第44話 このハゲぇええ!
冒険者ギルドの早朝、俺は自分の拠点である「フィナレス市」に戻ってきていた。
ギルド内には多くの冒険者で活気づいており、クエストを受注したパーティーが次々と旅立っていく。
そして俺はそんなことを全く気にせずにカウンター前のテーブルを占領して、昨日の報告書をまとめていた。
そんな最中、一人の青年が、俺の広げていた資料の一枚を拾い上げて、俺に話しかけて来た。
「これが例のあれか」
男が資料を見てそう口にする。
「ん? もう知ってんのか?」
昨日の今日で、そんなに早く情報が回る物なのか?
「いや、しらんけど」
…………。
「邪魔するなら帰れよ……」
何かと思えば、ただちょっかいを出しに来ただけの様だ。
俺はとっととこの事務作業を終わらせて、ガンガン金を稼ぎに旅立ちたいんだ。
邪魔をしないで欲しい。
しかし、青年は俺が”筆記魔術”で書類を記入していく様子を、横でニヤけながら眺めている。
ああ気が散る!
「なんだよ”ベイエル”……言いたいことがあるなら言えよ」
俺は書類から顔を上げることなく言う。
すると、彼は鼻で笑った後、俺の隣に腰掛けると、
「お前、パーティー解散したんだって」
ああなんだ、そんな事か……。
「困るぜヤマトぉ。あんな奴らを野放しにされちゃあ、何も知らない冒険者が被害にあうのも時間の問題だぜぇ」
やたらねちっこい声で話しかけてくるベイエル。
俺はそれに対し、
「まことに残念ながら、パーティー解散はギルドから却下されてしまったのだよ。あー残念残念まことに残念」
棒読みしながら、書類の記入を進める。
「あれ? じゃあなんで昨日、オリーが臨時のクエストに行ってたんだ?」
「知らねーよ。別に臨時なんて誰でも行くだろ。いちいち俺が居ないときのパーティーメンバーの行動何て把握してねえよ」
俺は、ベイエルに対してどっか行けと手で払いのける動作をしながらそう言った。
丁度その時、ギルドの入り口がにわかに騒がしくなる。
「こーーのぉーーハゲええええええええ!!!!」
ドスの効いた女性の声だった。
その声と同時に、ギルドの入り口に、見慣れたスキンヘッドの黒い塊が転がり込んでくるのが見えた。
「ちーーがーーうーーだーーろぉおおおおおおおお!!!!」
そしてその塊を足蹴にする大女。
「ひゃー! 噂をすれば!」
それを見て嬉しそうな反応をするベイエル。
「すみません。すみません」
その塊もとい、うちのパーティーメンバーのオリーが必死に謝っているが、その大女の怒りは収まりそうもない。
俺はその光景を横目で見て、大きなため息を吐く。
「おいおい”カチューシャ”。一体何があった?」
ベイエルがそう言いながら立ち上がると、その大女の方に意気揚々と歩いて行く。
その様子をギルド内の半数ほどが注目している。
残りの半数は気にする様子をみせつつも、淡々と自分たちの用事を進めているようだ。
「どうしたもこうしたもねーよ! このハゲときたら余計な事しやがってぇ!!」
それそれ、それだよこそれ。
俺が日々パーティーメンバーに対して思っている事だよ。
「オリー。お前何したんだ?」
ベイエルがアルマジロになったオリーの前でしゃがみ込んで問いかける。
「コイツはな! 採集品を勝手に換金しやがったんだよ!」
オリーではなく、かわりにカチューシャが答えた。
「ん? どういうことだ?」
言葉が理解できなかったベイエルが、カチューシャに問い返す。
「アタイらはギルドから魔物素材の採集依頼を受けて昨日からクエストに出てて、さっきそれから戻って来たんだけど、町に着くなりコイツがどっかに消えてんの」
ベイエルは不思議な顔をして彼女の話の続きを待っている。
そして俺は書類を書きながら、聞きたくもない話が耳に勝手に入って来る。
「まさか持ち逃げしたかと思って、アタイたちはとりあえずギルド前まで来たわけよ、んでコイツが居なかったから、今から探そうかってメンバーで話合ってたら――」
もうここまで聞いたら何が起こったのか分かってしまった。
「あー、分かった分かった。採集品をそのまま納品しなきゃならなかったのに、オリーが勝手に換金しちゃったわけか」
ベイエルがそう言うと、カチューシャが大きく頷く。
「オ、オレは良かれと思って……」
丸まったまま、オリーが怯えた声で呻く。
ふいに俺は視線を向けられたのを感じる
その視線の主が、大きな足音を立ててこちらに近づいて来た。
「おいヤマト! あいつは一体何なんだ!? 一体お前はどういう教育をしてんだ!?」
あーめんどくさいめんどくさいめんどくさい。
そんな事俺に言われても困るわ。
何で居ないときのパーティーメンバーの事で俺が詰められなきゃいけないんだ。
「……カチューシャ。お前もこれで、俺の苦労が分かっただろ」
俺は先ほどと変わぬ姿勢で、書類から目を上げることなく淡々と答える。
バキャンッ!!
