれ、周囲に暴風が巻き起こる。
しかし、僕はここまで大規模な火葬魔法を初めて見たのだが、大丈夫なのだろうか?
「……っ! これ、全然魔力足りないかも!!」
大丈夫じゃなかった。
「ある程度燃やせれば大丈夫だろう! 最悪浄化さえ何とかなれば、あとは埋めてしまっても……」
ショヴエルがちらりとこちらを見る。
正直あまり気乗りはしないが、魔力が空になる事の方が問題なので、僕は渋い顔をしつつも頷いた。
ある程度魔物を燃やしたところで、やはり限界が着た様子で、リーベットが片手を上げる。
「ゼロで止めるけぇね? 行くよー! 3・2・1・ゼロ!」
その合図で、リーベット以外の三人が魔力の供給を停止する。
リーベットは徐々に魔法を収縮させていき、やがて完全に消滅した。
その後には、大分質量を減らして燻る魔物と、生き物が焼けるの匂いが残る。
「熱っつぅ……みんな魔力は大丈夫?」
リーベットが後ろを振り返りながら言った。
「大丈夫だ、問題ない。しかし、思ったより残してしまったな。アキ、どうだ?」
ショヴエルがそう言って僕に伺いを立てる。
魔物は生命活動を停止した後も、その肉体にはある程度の魔力が残る。
その魔力にはこちらの魔法を阻害する効果があるため、特に一度にまとめて大量の魔物を焼こうとすると、燃焼の効率が大幅に落ちるのだ。
「まあ、大丈夫でしょう。さて、では浄化してしまいますので、皆さんは休んでおいてください」
僕は穴の方まで歩いて行き、聖魔法を唱えようとした丁度その時だった。
ガチャリ。
扉が開く音が聞こえ、その場の誰でもない魔力を感じて、僕はそちらを振り返った。
「ふああぁ……もう着いたのですかぁ?」
帝国正教会の魔動車から、一人の少女が大きな欠伸をしながら降りて来た。




