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第65話 ペットの散歩

 その叫び声の方を見ると大声を上げながらダバダバと走って来る男が目に入る。


「魔族だー!! 丘の上に魔族が出たぞー!!」


 その声に村が戦々恐々となる。


 男の指差す先は丁度隔壁が高くなっており外の様子を伺うことが出来ない。


 あたしは自己浮遊の魔法で浮き上がると適当な家の屋根へと上る。


 そこからその方向を見ると壁越しにギリギリ見える丘の上に何か人影のようなものを二つ発見した。


「あそこだ! あそこにいるぞ!!」


 他の浮遊魔法が使える村人も屋根の上からその様子を捉えて次々に声を上げる。


 村にサイレンが響く。


 あたしは急いでその丘に向かおうと考えるがおそらく結界が強化されていてまっすぐ壁を飛び越えて行くことは出来ないだろう。


 仕方ないのであたしは門の方へ駆ける。


 胃の調子が心配だったが特に問題なさそうだった。


 あたしは門の前に集まる村人を避けながら門の外を目指す。


「ちょっと嬢ちゃん! どこ行く気だ!」


 止める門番の制止も聞かずあたしは門から飛び出すと町に駆け込もうとする馬車を横目に一目散に丘を目指して飛んでいく。

 平時に高速で飛行魔法を行使するとバチクソに怒られるのだが今は非常事態だ。


 飛行を開始してすぐに目的の丘が見えて来るが様々な要因で索敵魔法が阻害されて詳しい様子は分からない。


「タリホー!!」


 魔族が完全に視認距離に入った。


 そして気付く。


 異常な数のスライムの群れが魔族の背後に控えていた。


 あたしは速度を落とすと正面から堂々と魔族の元へと向かう。

 そして十分な距離を取りそいつ等の前へと着地した。


「我等に真っ向から向かって来るとは見上げた根性だな子猿よ」


 腕を組んで仁王立ちする二体の魔族のうち右側の男があたしを見るなりそう言って来た。


「名乗れ雌餓鬼よ!」


 今度は左の男が口を開く。


「我が名はアメリア! ”世界最大火力保持者マスター・オブ・グレイテストマイト”にしてデストロイヤーと呼ばれる大魔法使いである!」


 私はローブを翻しながら高らかと名乗りを上げる。


 それに対し魔族は満足そうな笑みを称え、


「我が名は”ワイーン”。灰塵の王ロードオブヴァーミリオン”シュー”様が配下、帯同のワイーン。位は主爵である」


 右側の男が鼻に着く所作で名を名乗る。


「同じく! 我はワイーン様の配下、名をチェリと言う!」


 左の男も同じように名乗るが主人の前で階級や二つ名を言わないので中級以下の魔族だろう。


「雌餓鬼よ! 我等の前に独りで参じたと言うからには、其の名は伊達では有るまいな?」


 チェリが甲高い声であたしを指差して来る。


「もちろんである! このあたしが来たからには貴様らは生きて魔界に戻れるとは思うなよ!」


 あたしも指を指し返しながら叫ぶ。


 それに対しワイーンは鼻で笑うと不敵な笑みを浮かべて、


「威勢の良い子猿だな、そう言うのは嫌いではないぞ? 然しいきり立って居る所済まないが、我等はただ()()()を連れて散歩に来ただけでな」


 そう言うと魔族二体は顔を見合わせてガハハと笑い合う。


「ペット? そのスライムの事か?」


 その背後に控えるスライムたち。

 色は紫が多いようだがこの種類は毒スライムと呼ばれていた気がする。


「そうだ、此の可愛いスライムに下界を見せてやりたくてな、然し目の前に邪魔な壁が有って困っていたのだよ」


 壁とはあの村の事だろう。

 コイツ等魔族は何かと理由をつけて人間に嫌がらせをしてくるがこうやって村に魔物をけしかけるのもそのうちの一つだ。


「雌餓鬼よ、手数だがあの壁に退く様に伝えて来てはくれぬか? 我は猿共の言葉は会得して居らんのでな」


