第97話 特別に解放してやる
グシャッ!
ゴシャッ!
「ぐぴぃっ! ごぴぃっ!」
ドゴッ!
ボゴッ!
「うぴぃっ! ぶぴぃっ!」
聖女にマウントポジションを取られた女魔族が、顔面をボコボコに殴られ続けていた。
その魔族は既に狂化は溶けてしまっており、その顔は元が分からないほど変形してしまっている。
「じゅうにーしんこくーたたかーえますのー! ぼうけんしゃー!」
「も、もうひゃめ……もうやめぴぃっ!」
それを見る結界内の他の魔族達も、結界で魔力を抑制されている事もあってか既に反撃する気力は残っていないようで、黙ってその様子を薄目で見つめている。
「うーん……至爵とおっしゃるので、もっと肉体的にも丈夫なのかと思ってたんですのにー。ほとんど他の魔族と変わりませんわー」
そう呟きながら、淡々と魔族を殴り続けるピチカ。
「殺して……もういっそ殺して……」
「何言ってるんですかぁ! 立てぇ! 立つんです魔族ぅ!!」
魔族がそう漏らすのを聞いて、ダンダンと地団太を踏みながら、叫ぶデッサーテ。
「さんどー! ばあぐにー! うーかんでー! きええるー!」
しかし、その応援も空しく、魔族は短い悲鳴を上げるだけで、抵抗しようとする気配すらない。
というか、さっきからピチカが妙な事を口にしてるが、教えたの誰だよ……。
「ふぅ……そろそろ、ただ殴るのには飽きてきましたのー」
そう言って、ようやく殴るのを止めたピチカが、ゆっくりと顔を上げて額の汗をぬぐう。
気のせいかもしれないが、それを聞いたその魔族の顔が、少しだけ明るくなったように見えた。
「デッサもういいだろ。そろそろこの結界を解いてくれないか?」
ヤマトがデッサーテにそう促すが、デッサーテはほっぺたを膨らませるばかりで言う事を聞く気は無い様子である。
「まだですのー! まだまだやることがありますのー!」
その代わりに、それを聞いたピチカが駄々をこねるようにそんな事を言いだす。
これが二人とも聖女なのかと思うと、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
「あのー……我々はこの辺でおいとまさせて貰いたいのだが……」
結界に捕らわれることを免れた魔族が、伺いを立てるように恐る恐るこちらに飛んで来る。
「逆に聞くが、それが許されると思うか?」
ヤマトにそう返されて、魔族は何か言い返そうとしたように見えたが、少し考えて観念したように、
「……ですよねー」
滅多に聞かない丁寧語で、魔族が頷いた。
「いや待てよ? もしお前がこのまま逃げ帰ったとしたら、魔界ではどういう処遇になるんだ?」
その魔族に対して、何か思いついたようにヤマトがそんな質問をする。
「ええと、我等はアントシア様直属では無く、元は妹様達の配下だった者なので、特に咎められる事も無くまた別の上司の下に付く事に成るんじゃないですかね?」
語尾に「知らんけど」と付きそうな言い方だが、頬を掻きながらそう口にする魔族達を眺めて、少し何かを考えたヤマトは、
「よし、お前だけは特別に解放してやる。ありがたく思えよ?」
!?
「えっ! マジっすか!?」
まさかそんな事言われると思って居なかったのか、魔族が喜びと困惑の混じった声色で聞き返す。
「ヤマト君。そんな事勝手に決められたら困るよ……」
今まで黙って成り行きを見ていたギルドマスターも、ここで流石に口を挟んだ。
「いや、ただ帰すだけじゃない。こいつには、今回ここで有ったことを魔界で報告してもらう。そんで、帝国と組むことはデメリットにしかならんし、俺を殺す事なんてその辺の雑魚が束になっても無理だって事を知らしめてもらうんだよ」
そう話すヤマトに対し、うんうんと作り笑いを浮かべて頷きながら、それを聞く魔族達。
「そんな事して、もしこの魔族がまた人を襲ったらどうする気よ? あんた責任とれるの? それに、この魔族が嘘をつかないなんて保障ないでしょ?」
モンティーヌが顔をしかめながらそう言うと、ヤマトはため息をつきながらモンティーヌをバカにしたような目を向ける。
「フッ、俺がそんな事考えてないはずないだろ」
鼻で笑われたモンティーヌが、とてもムッとした表情をして、小さく舌打ちをする。
「おいお前。そうお前だ。ちょっとこっち来い」
ヤマトに言われ、素直に降りて来る、代表者らしき一体の魔族。
「ええと……なんでしょうびびびびびびびびびびびびびび!!」
おもむろにヤマトに首根っこを掴まれた魔族が、感電したように体を硬直させて痙攣する。
その様子を、残りの魔族が戦々恐々としながら眺めている。
「よし、こいつには嘘を吐くと死んじゃう呪いをかけた。これでこいつは嘘の報告は出来なくなったぞ」
そう言いながらヤマトが手を離すと、その魔族はその場に崩れ落ちて、なおも痙攣を続けている。
「え……俺達もあれを受けなきゃダメなの?」
それを見ていた上空の魔族達が、騒めき始める。
「ん? 何勘違いしてるんだ?」
ヤマトがそれを見上げて首を傾げる。
「……え? どういうことですか?」
虚を突かれたような顔をする魔族達。
「俺はコイツだけ解放してやるって言ったんだ。お前らは全員ここで死んでもらうよ?」
「はえ?」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ヤマトがそれらと目を合わせた瞬間、そこにいた魔族の全てが、同時に音を立てて燃え上がった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
青白い炎に包まれたそれは、悲鳴を上げる暇もなく燃え尽きると、パラパラと灰になって、風と共に消えていった。
「うっは! それうちの師匠の技じゃん!」
アメリアが楽しそうな声を上げる。
そして、回収できるように、ちゃっかり角だけは燃えないような細工まで施している。
「ひいぃいいいいいいい!!」
ジョロロロロロロロ……。
先ほどまで痙攣していた魔族が、それを見て激しく失禁する。
「ほら、俺の気の変わらないうちに、とっとと失せな」
「うひゃあああぁああ!!」
その魔族は奇声を上げながら、ヨロヨロと文字通り飛び上がる。
「聞いてたよな? ちゃんと俺の言った通り報告するんだぞ? ついでに今後こっちで見つけた魔族は、協定違反として問答無用で消し炭にするってのも伝えとけ」
その声を背中に受け、魔族は滅茶苦茶な軌道を描いて、キラキラと尿のしずくをまき散らしながら空の彼方へ消えていった。




