第101話 カレーなる民族②
「”クリシュナ”か。どうしたんだ? いつにもましてテンションが高いじゃないか」
小躍りどころか華麗なステップで踊り狂う男に、おれは若干冷ややかな目をしながらそう問いかけた。
「そりゃそうさ! 遂にオイラが探してたスパイスが手に入ったんだ! 踊らずにはいられないぜっ!!」
今朝の市場で、誰よりもその香辛料を食い入るように見つめていた男。
それがインドからの転生者、クリシュナである。
「テンションたけー。普段のベイエルよりテンションたけー」
アメリアもその様子を見て、俺と同様に冷笑気味である。
「そんな事より! ピチカさんを何とかしてくださいよ!!」
キツツキのようにカウンターへとバァチクソに頭を叩きつけるピチカを全く引きはがせずにいるアノンが、顔を真っ赤にしながらこちらに助けを求めて来る。
「わたくしは死ぬんですわー!! わたくしは死ぬんですわー!!」
「いいじゃん死なせてやれよ。おしっこ見られたくらいで死ぬなんて安い命だなー」
それを聞いたピチカが、ガバっと顔を上げて大きく仰け反ったと思うと、その勢いのまま頭突きをするようにアメリアにゼロ距離でメンチを切る。
「他人事のようにあなたはおっしゃいますけどねー!! わたくしは聖女であって女性のお手本として皆様に見られるんですのー!! あなたとは違うんですのー!!」
額からボタボタと床に血を落としながら、物凄い形相でアメリアを睨みつける。
「お……おう。お前何も考えてないのかと思ったけど意外と他人の目を気にしてるのな……」
アメリアがドン引きしながら、こちらも大きく後ろへ仰け反っていく。
「ではー! 謝罪の意味も込めてちゅーして下さいですのー!」
「何でそうなるんだよ! 血が付くだろ汚ねぇ!」
百合百合騒がしい二人だが、そんなの目に入らない様子のクリシュナが、俺の目の前にいくつかの布袋を並べ始める。
「クミン! カルダモン! ターメリック! シナモン! クローブ! ナツメグ!」
彼は一つ一つ大声で呼称しながら、狂ったようなテンションでそれらを陳列する。
「そしてー!! この前友人が栽培に成功したコリアンダーと秘蔵のリチペッパー、マスタードを加えると! 夢にまで見た故郷の味、お前らの言う所のカレーが作れるって事よ!!」
そう言ってクリシュナは、大手を広げて高らかと天を仰ぐ。
「おい! ウンコの話してることろにカレーの話持ってくるな!」
アメリアがピチカを引き離しながら、日本ではお決まりのセリフを口にする。
「このコリアンダーとクミンが本当に無くてな、今回やっとクミンが調達できたことで、ついに最後のパーツが揃ったわけだ! インド料理はこれが無いと始まらねぇぜ!!」
そんなのお構いなしに、早口でまくしたてるクリシュナ。
「おい! 今コリアンダーって言ったか!?」
そして今度は思わぬ所から声が上がった。
「おう”グエン”! コリアンダーだぞコリアンダー!」
それを聞いて、ギルドの掲示板前からドタドタとすごい勢いでこちらに走って来るグエン。
「何だと!? それをどこで手に入れた!? あと俺の名前は”ナム”な!!」
「お、おう……。北門近くの農園で、友人が最近栽培に成功したんだよ……」
今度はクリシュナがゼロ距離まで詰められて、流石の彼も戸惑ったようにそう口にする。
「なるほど! 北門だな! 分かった!!」
そう手短に言って、またすごい速さでギルドを飛び出していく。
「な、何だったんだ一体……」
少し冷静になった様子のクリシュナが、グエンが出て行った出口を見ながら呟く。
「あれじゃないか? コリアンダーってパクチーとも言うだろ? あいつベトナム人だし、それが欲しかったんじゃないのか?」
オリーが腕を組みながらそう言うと、
「ああそう言う事か。やっぱりみんな、故郷の味に飢えてるんだな……」
「まあ俺も丁度醤油の話をしてたし、スパイス屋のせいでなんかおかしなことになってるよな」
「ちなみに、パクチーというのはタイでの呼び名で、ベトナムではザウムイと呼ばれるんだぞ!」
故郷の味に思いをはせていると、またオリーのうんちく話が始まろうとしていたので、俺は改めてその並べられたスパイスたちを眺める。
「しかし、これ大丈夫なのか? 確かに香りは一緒なのかもしれないが、こっちでは物によって毒物だったりするんだろ?」
そう、当たり前の事だが、俺達のいた世界とこの世界では人種が異なる様に植生も異なるのだ。
この世界で前世と似た植物を見つけたとしても、それはただ似ているだけで全くの別物だったりする。
「そこは大丈夫だ! ちゃんと商人に食べても問題ない事を聞いて来たからな。ちなみにこのクミンっぽい何かは、南の国で整腸剤として使われているものだそうだ」
さっきまでしていた話から、整腸剤と聞いて何かちょっと嫌な予感がしたが、おれはとりあえずその並んでいる香辛料達にスキャンを施してみる。
「……まあ、確かに俺のライブラリーの中の致死性の毒には引っかからないみたいだが、でもやっぱ少し怪しいのがあるぞ?」
その言葉を聞いて、何かを思い出したようにハッとなるクリシュナ。
「やっべ! このコリアンダーシード自体は弱毒で熱でほとんど分解されるらしいんだが、葉っぱには強毒があるって言ってたわ!」
「「な、何だってーー!?」」
その場にいる全員が、ギャグマンガのように大げさに驚いた。
「それって流石にマズいんじゃねーの?」
アメリアがスパイスの匂いを嗅ぎながら言うと、クリシュナがポリポリと頭を掻く。
「まあ、その……」
そう言って、一瞬考えるようなそぶりを見せるクリシュナ。
そして、ふうと軽く息を吐き、
「ま、大丈夫だろ!」
彼が明るくそう言うと、周りの皆もうんうんと笑顔で頷いた。