 手下の方の魔族がそう言うと二体はまた顔を見合わせて笑う。


「あいにく壁語はあたしもしゃべれねーんだ。あとスライムは魔界とは違ってこっちでは駆除対象だから悪いけど全て燃やさせてもらうぞ」


 そう言って杖を構えてそれを魔族の方に向ける。


「んん? 何だって? 発音が悪くて聞き取れないな?」


 主人の方の魔族が腰と耳に手を当ててムカつくポーズであたしを煽って来る。


「壁と猿だと言語が違うみたいですよ? 我等には同じにしか見えませんがね」


 ニチャニチャと笑う子分だがもしかしてそれは面白いと思って言っているのだろうか。


「仕方無いな。では此の儘突っ切らせて貰うとするか」


 なっがい前置きだったが結局のところそれがコイツらのやりたい事なのだろう。


「いや流石に其れはマナーが悪いですよ。此処は転送魔法で壁を越えてみては如何ですか?」


 勝手にどんどん話を進める魔族だが茶番にそろそろ飽きて来たのでまとめてぶっ飛ばしたい欲が満ちて来る。


「成程良い考えだ。では先ずスライム達を幾つかに纏めるとしよう」


 主人の方の魔族がそう言って後ろのスライムを振り返る。


 そしてそこから闇の魔力を感じたあたしは杖を握りしめて攻撃に備える。


「まあ待て雌餓鬼よ。ワイーン様は貴様に対して何もするつもりは無い」


 あたしの方は一瞬でも相手が隙を見せたら大魔法をぶち込む心づもりだ。


 !?


 突然大人しくしていたスライムがうごめき出す。

 何やら中心に向けて集まっているようである。


 ぎゅうぎゅうになったスライムは折り重なって山なりに膨れ上がっていく。


 ……いやこれはまさかこれは合体して大きくなっている!?


「おいお前ら! 一体何をしようとしてる!」


 あたしはそのスライムに杖の照準を向ける。


「待てと言って居るで有ろう。只、散らばらないように一か所に集めて居るだけだ」


 その感にもどんどん大きくなっていくスライム。


 よく見ると他にもその塊がいくつかできつつあった。


 あたしはその様子に危機感を覚えながらも一体どこまで大きくなるのだろうと言う好奇心から一歩を踏み出せないでいる。


 そしてついにそのスライムはビルの五階ほどの高さまで成長して大きな丘みたいになっていた。


 一体どれだけのスライムを集めて来たのだろうか。

 実は魔族って暇なのか?


「さあ! 転送魔法であの壁を越えて行こうでは無いか!」


 魔族が威勢よくそう宣言すると同時にスライムの底面に大きな魔法陣が展開される。


 言葉通りであればこれは転送魔法の魔法陣だが転送魔法は条件がかなり厳しくヤマト曰く人間側ではまだ研究中の分野らしい。

 だが反対に魔族は転送魔法を駆使して昔からガンガン人間界に魔物を送り込んでいたと言っていた。


 しかし今は世界を覆う”神聖大結界”や各国や町がそれぞれ設置した大結界により魔族側も好きなようにどこからでも転送魔法が使えるという訳ではない。

 だって実際そんなことが出来ていたら人間はとっくの昔に滅んでしまっているだろう。


 あたしは難しい事は分からないが多分これは何日も前から魔族が用意していたのではないだろうか。


 そしてここまできてようやく自分の判断が遅かったことに気づいた。


「『”ヘルファイア”』!!」


 あたしはスライムに向かって火属性の大魔法を放つ。


 しかしそれは魔族の展開した結界魔法に阻まれその結界と共に大きな音を立てて弾けてしまう。


「!? 何をやって居るチェリ! 油断するなと事前に言った筈だが?」


 主人の方の魔族がチェリを叱責しする。


「申し訳御座いません! 然し此の雌餓鬼の魔法の威力、あの言葉は虚言では無い様です!」


 アタシは立て続けに魔法を放とうと杖に力を込める。


「させるか!!」


 主人の方の魔族が叫ぶと同時にあたしの全身に毛がよだつ不快感が襲って来る。


 まずい”闇魔法”だ!

