第60話 クズなのかもしれない
ちゅんちゅん。
ちゅんちゅん。
カーテンから朝日が差し込む。
最近濃い一日が多く、昨日も中々に充実した一日だったためか少しだけ寝過ごしてしまったようだ。
俺はベッドから上半身を起こすと、ぐっと背伸びをする。
すると、隣でもぞもぞと何かが動く感覚があった。
「ヤマト。今日は休みじゃなかったのか?」
そう言ってカチューシャが同じように体を起こす。
掛け布団がはらりと落ち、鍛え上げられた肉体と、それに似合わない豊満な乳房があらわになる。
「その予定なんだが、一応ギルドには毎朝顔をだすようにしてんだよ」
俺はそう言いながら立ち上がると、棚から下着を取り出してそれを履く。
「そう言えば何時もギルドにいるイメージだったが、毎朝とは思わなんだ」
彼女はベッドの上に座ったまま、目をこすって大きな欠伸をした。
「もう少し寝ててもいいぞ? もしギルドに俺がいなかったら鍵は職員に預けといてくれ」
そんな彼女を見ながら、俺はいそいそと身支度を進めていた。
「昨夜はこのアタイをあんなにイかしといてとんでもない体力だな。まったく大した男だよお前は」
そう言って、上目遣いで俺を見てくる。
「ああそうだ、そのシーツも洗濯しなきゃだな」
俺はカチューシャに意地の悪い笑いを向けると、彼女の顔がカっと赤くなる。
彼女のこういった素直に恥ずかしがる乙女な部分にはギャップ萌えを感じる。
「なあヤマト。お前は元の世界に帰りたいとか思わないのか?」
カチューシャに意外な質問を向けられ、俺は手を止める。
「うーん……全く思わないかと言ったら噓になるが、ぶっちゃけ未練と言う未練は無いし、むしろこっちの生活の方が俺にはあってると思ってるな」
異世界人が俺達の様な転生者に前世の話を聞いてくることはあまりない。
話の流れでそう言った話題になる事はあるが、基本的に前世の話題は”禁忌”に触れる可能性があるため、暗黙の了解として、しない事になっているのだ。
「アタイ転生者二世じゃん? オヤジから小さいとき、そっちのロシアって国の事を色々聞いてたんだけどさ、その話だと、魔物もいなければ魔法もない。なのにすごく技術が発展していて、人間が全員平等だって言ってたんだ」
俺の知ってるロシアとは微妙に違う気がするが、この世界の住人からしてみれば、それでも一般人の権利が保障されている様には見えるかもしれない。
「ヤマトには言った事あると思うけど、アタイ子どもが出来ない体じゃん? だからオヤジが死んで、速攻で家から追放されたわけよ。子どもが残せない女にここで生きる資格はないって」
重っ!
朝っぱらから何て重い話をするんだこの女は!
当然茶化せる雰囲気ではないため、俺は真剣な表情で彼女の話を聞く。
「だからさ、もしアタイがあんたと同じ世界に生まれてたら、もっと普通の人生を送れたかなって、たまに考える事が有るんだ。もしかしたら、養子とかもらって幸せな家庭が築けたのかもってさ……」
なるほど、そこでさっきの質問に繋がる訳か。
そして彼女は一瞬の間を置いた後、俺の目を真っ直ぐ見つめて口を開く。
「それで……ヤマト。こんな子どもも残せない行き遅れのオバサンだけど、どうかアンタのそばに置いてはくれないだろうか。妾とかですらなくともいい、ただ家族みたいに接してくれるだけでいいんだ」
カチューシャの少しくすんだ巻き毛の金髪が、カーテンから零れる光で薄く輝く。
ガチ告白だった。
俺は散々周りからクズだと言われ続けてきたが、女性と交わる以上、こういうことが有るのは覚悟の上で、それを受け入れることも視野に入れていた。
しかし、しかしカチューシャは完全に想定外だ。
彼女はそう言う色恋沙汰はどうでもいいものだと思っていた。
というか、俺はカチューシャの事を、たまに酒を飲みかわす頼れる大人のねーちゃんくらいにしか捉えていなかったのだ。
そんな考えが漏れてしまったのが、カチューシャはハッとした表情になると、
「待て! 今のは無しだ! 聞かなかったことにしてくれ! いや本当に冗談だから、まったく柄にもない事をするものじゃないな! 悪かった!」
そう言って彼女は体を九十度回転させ俺に背を向けると、ベッドの縁に腰掛けて、床に置いていた靴を履く仕草をしている。
靴を履き終えて立ち上がったカチューシャは、壁際の畳まれた服を手に取ろうと、数歩踏み出す。
その背中は、いつもより少し小さいように感じた。
そして、おれはそんな彼女の背中を、後ろからゆっくり抱きしめた。
カチューシャも、首元に回された俺の腕に手を添える。
「カチューシャ。お前が本気なら俺は全然かまわないぞ。流石に正妻は無理だが何とか――」
彼女は俺が言い終わるのを待たず、俺の手を両手でゆっくりと解す。
「ありがとうヤマト、でも本当にいいんだ。色々あってちょっと弱気になっていただけなんだよ。アタイは今までのアンタとの関係が、一番居心地がいいよ」
言い終えてこちらを向き直ると、彼女は背伸びして俺の唇に軽くキスをする。
「さて、じゃあアタイは家に帰って寝直すかな!」
威勢よくそう言いながら、再び壁の方を向いて、自分の下着に手をかける。
「あ、言っとくが気まずい感じになるのは無しだからな? 今まで通り普通に接しろよ!」
彼女は手早く服を着ると、顔も洗わず足早にアパートを出て行ってしまった。
もう既に、なんか気まずい感じになってるじゃないか……。
俺はそう思うと同時に、少しホッとしてしまっている自分がいることに気づく。
やはり、俺はみんなが言う様にクズなのかもしれない。




