第79話 嫌な予感
とりあえずその後、何事もなく馬車は道を進んで行き、時刻は正午に差し掛かろうとしていた。
俺達はあの後ダベり続けたものの、早々に話題も尽きてしまったため各々が適当な事をして時間を潰していた。
俺は意味もなくサブウェポンのナイフを磨いていたが、それにもそろそろ飽きて来た。
何か面白い話題は無いだろうか。
「なあ、”オーバードライブ”ってやつがあるじゃん? あれってどうやったら出来るんだろうな」
なんか昔同じ話をしたような気もするが、誰か乗ってきてくれるだろうと、ふとそんなことを言ってみた。
「どうなんだろうな。転生者が自身の”禁忌”に触れられた時に発現するとか何とか聞いた事があるけど、それは嘘だって言うのも聞いたことあるわ。そもそもあれって転生者じゃなくても出来るっぽいし」
フリュゲーの言うように、同じことを俺も聞いた事がある。
何でも、感情が高ぶることが重要だとかなんとか。
「何にせよウチらには縁のない事よ。あれ、最低でも魔力が一千万くらいいるんでしょ?」
ユフォニューが、やすりで爪を磨きながら口にする。
「転生者はいいよねー。生まれた時から数百万の魔力が保障されてるんだから。あーしなんて子どものころから訓練してやっと百万行くか行かないかだよ? 嫌んなっちゃうよ」
そう言ってコルネが大きな欠伸をした。
「それにしても”禁忌”か。転生者の前の世界での”死因”とかだっだか? もしそんなんでオーバードライブが解放されるんなら、正直安いもんだと思うがな」
俺がそう言うと、正面のユフォーニュがチラリと俺を見て。
「禁忌ってあれ、ヤバイらしいよ? 転生者って殆どが相当悲惨な死に方してるんだって。だからその禁忌に触れられた瞬間、それにまつわる記憶が一気になだれ込んできて、最悪そのまま廃人になる人もいるんだって」
そんなことは常識なので、ユフォーニュに言われなくても知っている。
ただ、どんな死に方をしていようが、その記憶を取り戻しただけで発狂するほどのものなのだろうか。
俺はそれにイマイチ実感がわかないだけだ。
「なあなあ、そう言えば勇者ヤマトの死因を知ってるか? 何でも、闘技場で勝った相手に逆恨みで闇討ちされたらしいぜ? それ聞くと、あのバケモンも人間なんだなって思うよな?」
「ちょ!? やめなさいよ! 禁忌に触れたら極刑なのよ? 上にはそのヤマトのパーティーメンバーもいるんだから!」
そうフリュゲーが口にした所を、ユフォニューが慌てて制止する。
「大丈夫だろ、それなりに有名な話だから。それにアイツ異世界にいた時もとんでもない有名人だったらしいから、以降に転生してきた奴ら全員知ってるんじゃね?」
俺は鼻で笑いながら彼女に言った。
ガタン!
「うおぉっ!?」
そのタイミングで馬車が大きく揺れ、俺は驚いて幌の支柱に頭をぶつける。
「ダッサっ! ツーバ普通にビビってるじゃん!」
ユフォニューが俺を指差して嘲笑するので、俺は小さく舌打ちをして、
「ちげぇわ! ちょっと持ってたナイフが落ちそうになったから慌てただけだが!」
俺は慌てて弁解するが、彼女のその顔は確実に俺をバカにしている。
「ゆらり」
俺は微かに聞こえたその声に、思わず馬車の天井を見上げる。
「あっはっ! やっぱビビってんじゃん! アンタ意外と小心者だよな!」
今度はコルネが笑い声をあげるが。
「いや、今なんか嫌な感じが……」
俺は真剣にそう言ったつもりだが、他のメンバーは俺が照れ隠しでそう言っていると思っているようだった。
「ゆらりゆらりゆらり」
今度ははっきりと、そう言ったのが聞こえた。
流石に今度はコイツ等もおかしいと思ったようで、何事かとその声の主を見上げていた。
「あ? ユラリのやつ突然どうした?」
怪訝そうな表情をしたフリュゲーが、上を見たまま首を傾げる。
それが合図だったように、馬車が徐々に速度を落としていくのを感じた。
「おい!? 何で速度を緩めるんだ?」
俺はそう言いながら御者の隣で身を乗り出し、前方に目をやる。
何でか分からないが、すごく嫌な予感がする。
「最悪だな。やっぱり誰かが情報を漏らしてやがる」
御者のオヤジが意味深な事を呟くが、俺は意味が分からず、そのまま馬車の進行方向を見据えていた。
そのまま馬車は急激に減速すると、やがて完全に停止してしまった。
「なんか良く分からないけど、周囲をスキャンするよ」
そう言ってコルネが索敵魔法を展開する。
「ひっ!?」
そして直ぐに短い悲鳴を上げた。
「何!? どうしたの」
その様子を見たユフォーニュが、コルネの肩に手を当ててそう言った。
「囲まれてる!!」
その言葉を聞いた俺達は、慌てて馬車から飛び降りる。
しかし、その言葉に反して周囲は静寂そのもので、とても何かに囲まれている様子は無かった。
「この中で闇魔法適性があるのは?」
唐突に御者のオヤジがそんなことを俺達に聞いてくる。
「……俺が少しあるが?」
ますます嫌な予感を感じながら、俺はそう一言答えた。
オヤジは俺のその返答には何も言わず、馬車から降りてそのまま前方へと歩いて行き、
「おい! いるんだろ? コソコソしてないで姿を現しやがれ!」
誰もいない道の向こうに向けてそう叫んだ。
野盗か何かか?
いや違う。
俺の六感がそう伝えている。
これはもっとヤバいやつだ。
「闇魔法って? まさか……」
ユフォーニュが不安そうに杖を胸の前で握りしめる。
「噓でしょ? アイツ何で囲まれるまで何も言わなかったのよ……」
そう言ったコルネの目線の先にはユラリがいる。
相変わらず彼は、幌の上で胡座をかいたままだった。
「此れは此れはお猿さん達、其ンな怖い顔をしてどうされたのデすか?」
その声を聞いた瞬間、俺は全身の身の毛がよだつのを感じた。
そして、それは道のど真ん中に、何もない空間から突然姿を現した。
紫色の肌に日本の長い角。
それはまごう事無き魔族だった。




