第80話 ベアー
道の中央に、不気味だが艶やかな雰囲気を纏った一体の女魔族が現れた。
その身に着けた上質な衣装から、それが確実に野良魔族ではない事を匂わせている。
そして何より、今まですぐそこにいたことが信じられない様な禍々しい瘴気を放っているのだ。
「クンクン……クンクン。此れは此れは匂いますなぁ……」
その声が聞こえたと思うと、最悪な事にその隣にもう一体、今度は男の魔族が姿を現した。
さらりと、最初に現れた女魔族が長い髪を手でなびかせると、御者と俺達パーティーを見下してから口を開く。
「我が名は”ロズエ”。灰塵の王”シュー”様が配下、乱射のロズエだ。位は叡爵であル!」
!?
何だと!!
まさかの最上位魔族じゃないか!!
ままま、まずいぞ!!
俺は反射的にユラリの方を見るが、それは今までと変わらずそこにいる。
おい!
まさかビビって固まってるんじゃないだろうな!?
「フフ……我が名は”ワイーン”。灰塵の王”シュー”様が配下、帯同のワイーン。位は主爵である」
終わった……。
もう一人も上位魔族だ……。
こんなのA級が一人いるだけで、しかも聖職者も無しに何ができるってんだ!
ガチガチガチガチガチガチ。
隣を見ると、フリュゲーが演劇でも見ない様な勢いでガタガタと震えていた。
振り返ると、後ろの女性陣も同様に歯を鳴らしながらへっぴり腰になっている。
「おい。礼儀が成って無いな。 此方が名乗って居るのだから、貴様も早く名乗らぬか」
俺は慌てて前に向き直るが、魔族のその言葉は御者のオヤジに向けられているようだった。
「オレが名乗るかどうかはお前らがここにいる理由次第だ。正当な理由があるのなら、その分けを言ってもらおうか?」
オヤジは上位の魔族を目の前にして、全く怖気ずく様子が無くそう言い放つ。
「はぁ? 何故我等が猿如きに指図されなければ成らぬのだ?」
男の魔族は、その薄ら笑いのまま、オヤジに言葉を返して手を組んだ。
「何だ。貴族なのに”人魔協定”も知らないのか。衣服だけ着飾って、中身の知能は猿以下だな」
魔族の眉がピクリと動く。
「おい口を慎め! 態々貴様らの下等な言語で会話してやっているのだ! 本来、此の様な薄汚れた下界では、息をする事すらも拒みたいのだぞ!」
「だったらとっとと要件を言え。散歩だとか抜かすなよ? それも立派な協定侵犯だからな?」
その言葉に、魔族の顔が露骨に引きつる。
まさか、図星だったわけじゃないと思うが、さっきからオヤジの方が優勢に事を進めている様に感じる。
「フン! 成程、良いだろう。単刀直入に言うぞ? 我等が用が有るのは其の積み荷で有る。其を大人しく此方へ渡して貰おうか?」
魔族はそう言って馬車の方を指差す。
「断る。あれはお前らには関係ない物だ。そもそもお前はあの積み荷が何だか知っているのか?」
「ああ知っている。あれは我等の同士である」
同士?
どういう意味だ?
「意味が分からないな。そんな事を誰から聞いたんだ?」
「そんな物見れば分かる。その荷から漂って来るオーラでな」
魔族の口ぶりからして、あの積み荷は魔族にまつわる者らしい。
しかも、奴らが”同士”と言う言葉を使うのであれば、中身は魔族そのものだということになるだろう。
「お前ら魔族のお頭は本当に猿以下だな。これだけ用意周到に待ち構えておいて、そんなの道理が通らないことくらいはお前らの無い脳みそでも分かるだろ?」
ドゴォッ!!
「ひぃいっ!?」
オヤジの左手側の地面が大きくえぐれ、隣でフリュゲーが情けない声を出す。
「ほら? 困ったらそうやってすぐ力に訴える。それが猿以下だと言っているのに気づかないのか?」
変わらず動じないオヤジに、魔族は態度を一変する。
「貴様何者だ? 只の平凡な猿かと思ったら其の態度。さぞかし名の有る武芸者なのだろうな?」
周囲の瘴気がどんどん濃くなって行き、ゾクゾクと全身に鳥肌が立つ感覚があった。
「最後の警告である。名を名乗れ猿よ、したらば冥途の土産に内通者の名前を教えてやろうでは無いか!」
魔族が手を掲げると、瘴気が一気に辺りを覆っていく。
闇属性耐性の低いオレ以外のメンバーが、放心しながら次々に尻もちをついて行く。
しかし、俺自身は恐怖こそ感じるものの、オヤジが妙に落ち着いているせいか、耐性の有無以上に冷静だった。
「『”神よ! 我等と悪を隔てたまえ! 守護方陣”!!』」
俺達の周りに、結界が展開される。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、それを唱えた声は紛れもなく――。
「貴様!? ”邪教徒”であったのか!?」
「オレの名はグレゴー。聖王国教会の”司祭”だ」
俺の眼前で、御者のオヤジが眩い光を纏っていた。
「成程、成程。其れで合点がいったわ! だがな、良い事を教えてやろう。其の程度の結界、我等の力を持ってすれば、紙屑も同然なのである!」
男の魔族が再び右手を天に掲げる。
すると、周りの木々が騒めき、そこから大きな影が幾つも姿を現した。
「べ……べあああぁあああああ!!??」
レンジャーのコルネが断末魔の様な叫びを上げながら、俺の足に抱き着いた。
大熊の姿をした魔獣が、俺達にジリジリとにじり寄って来る。
「ヴォ……”ヴォーロス”よ……。一体でもヤバイのに、こんなに沢山……」
魔法使いのユフォニューも、ケツを地面で擦りながらこちらへ後ずさって来る。
「おい、その内通者の名前を教えてくれるんじゃなかったのか?」
そんな状況に反して、何でそんなに冷静でいられるのか分からないが、オヤジは今までと同じトーンで魔族にそんな事を言っていた。
「おっと忘れていた。確か其の者の名は”アメリア”とか言っていたかな? 小さな雌猿だったはずだ」
アメリア?
アメリアって、あの勇者パーティーのアメリアか?
あの阿呆が内通者何て、俄かには信じられんが、まさかあの問題行動が全て演技だとでも言うのだろうか?
「だそうだがユラリ? お前のパーティーの魔法使いが内通者だとよ?」
「ゆらり……」
そのユラリはやはりそのまま幌の上から動こうとしない。
何を考えているのか分からないが、そろそろいい加減にこの状況をなんとかしてほしい。
「何て、オレ達がそんなことを信じると思うか? やはり魔族は嘘つきしかいないな」
スパァーーーーーーンッ!!!!
一瞬世界が凍り付いて、時間が止まったような気がした。
チンッ。
俺はその金属音を聞いて背後を振り返る。
そこには、結界の外に佇むユラリの後ろ姿があった。
ドサドサドサ!!
「はえぇ!?」
周囲から一斉にそんな音が聞こえて来て、思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
そこには、先ほどまでこちらに襲い掛かろうとしていた大熊どもの、首が切り落とされて、切り口から吹き出す血が結界に雨を降らせていた。
「ベ、べあああああぁああああああ!?」
今度は魔族の方が驚きの声をあげた。




