第2話 ナンバーワンだよ
ああばばばばばば、まずい。
これは本当にまずい。
広い冒険者ギルドのホール。
その一等地である受付のカウンター前のテーブルを陣取って、オレは応接室で今交わされているであろう会話を想像する。
意味もなくテーブルをぐるぐると周回している様子は、傍から見ると大変に間抜けだろう。
幸いなことに、昼過ぎのこの時間は冒険者ギルドの閑散期で人は疎らなため、オレ達がこの場所を占領していることに目くじらを立てる者は居ない。
「ああ、どうしよう……。まずい、まずいぞ絶対まずい……」
延々とテーブルの周りをうろうろしながら、オレは無意識にそう口にしていた。
「あーもう! うっせーなあさっきから!」
そんなオレが鬱陶しかったのか、ボサボサの赤髪をした小柄な少女が、自らの髪を掻きながらイラついた声を上げた。
そいつは木製の質素な丸椅子に腰かけて太々しく足を組み、左手にはその辺の屋台で買ったと思われるサンドイッチを握っている。
「もうすんだことをウジウジ言ってても仕方ねーだろが」
軽くそう言い放って、少女は大した具の入っていない質素なサンドイッチをかじる。
「おい”アメリア”! なんでお前はそんな余裕ぶっこいてられるんだ!? お前は自分がしでかしたことの重大さがまだ分かってないのか?!」
オレは本気で咎めたつもりだが、アメリアはこちらに目も向けず、しばらく口をモグモグして、ゆっくりと中の物を飲み込んだ。
「あ? 誰の仕業だって? このク〇ンボが」
言ったなコイツ!!
「おい!! ライン超えだぞこのクソガキ!!」
オレはアメリアを指差しながらずずいと詰め寄る。
「あーあーもうこっち来んな息くっせーんだよ」
アメリアはそう言いってオレを手で扇ぎながら顔を背ける。
「あのな? さっきの発言はとりあえず置いといて、お前は限度ってものを知らないのかよ? しかもここに帰って来る間ずーーっと、オレに責任をなすりつけようとしてたよなお前?」
オレの言葉に、アメリアは、
「何度おんなじこと言うんだよ図体はでかいクセに女々しいやつだな!」
「ああん!? 何度だって言ってやるよ! 今回のはどう考えてもお前の”魔法”だろ! お前のな!!」
オレはさらに一歩踏み込み、アメリアの横顔に指を突き付けながら顔を寄せる。
それにアメリアは嫌そうに顔をしかめ、大きく仰け反り、
「だーかーらッ! 近寄るんじゃねー! 触んなキモイキモイ! キ・モ・イッ!!」
そう言ってオレの顔を右手でグイっと遠ざけ、アメリアは言葉を続ける。
「さっきも言ったけどな! そもそもおめーが最初に余計なこと言ったからあんなことになった……ってうわあ手に額の脂が……」
そう言って手に付いたオレの顔の皮脂を、自身の服の裾で拭う。
そのれは、なんか少し……傷つくなあ。
「あのな? オレがあの時したのはあの”魔物”の特性の話だからな? ただの知識。そう、ただの知識だ。実行しろなんて一言も言ってないだろ?」
苛立ちを抑えながらオレは言い返す。
そうだ! オレがあの時話したのは、ただの魔物の特性。いわばウンチクなんだよ!
オレは自分にそう言い聞かせる。
「ああ? あのタイミングであんな話するってことはやれって事だろ? 大体お前も含めて誰も止めなかったじゃねーか?」
それは……いやいや! そうしゃじないそうじゃない!
まずい、なんか押されている気がする。
「ば、馬鹿かお前! ちょっと燃やす位なら問題ないんだよ! あんな盛大にやったら、どの道消し炭だろ馬鹿が!」
そう言うオレにアメリアはほくそ笑み、
「ほらほらほーら! ってことはやれってとこはそうだったんじゃん? なあ聞いたよなピチカ?」
そういって先ほどからテーブルの反対側でニコニコとこちらの様子を眺めている”神官”の少女に話を投げる。
そして突然話を振られた彼女は、
「そうですわねっ!」
その人形のようなあどけない笑顔を全く崩すことなく、そう言ってニコリと顔を傾ける。
それに合わせて、長い金髪がゆっくりと揺れた。
とても怒り辛い。
「おいおいそりゃないぜピチカっ! オレに言わせりゃただ黙って見てただけのお前だってオレらと同罪だぞ?」
「あっ! オレらって事は自分の非を認めたぞコイツ!」
もーーーー!
ああ言えばこう言うーーーー!
「あー違う違う!! そう言うことじゃなくてな? ピチカならあそこからでもなんとか出来たんじゃにゃいかってことが――」
「にゃいかだってぷぷぷっ! 噛んでやんのー!」
このクソガキャああああ!!
コイツときたら、人の気分を害することだけは本当に一級品だ。
その怒りの矛先をどこに向けていいか分からず、おれはキョロキョロと周囲を見渡す。
そして、この場にいる最後のパーティーメンバーである彼の所で、オレの視線は止まった。
その視線に気づいた彼は、
「ゆ……ゆらり……」
そう一言呟いて、そのガリガリに痩せたこけた、骸骨のような顔を背ける。
相変わらずその顔色は今にも死にそうな土色をしている。
「ユラリは……。いや、ユラリは悪くないか……悪い、何でもない」
オレは何とか吐き出したい衝動を抑える。
流石に全く罪のない彼に当たるわけにはいかない。
ああでもクソっ。
イライラしすぎて胃が痛くなってきた。
ふとオレは視線を感じ、再び周りを見る。
何人かの冒険者がオレたちを遠巻きに眺めていたが、オレが顔を上げたのを見ると素早く視線をそらし、ヒソヒソと何か小声で話をし始める。
魔法で会話を隠匿しているようで、彼らの話の内容までは伺うことが出来ない。
あいつら他人事だと思いやがって!!
――ガチャリ。
不意にカウンターの方から、ギルドの奥へと続く扉が開く音が聞こえた。
その場にいる全員の視線が一斉にそちらへ注ぐ。
「えっ……」
その扉から出て来た女性のギルド職員が一斉に自分に向く視線を見て表情を強張らせる。
そして、きょろきょろと辺りを見回すと顔を伏せて、いそいそとカウンターの自分の席へ向かった。
彼女が席に着くと、なんとも嫌な空気がギルド内に流れる。
冒険者たちのヒソヒソ話だけが時間の流れを感じさせた。
その中でアメリアはサンドイッチを平らげ、ぺろりと自分の指を舐めるとテーブルに置かれたマグを手に取り、グイっとそれを煽る。
オレはこいつの能天気な性格がうらやましいよ。
そして、アメリアはふぅと息をついてマグをテーブルに置くと、ゆっくりと立ち上がり、どこかへ歩いて行こうとする。
「お、おい。どこ行くつもりだ?」
オレはイラついた気分そのままの口調でアメリアを呼び止める。
「あ? あたしがどこへ行こうとあたしの勝手だろ?」
向こうも若干喧嘩腰に見える。
「逃げるつもりか?」
オレがニヤけてそう言うと、アメリアはやれやれというジェスチャーの後、つかつかとオレに近づいてくると、先ほどオレがアメリアにしたようにオレの鼻先に指を突き付けて、
「一番だよ一番! おしっこ!!」
そう大声で言って、彼女が踵を返そうとした時だった。
ガチャリ。
再び奥の扉が開かれる音が聞こえた。