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第87話 帝国正教会

「思い通りにならないと分かったら暴力ですか!? それがあなたたちのやりかたなんですね!?」


 殴られた左頬を抑えて、僕は剣を突き付ける相手に対して声を荒げる。


「王国の”助祭”風情が我等の”主教”様に舐めた口を聞くからだ!」


 その剣を突き付けて来た男ではなく、後ろで偉そうにこちらを指差す聖職者の男が答える。


「もう一度だけ言う。ここにいた魔族をどうしたんだ?」


 聖職者の男は続けてそう言うと、一歩前に出た。


「何度言われたって回答は同じですよ……そんなもの私は知りません」


 これはもちろん嘘だが、教会からそう言う様に言われている。


「だからその首のない魔族の死体は何だと聞いているだろう! お前たちは知りもしない死体を回収してどうする気なんだ!」


「ですから、さきほどあなたが言った通り、僕は冒険者付きの下っ端聖職者です。今回はただ派遣の依頼を受けて魔物の処理に来ただけで、詳しい事は全く分かりません」


「チッ……話にならんな。おい、もう一発お見舞いしてやれ」


 聖職者の男が言うと、目の前の剣士が剣を振り上げる。


「……今度は少し手元が狂うかもな」


 剣士はそう言ってニヤリと笑うと、僕の顔目掛けて剣を振り下ろす。


 ガキイッン!!


「なっ!?」


「おい。それ以上は明確な敵対行動とみなして、主教じゃろうが何だろうが容赦はせんぞ?」


 振り下ろされた剣を投げた短剣で弾いて、貫禄のある冒険者の男がこちらに歩いて来る。


「誰が動いていいと言った!! そしてその主教様への暴言は万死に値するぞ!!」


 声を張り上げて叫ぶ聖職者の言葉に全くひるむことなく、冒険者は自分の投げた短剣を拾い上げる。

 そして、そこに立っている剣士を鋭い目線で睨みつけた。


「”帝国十字軍(クルセイダー)”まで引き連れて一体何をしに来たんかのう。 通りかかったにしちゃあ、ちいと様子がおかしいようじゃが……」


 そう言って目線を聖職者の方へ持って行く。


 聖職者は全部で三人。

 その内一人は主教と呼ばれる白髪の男性だ。


 そして、それを守るように囲むのは帝国正教会の防衛組織とされる、帝国十字軍である。


「貴様! 動くことも口を聞くことも許した覚えはないぞ!」


 聖職者の言葉に、今度は目の前の冒険者に向けて剣を構える剣士。


「”ダンパ”さん。あんまり事を荒立てないでください。それと……」


 余計な事を言うなと言いたいが、それを口に出す事は出来ないため、僕は目で訴える。


「アキ、お前に言われんでも分かっとるわ。じゃがの、コイツらの行動次第じゃあ、こっちも()()()()に出にゃならんかもしれんゆうとるんじゃ」


 果たして伝わっているのかは分からないが、ダンパはそこで彼らを睨み続けている。


「それはこちらのセリフだ! そしてお前らは既に主教様に不敬を働いた! それだけでこちらに道理がある!」


 やり方が当たり屋のそれなのだが、それにしても彼らの態度は自分の知る聖職者のそれとはかけ離れている。


「今まで黙って聞いていたが、流石に看過できないので口を挟ませてもらうぞ?」


 一人の女性が口を開くと、全員の目線がそちらに向く。


「聖王国と帝国の教会の仲が悪いのは私も知っているが、流石にやり方が横暴すぎないだろうか? それに、今そこのダンパが言った通り、何の権限があって我々の仕事を妨害するんだ? それを説明してもらわない事にはこちらも納得出来ないのだが」


 一介の冒険者とは思えない所作と言葉遣いでこちらに歩いて来る彼女に対し、聖職者たちも思わず黙って言葉を聞いてしまっていた。


「……!! なぜお前らにそんな事を伝えねばならんのだ! こちらにおわすは主教座下であるぞ! 言葉を慎め!」


「今の私の発言のなにを慎めと言うんだ。それに、先ほどから礼を失しているのはそちらではないのか?」


 僕はこのやり取りにデジャヴを感じていたのだが、その正体がわかった。


 これはまるで魔族との会話だ。


「冒険者ごときになぜそんな事を言われねばな――」


 チャキッ。


「!? な、何だ貴様!?」


 突然県に手をかけた彼女に警戒する聖職者達。


「リーベット!」


「はいっ!」


 名前を呼ばれた魔法使いの女性が、僕らを背にして杖を構える。


「『”ウォール”』!」


 リーベットが防壁魔法を唱え、そこに並んで犬人族の男性が剣を抜く。


「お、お前ら何をやってる!?」


 尻込みをしている聖職者を無視して、女性はリーベットの方へと振り返る。


 バリバリバリバリ!!