先ほどまでベイエルが座っていた丸椅子が蹴られ、隣のテーブルにぶち当たる音が聞こえる。
「チクショー!! こんな奴初めてだよ!! どういう発想でわざわざ狙って集めてた採集品を売ろうと思うんだよ!!」
その椅子を蹴飛ばした本人が激しく咆哮し、頭を抱える。
気持ちは分かるが、物に当たるのは頂けない。
そして、こちらへツカツカと歩いて来たベイエルが、
「ヤマト、あいつ普段からあんなことしてんの?」
他人事だと思ってヘラヘラしながら聞いてくる。
「はぁ……確かに素材の売買は、基本的に荷物持ちのあいつに任せてるけど……逆にお前らは、他にそんなことした奴を一人でも見た事あるか?」
「ある訳ないだろ!」
「無い」
俺はもう一度大きくため息を吐くと、
「じゃあ俺もねーよ。こんなの誰が予想できるんだよ」
そう言ってようやく顔を上げ、カチューシャの顔を見る。
怒りと悔しさが入り混じる、実に趣深い顔をしていた。
「そもそも!! 換金予定だとしてもパーティーのリーダーに何の断りもなく勝手に持ち物を持って行くなんてありえないだろ!!」
だから知らんといっとるだろうに……。
「ううう……ヤマトぉ……オレはただ、俺に任せてくれれば高く売れるってことを知ってほしくて……」
「そんなサプライズいらんのじゃこのハゲぇええええ!!」
俺の元に這って来たオリーの坊主頭を、カチューシャが思いっきり叩く。
たしかに、俺の馴染みの買取屋ならカチューシャ達が売るより多少色をつけてくれるかもしれない。
だが、その買取屋が勝手にそう言ってるだけで、最近はそこでしか買い取ってもらっていないので、逆に足元を見られている可能性もある。
とりあえず、今度からこいつに任せず、自分で換金に行こうと思う俺でした。
「カチューシャ。もうその辺で……」
その様子を黙ってみていた、彼女のパーティーメンバーの一人が宥めに入って来る。
その様子を見てから俺は、
「とりあえず、ギルドに言って俺につけといてくれ。オリーとは後で話し合っとくから」
そうやって提案すると、
「ヤマト様あぁ!! ありがとおおおおおおお!!」
オリーが俺の足に抱き着いて来たので、俺はそれを足蹴にする。
そこに、カチューシャが一歩踏み出てオリーの脇腹を蹴り、その場からどかす。
「いや、それはいい。今回こいつを臨時で雇ったのはこの私だ。こんなことで財布が傷がつくのは遺憾に堪えないが、これは私の責任だ」
そう言い終わると、カチューシャは俺の肩に手を置き、身を低くする。
そして俺の耳元に顔を近づけると、
「ただ……」
そう口にして、俺の股間を左手でガシッと鷲掴みにする。
「お前には体で払ってもらうとしようかな」
彼女はそう言い残すと、パーティーメンバーを引き連れてギルドを足早に後にした。
恐らくこの後、素材を買い戻しに行くのだろう。
「ひゅーー。何だかんだ役得じゃないですかヤマトさーん!」
ベイエルがニヤニヤと肘で小突いてくる。
まあ、この程度で借りが返せるなら、むしろ願ったり叶ったりである。
そもそも俺の借りではないのだがな。
そんなやり取りを終え、時間も経ってギルドからだんだん人が少なくなっていく。
「なあ、ヤマト。カチューシャってやっぱり、そっちの方も――」
ベイエルが下衆な事を口にしようとした時だった。




