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第103話 カレーなる民族④

「しかし、なんとかなるもんだな。俺も王都にいるときはいろんな料理を頑張って再現しようとしてたんだけど、香辛料がマジでネックなんだよな……」


 片づけをしながら、おれはふとそんな事を口にする。


 地球でも古来から香辛料は素材の保存目的で珍重されており、事実かは知らないが胡椒が金と同等の価値で取引されていたと聞いた事がある。

 この異世界でも魔法による保冷技術こそあるものの、現代の冷蔵庫の様に万能な物ではなく、庶民の間では未だにその役目の大部分を香辛料が担っているのだ。


「もし世界が平和に成ったら、オイラは香辛料の研究をしようと思ってるんだ。そんで、この世界のどこにいても美味しいカレーを作れるようにしたい」


 アノンも言っていたが、今回のカレーを作るのにクリシュナはおそらくとんでもない額の金をこの一回の為に使った事だろう。

 流石の俺も恐ろしくてその金額を聞くことは出来なかった。


「だからさヤマト! オイラはお前らのパーティーに期待知れるんだぜ! オイラの夢を叶えるためにも、頑張ってくれよな!」


 本人にその気は無いのだとは思うが、俺の汚い心が、カレーを食ったんだから魔王を倒してくれと言われている様に捉えてしまう。


「おい、聞いたか? なんかグエンのやつが北の畑で痙攣して倒れてたらしいぜ? 今病院で治療受けてるらしいんだけど、もしかしたら魔族の仕業かもって……」


 ギルドの隅で、冒険者がそんな話をしている。


 人間の食への欲望というのは、やはり恐ろしいものがあるなと思いました。


 ………。


 そうやって俺が締めようとしていると、


「……ヤマトぉ」


「ん? 何?」


 アメリアが俺の服を引っ張って名前を呼ぶ。


「気持ち悪い……」


「…………」


 俺は大きなため息をついて、口元を押さえるアメリアに目を向ける。


「だから食い過ぎだって言っただろ……バターチキンの方も結構辛かったんだろ? 吐きそう?」


 そう聞くと、アメリアが頷いたので。


「じゃあトイレ行って来いよ。それくらい一人で行けるだ――」


「ゴポォ!!」


「うおああぁ!?」


 おれは咄嗟に自分の皿をアメリアの口にあてがう。


「待て! 耐えろ!」


 おれはアメリアを担ぐと、大急ぎでギルドのトイレに駆け込む。


 間一髪間に合ったアメリアの背中を見ながら、俺は再び大きなため息を吐く。


「お前何回目だよ……いい加減懲りてくれ……」


 せっかく作ってくれたカレーを本人の目の前でぶちまけられるのは、流石の俺も心が痛む。

 てか、なんで魔動車のときに報告しないのに、今日は俺に言って来たんだよ……。


 このまま見ているのもアレなので、俺はアメリアを残してトイレのドアを閉める。


「う……辛い物喰ったせいか、なんか腹の調子が……」


「俺も……なんか胃の調子も悪い気がする……」


 すると、そう呟いて冒険者が速足で空いているトイレへと駆けこんで行った。


「……いや、まさかな」


 俺は片づけの続きをするため元の場所へ戻ると、そこには見慣れない人物が立っていた。


「ありがとうございました。おかげでしばらくの間全員が町に滞在できるだけの資金が稼げました」


 あれは確か、今朝香辛料を売っていた商隊のボスだったはずだ。


「おお、それは良かった。オイラの方もしっかり色を付けてもらって助かったぜ!」


 どうやら彼は、香辛料を大量購入したクリシュナにお礼を言いに来たようだった。


 その商人の周りに、どこからともなく人が集まって輪が出来つつあった。


「しかし旦那? あんなに大量の”ホースシード”を買って、旦那は馬主なんですか?」


 そうクリシュナに尋ねる商隊の主人だが、俺はこの時、なぜか分からないがすごく嫌な予感がした。


「え? あれは香辛料じゃないのか?」


 クリシュナが驚いて、主人にそう聞き返す。


「ウチの大本は薬屋ですからね。あれは南国で馬の体内にたまったガスを抜くために使われる物です。最近は聖王国でも広まって来たと聞いたのでご存じのものだと……あれ? では旦那はなぜあれを大量に……」


 そう言って眉を潜める商隊の主人だが、クリシュナの言葉を思い出したのか、はっとして顔を上げる。


「あれは確かに独特の風味があって、香辛料に使えるかもしれませんが、あんまり多くは取らない方がいいと思いますよ? 言ってしまえば、馬用の下剤ですから……」


 それを聞いた瞬間、目を見開いてこちらを見たクリシュナと俺の目が合う。


 そして、周囲の冒険者たちも商人の顔を見てフリーズしていた。


「えええええええ!? 何だってぇええええええ!?」


「嘘でしょ!? ウチ、おかわりしちゃったんだけど!?」


 それまで幸せムードだったギルド内が一変。


 そこかしこで絶望の悲鳴が上がり始めた。


「え? あれ? そう言えば気になってたんですが、この臭いってまさか……」


 その主人の目が、キョロキョロと泳ぐ。


「ぐ……それを聞いたら急にお腹が……」


「ちょっといつまで入ってるのよ! 早く替わりなさい!」


 ギルドにあるトイレは四つ。


 そしてギルド内の冒険者は三十人以上。


「……」


 マリオが無言の猛ダッシュでギルドの裏手へと引っ込んでいく。


「ああっ! マスターずるいですよ!」


 そういえば、裏にはマスターや来賓専用のトイレがあるんだったか。


「天にまします我らが神よ! この蝕まれし我が身に健やかなる安息を与え給え! 『”|健勝の奇跡《デプーラティオ=コルポラリス》”』!!」


 ピチカの声が聞こえ、ギルドの一角が神々しい光で満たされる。


「ああっ!! あの聖女自分のためだけに神聖魔法使いやがったぞ!?」


「もう無理ぃいー!!」


 限界を迎えた冒険者や職員達が、次々に外へと飛び出していく。


 彼らがどこへ向かったかは、あまり考えないでおこう。


「お前は妙に余裕だが、大丈夫なのか?」


 クリシュナが不安げな表情で俺に尋ねて来る。


「まず体に異変があるまで待って、どういう症状があるか、どんな物質が影響をしているかを特定するんだよ」


「な、なるほど……」


「まず今回の場合は最初に軽い吐き気があった。それから直ぐに激しい腹痛。食べてから四半刻でこれは、かなり即効性がある」


 そう言っている間にも、腹痛はどんどん激しさを増す。


 なるほど、アメリアは吐き気と腹痛が同時に来て、不安を感じたからわざわざ俺に報告をしてきたわけか。


「で、結果どうなんだ?」


 額に脂汗を浮かべながら、クリシュナが再び俺に尋ねる。


「……これは変に対処しようとせず、出した方がいいわ」


「え?」


 そう言った俺の顔をクリシュナはポカーンと見る。


「じゃ! また後で会おう!」


 俺はそう言い残して、一目散に扉から外に飛び出した。


「え? え? ええええええええ!?」


 俺は適当な茂みに狙いを定め、真っ直ぐ突っ込んでいく。


「!? きゃああああ!! ヤマトさん!? もっと遠く行って下さいよ!! えっちー!!」


 この日からしばらくの間、ギルド周辺がウンコ臭いと市民たちの間で噂になったのだった。

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