 次の瞬間、木々の間から凄まじい魔力が飛んできて、その防壁にぶち当たった。


「うわぁっ!?」


「ひいぃっ!?」


 聖職者たちが悲鳴を上げると、慌てて周りの兵隊が剣を抜く。


 そして、その魔力の元と思われる魔物が、少し離れた森の中から姿を現した。


「べああああああぁああ!!」


 聖職者の一人が大声で叫ぶ。


 それはリーベットの二倍はあろうかという、巨大な大熊だった。


「ヴォーロスか……この死骸になってる奴らの残りか?」


 犬人族の男がそう口にする。


「おい! お前ら! 早くなんとかしろ!」


 それは冒険者に言ってるのか兵士に言ってるのか分からないが、とりあえず十字軍の兵士たちはどうしていいのか分からず、剣と盾を構えたままオロオロしている。


「ヴォ、ヴォーロスだと!? あの村一つを一体で壊滅させたと言う、あの!?」


「こんな様子でようここまで来れたのう……」


「ダンパ! ここは私達でやるから、あなたは念のためそこに居て!」


 呆れているダンパに彼女はそう言うと、剣を抜いて魔物に向かって駆けていく。


「”フラウ”! 私に続け!」


「リーベット! 君は絶対に抜かれないように、ここで防壁を展開しておいてくれ」


 フラウと呼ばれた犬人族の彼がリーベットにそう言い残すと、女性と共に魔物へと突っ込んでいく。


「ガオオオオオオオ!!」


 バリバリバリバリ!!


 立ち上がった魔物が、魔力を前方に向けて開放する。

 彼等は放たれたそれを左右に分かれて回避すると、クラウチングスタートのように一瞬腰を落としたフラウが、急加速して相手の懐に潜り込んで鋭い一撃を放つ。


 パァンッ!!


「”ショヴエル”!」


 名前を呼ばれた彼女が、素早く魔物の背後に回り込んで、その勢いのまま横なぎでその首へと剣を振るう。


「『”バースト・ストライク”』!」


 ショヴエルの剣が魔物を捉えた瞬間、剣撃が弾けて音を立て、血飛沫が舞う。


「――浅い!」


「グガゴゴゴゴ!!」


 ドッ!!


 魔物が唸り声を上げたかと思うと、瞬間移動したかのような勢いでこちらへと突っ込んで来る。


「べああああああぁああ!!」


 聖職者が叫び声を上げる前方で、リーベットが臨戦態勢に入る。


「リーベットはそのままで!」


「『”クァグマイア”』!」


 制止するショヴエルの声と重なるように、フラウが設置魔法を発動させる。


 すると、魔物の足元に魔法が展開され、一瞬だけその突進の勢いを殺した。


「『”バインド”』! 『”バインド”』! 『”バインド”』! 『”バインド””』!!」


 その瞬間、ここぞとばかりにフラウが魔物に向かって拘束魔法を重ね掛けする。


 魔物は拘束を引きちぎりながら尚も直進を続けようとするが、その場でほとんど身動きが取れずにいた。


「トドメだ!!」


 そう叫んで、ショヴエルが天高く飛び上がる。


「『”ヴァーティカル・ストライク”!!』」


 ズドオオオオオンッ!!!!


 閃光と共に魔物へと剣が振り下ろされ、衝撃波で空気と地面が揺れる。


 そして砂埃が晴れた先に現れたのは、胴体が半分になったヴォーロスと、血振るいをして剣を鞘に戻すショヴエルの姿だった。


「こうやって魔物が寄って来るけんのう。はよう死体をかたずにゃならんのじゃわ」

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