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第100話 カレーなる民族①

「醤油が飲みたい……」


 突然そんな言葉が自分の口から出て、自分が自分で自分を驚いてしまう。


「どうした? 遂に狂ったか?」


 俺の隣で、練習問題を解いていると見せかけて落書きをしているアメリアが、可哀そうな物を見る目をこちらに向けて来る。


「醤油かー。聖王国北部は豆の産出はそれなりにあるから、頑張れば作れそうなものだがな」


 オリーがいつものアホ面をしながら、大きなマグを片手にそんな事を言う。


「あー、聖王都をバタバタ出て来てたせいで、持ってくるのを忘れたのが悔やまれる……」


 聖王都近郊には日本人街があり、そこで少量ながら和食用の調味料が作られている。

 当然高価ではあるが、俺にはそれだけの価値があるのだ。


「味噌汁が飲みたいなら分かるけど醤油が飲みたいは何かキメてるだろ」


「おい馬鹿! 味噌の話を今するな! 昨日の事を思い出しちまう!」


 アメリアが何気なく言った事に、オリーが過剰に反応する。


「あ? 何でカナダ人が味噌でウンコを連想するんだよ?」


「ああもうそれを口にするな! うちの母親が健康志向で、よく飲んでたんだよ! 子どもの頃のオレはアレを――」


 それに対してアメリアが「へーウンコを飲んでたんだー」とか言って茶化しているが、俺はそれよりも己の底から湧き上がって来る和食熱に抗うことが出来ず、悶々とした気分で今日を過ごしていた。


「そういえば知ってるか? 大豆を英語で”ソイ”って言うだろ? あれ、醤油が語源なんだぞ?」


 ふと何かを思い出してまた何かを語り出しそうなオリーに、アメリアが嫌そうな顔をして。


「うわ出たいつもの知ったかぶり。そんな訳ねーだろアホか!」


 一蹴されたことに気分を害したオリーが、


「知ったかぶりじゃねぇよ! 本当だ! なあヤマト? お前なら知ってるだろ?」


 やはりこちらも巻き込んできた。


「そんなの聞いた事ねーよ。それより今醤油の名を出さないでくれ」


「はあああ? 自分から言って置いて、そりゃ無いだろ!」


 そんな事を言いながらわちゃわちゃやっているが、ふと何かを思いついたようにオリーがポンと膝を打った。


「そう言えば今日、香辛料の商人が来てたな」


 何かと思えば、そんな事か……。


「はあ……だから俺がこうなってるんだろ。それぐらい察しろよ、だから女にモテないんだぞ?」


 そうだ。


 今朝方、通行止めを食らって流れて来た香辛料の商隊が、この町で小売りをしていると聞いて顔を出したのだが、俺はそこで狂喜乱舞する転生者たちを見て羨ましくなってしまい、その事が先ほどの醤油発言に繋がったのである。


「そんなの分かるか!! あと、女にモテないのは関係ないだろ!!」


 昨日の反動からなのか、今日はやたらと声のデカいオリーに普段以上のウザさを感じる。


「うん! しかしまあ、帝国と比べて聖王国の料理事情が終わってるのは否定せんが、オレ達はまだそれなりに食えてる分、むしろ感謝せにゃならんぞ!」


「お前それ世界の恵まれない子がーとか言い出すんじゃないだろうな? あたしなんか今その恵まれない子になりかけてんだから黙ってろよ」


「お前は働かねえからだろ! 働かざる者、食うべからずだ!」


 ああもーうるせー……。


 俺は言い争っている彼らを置いて体を百八十度回転させると、背中合わせでそこに座っているピチカの方を向く。


 彼女はついこの前の俺のように机に突っ伏しており、珍しく元気がないように見える。


「ぴーちかちゃん!」


 俺はそう口にして、ピチカに抱き着く。


 しかし、彼女の反応は無い。


「どうしたのぉ? ピチカちゅわーん? 何で元気が無いのぉ?」


 そう言って、ゆさゆさと彼女の体を揺する。


「お前さ……困ったらピチカに抱き着くのマジでやめろよ? 自分の年齢分かってんの?」


 横からアメリアが何か言ってくるが、無視無視の無視である。


「……お嫁にいけないですー…………」


 ピチカの頭の辺りから、そんな細い声が聞こえて来た。


「はあ? まさか人前でゲロ吐いた事にショック受けてんの? そんなの今更だろ?」


 アメリアがそんなピチカをみて呆れ気味に言う。


 その話に当然のように当然のように顔を突っ込んできたオリーが


「ピチカお前、それ”屋敷破壊事件”の時も言ってたぞ? そういやあの時お前も脱糞したとか聞いたイタイイタイ! 椅子の角で殴らないで!!」


「それを誰から聞いたんですのーー!! 真っ先に一人だけ逃げたクソ虫がああーー!!」


 木の丸椅子で、ピチカにゴリゴリ殴られる。

 その横で、アメリアが大爆笑している。


「ぎゃはははははは!! 脱糞して街中で放尿する聖女って!!」


「デカい声で言うなですわあーー!! …………ん? アメリアさん今何ておっしゃいましたか?」


 ピチカがピタリと動きを止め、ゆっくりとアメリアの方を見る。


「んえ? 脱糞して街中で放尿?」


「……街中で放尿? なんですのそれは?」


「え? してたじゃんこの前。酔っぱらってさ?」


「え?」


「……え?」


 ピチカの首がグリンッと動いて、俺の方を見る。


「その時拭いてあげたの、俺な?」


 ピチカの顔が、見る見る青ざめていく。


「……嘘」


 そう呟いて、ピチカはよろよろとカウンターの方へ歩いて行く。


 何をするつもりなのか、そこにいたギルド職員のアノンが、怪訝そうな眼を彼女に向ける。


「ど……どうされました?」


 ガンッ!!


「ひぃっ!?」


 ピチカがギルドのカウンターに、思い切り自分の額を打ち付ける。


 ガンッ!!


 ガンッ!!


 ガンッ!!


 ガンッ!!


「ちょちょちょちょ!! ピチカさん何やってるんですか!?」


 慌てたアノンがカウンターを飛び出してきて、ピチカをカウンターから引きはがそうとしている」


「死ぬんですわー!! わたくしは死ぬんですわー!!」


「ぎゃはははははは!! 面白い!! ピチカお前最近めっちゃ面白いわー!!」


 それを指差して、また大笑いしているアメリア。


「おおいヤマト!? これ流石にヤバいだろ!! なあ止めなくていいのかってヤマト!!」


 一応聖女であるピチカに手をかけてもいいのか分からず、オロオロしているオリー。


 おれはその三景を、微笑ましく思って眺めて――。


「うひょぉーー!! なあ見てくれヤマトぉーー!!」


 そこに、小躍りしながらギルドに飛び込んで来る、一人の男の姿があった。

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