第81話 万事休す
「何があった?」
俺のその質問には、誰からも返答が無かった。
「何……だと……!?」
その代わり、俺以外にも困惑の声を上げる者がいた。
「あ、有り得ない! 我の可愛い熊さん達を、こんな一瞬で……然も一人でだと!?」
ワイーンと名乗った男魔族が、目を見開きながら愕然としていた。
「だからさっき言っただろう? そいつはそのアメリアのパーティーメンバーだ」
その魔族は尚も信じられないと言った目をユラリへと向けている。
「ククク……ハハハ……ハァーハッハッハッハッハーー!!」
しかし突然、今まで黙っていた女の方の魔族が高笑いを始めた。
「成程ナ! 貴様が勇者ヤマトだっタか! 聞いた話より随分と貧相ナ体じゃなイか!」
女魔族はそう言い終わった後にもクスクスと笑い声を漏らしている。
「何と! あの痩せ肉の猿がですか!? 然し、確かにヤマトの連れに雌の餓鬼が居たと言う話を聞いた事が有る。あれがアメリアだとしたら、腑に落ちる部分が有る」
こちらの男も何か勝手に納得しているが、あれはヤマトではなくユラリである。
「自ら葬った我が同胞を其の手で送り届けようトは、貴様は余程その”ルジュー”が気に入った様ダな。だがルジューは我が四姉妹の中でハ最弱。猿如きに負けるとは一族の面汚シよ!」
魔族は自分達で解釈を進めて、どんどん話を進めている。
「さあ我ガ兄よ! 先ずはお前がヤマトと遊んで来イ!!」
てかコイツ等、兄弟だったのか。
しかも、妹に顎で使われる兄とか、これが魔族の実力社会とかいうやつか。
「えぇ!? 妹様、少々あれは我の手に余ると言いますか、ここは妹様にお任せするので、我は魔界に報告に……」
「何ヲ情けないことを言って居ル!! 誇り高き貴族が猿に背を見せる等、有っては成ラぬ!!」
今度は言い争いを始める魔族。
「魔族は一体何をやっているの!? 全然意味が分からないんだけど!?」
少し緊張が解けた様子のコルネも、そんな魔族の会話を聞いて困惑している。
「……ゆらり」
「ひぃ!? ヤマトが来ますよ妹様!!」
「な、何情けない声を出して居ル! 良いから早よ行かンか!!」
あーもうグダグダだ――。
「ちぇすとおおおおおおおおおおお!!」
スパァーーーーーーンッ!!!!
!?
「……あれ?」
男の魔族が棒立ちのまま呆けた声を出す。
「い、妹様? 今のは一体……」
ゴトリ。
その男魔族の足元に、コロコロと転がっていくそれの角が、男の足に引っかかって動きを止めた。
「ぎゃあぁあああああ!! 妹様ぁああああああ!!」
魔族は尻もちをつき、カサカサとゴキブリのように後ずさり、背中を道脇の木にぶつける。
ドシャァ。
そこに、崩れ落ちた妹様の断面から吹き出す紫色の血が容赦なく浴びせられた。
「ゆらり」
「ひいぃいいぃいいいいい!!」
しかし、それを切ったと思われるユラリの握る刀には、一滴の血も付いていなかった。
「い、命……命だけはお助けを!!」
じょばああああああああ。
頭から血を下垂らせながら、魔族がズボンを貫通する勢いで大量に失禁する。
なぜ魔貴族二人を前にして、あれほど余裕をぶっこいてられるのかと考えていたが、俺はその理由をようやく理解した。
圧倒的すぎる。
ズドーーーーン!!
!?!?
また突然、謎の音が周囲にこだまする。
「其れを避けるか」
女の声が聞こえ、俺はそちらに目を向けようと――。
「お前ら伏せろ!!」
ズドーーーーン!!
突然体が重くなったと思ったら、俺の真上をものすごい勢いで何かが通り過ぎて行った。
「ぐぁあ!?」
何が起きたのか分からないが、俺は地面に変な体勢で押し付けられ、全身に鈍い痛みが走る。
「成程。切り口に細工をして再生出来ぬ様にして居るのか。」
俺はようやくその声の主を捉える。
馬車の上に、赤髪おかっぱ頭の女魔族が立っていた。
その手には、先ほどユラリが首を跳ねた魔族の、頭と体を抱えていた。
「きゃあああああ!! コルネ! コルネえぇええ!!」
また別の女の声が聞こえ、俺は慌てて振り向く。
そこには血まみれでぐったりするコルネを支えるユフォニューの姿があった。
ああクソッ!
展開が怒涛すぎて、何が何だか分からねえ!
一体何が起きているんだ!?
「『”聖なる光”』!!」
今度は眩い閃光が俺の背中を照らす。
どうやらオヤジが聖魔法を使ったようだ。
「ゆらり」
ズドーーーーン!!
ガイィン!!
そんな音だけが情報として伝わって来る。
俺はとりあえず言われた通り態勢を低くして、それをただ聞いているほかなかった。
「神よ、かの者に癒しの慈悲を与え給え!『癒しの祈り』!」
いつの間にそこに来たのか、御者のオヤジが聖魔法でコルネを治療していた。
「遠距離から狙撃されている。あれは俺の魔力じゃ抑えられん。だからお前らは出来るだけ目立たずにここで伏せていろ」
もはや自分で身を守れとも言わないという事は、きっとそう言う事なのだろう。
「誰が勝手に動いてもいいと言った?」
!?
「『ホーリ・レ――』」
バチバチバチバチ!!
「ぐあああああぁああ!!」
俺の眼前で、オヤジが魔族に足蹴にされていた。
背中を蹴られたオヤジは叫び声を上げて、そのまま地面にうつ伏せに倒れた。
「くっ!?」
俺が剣に手をかけようとした瞬間。
ゾクゾクゾク。
「うぅ!?」
まるで体が何かを思い出したように、得体の知れない恐怖に襲われ、全身から冷や汗が吹き出す。
「一時でも長く行きたければ変な気は起こさん事だな」
その魔族の一言一言が、まるで心臓に直接重りを乗せられている様に俺を締め付けていく。
さっき用を足しておかなければ、俺は男の魔族のように失禁していただろう。
「全く、こんな雑魚相手に苦戦するとは、長姉として情けない限りである」
「ゆらり」
ズドーーーーン!!
ガイィン!!
振り向くことが出来ず、背後で何が行われているかは分からないが、どうやらユラリはその狙撃手に釘付けにされているようだった。
「ゆらり」
ズドーーーーン!!
ガイィン!!
オヤジは魔族に足で押さえつけられたまま起き上がる気配はない。
万事休すか……。
「ぐあぁあ!?」
予想外の女魔族の呻き声を聞き、俺は慌てて顔を上げる。
「あの雄猿め……剣で弾道を変えて我に……」
額を抑えた魔族のそこから、青紫色の血液が流れる。
「然もあの刹那で更に自分の魔力を上乗せするとは、貴様只者では無いな!」
ユラリをヤマトと呼ばないあたり、魔族はさっきの戦いを最初から全部見ていたという訳ではないようだった。
「我が名は”アントシア”! 灰塵の王”シュー”様が配下、射聖のアントシアである! 位は”至爵”だ! さあ名を名乗れ人間の剣士よ!」
その女魔族は、大声でお決まりの名乗りを上げた。