 その闇魔法により魔力のコントロールが乱されてあたしは咄嗟に緊急回避である”極限結界”を発動する。


「何だ此の子猿、攻撃に対して防御は大した事無いようだな」


 あたしは相手の攻撃に備えて防御の構えをとる。

 しかし相手からの追撃は無かった。


「だから言って居るだろう? 我等は貴様を攻撃するつもりは無いと。然しこれ以上我等に牙を剥く様で有れば、防衛の為に此方も考えを改めねば成らぬかもな?」


 あたしが精神力を回復している間にスライムの下に開いたポータルがスライムをみるみる飲み込んでいく。

 ヤマトがいれば対処が出来るのだが悔しいがあたしにこれを今すぐ止める術はない。


「さて、では壁の向こう側にもポータルを出現させるとするか」


 口に出さないでもいいような事をわざわざ口にする魔族。


 クソっ!!


 ドドンッ!!


 回復を待てないあたしは無理やり魔法を放つが想定した威力には全く及ばず今度は相手のシールドすら破ることは出来なかった。


 それにたいして魔族がまたあたしに不敵な笑みを向けて来る。


『おおっと!! しまったー! 手元が狂って違う場所にポータルを開いてしまったー!』


 突然拡声魔法を使い魔族は演技がかった口調で村へと叫ぶ。


 しかもこれは人間の言葉だった。

 人語が分からないなど大嘘じゃないか。


「ふざけんなクソ野郎! 最初からそのつもりだったくせに!」


 あたしは拡声魔法でキーンとなった方耳を塞ぎながら叫んだ。


 そして魔族から少し距離を取ると改めて村の方を見渡した。


 見ると村の上に黒いポータルがいくつか出来ていてそれが徐々に大きくなっていっている。


 あたしは魔族が村の中にスライムが送るつもりなのではないかと思っていたが流石にそれは無理なようだ。


 間もなくしてスライムがポータルから姿を現しボタボタと結界の上に落ち始めた。

 幸いなことに結界はしっかり機能しているようでスライムの侵入を防いでいる。


 村が大きいためスライムも先ほどより小さく見えるがあのサイズの魔物が何体も上に乗っていて結界はどの程度もつものなのだろうか。

 結界に詳しいピチカならその辺の知識もあるのだろうがあたしに結界魔法は専門外だ。


『おお! 汚らしくて分からなかったが、良く見ればあれは人間の巣では無いか! 此れは大変だ! こう成って仕舞うと我等には手出しが出来ん!』


 主人の方の魔族が再び拡声魔法で村の方に向かってそんなことを言っている。


『然しワイーン様! 我等の可愛いスライム達が苦しんで居ます! 何とかあの結界に近づいて救出を試みなければ!』


 なるほどそれがコイツ等の目的か!

 スライムを口実にして村に近づくことで良からぬことを企んでいるな?

 しかしこの大魔法使いアメリア様がいる限りそんなことはさせないぞ!


 魔族が手を出すより先に急いであのスライム共をすべて処理しなければ!


「『”フレイムーバーズ”』!!」


 あたしが魔法を唱えると炎の塊が鳥のようになって次々とスライムへ向かって飛び立っていく。

 そしてそれは狙い通りスライムに命中した。


 横目で魔族の様子を見るとその光景に驚いたように二体とも固まっているのが目に入る。


「貴様……何をやって居るんだ?」


 呆然と立ち尽くした手下の方の魔族があたしに言った。


「あたしがこの村にいたのが運の尽きだったな! お前等の思い通りにはさせないぞ!」


 あたしは意気揚々と魔族に向かって叫ぶ。

 その間にもスライムはあたしの炎の鳥達に巻かれて行っている。


「……いや、何を考えているのか分からんが……良いのか?」


 そう言いながら魔族は不思議そうに村の方を指す。


「は? 何が?」


 あたしはその言っている意味が分からず魔族に対して聞き返す。


「え?」


「え?」


 お互いの言っている意味が分からずあたしと魔族は呆けた顔でお見合いする。


 ドバンッ!!


 何かが爆発する音が村から響く。

 あたしは急いでそちらに目線を戻す。


 ドバンッ!! ドバンッ!!


 見るとスライムが大爆発を起こしてその破片を天高く撒き散らしていた。


 その爆発の衝撃と降り注ぐスライム葛で結界が大きく揺らいでいた。

 そしてそこにどんどんと突っ込んでいく炎の鳥達。


 あ、やばっ。


 あたしの思考より先に村の結界が一気に弾ける音が周囲にこだました。

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