孤独な少女
定時になったとアリエラが帰った後、マリカは眠れず夜遅くまで起きていた。
リビングの窓から真っ暗闇の景色を眺めながらぼんやりしていた。今日は曇っていて星が見えない、試しに窓をあけてみようとしたがピッタリと枠にくっついて動かすことができなかった。
(魔術師さんがいないと窓もあけることができないの…)
曇り空は何の慰めにもならず、より一層孤独に感じられた。せめて星空が見えてたら気が紛れたかもしれない。
マリカはため息をついてカーテンにくるまった。アリエラの表情や言葉が頭から離れない。
(わたし、この世界で一体何をさせられるんだろう)
マリカは今まで凄く平凡に生きてきた。特に取り柄もなく容姿も人並みで群衆に紛れてしまう人間の一人だったが、性格は前向きで明るかった。でもそれは異世界に来るまでの話で、マリカはこの短期間で性格がずいぶんと暗くなった気がする。
「眠れませんか?」
急に話しかけられてマリカは驚いてビクッとしたら、頭上から落ち着いた声で小さく謝罪が降ってきた。マリカはその声で相手が誰だか気づく。
「メガネさんでしたか、帰ってくるの早くないですか?明日になると思いました」
「代理補佐に粗相がなかったか様子を見にきました」
「アリエラさんならもう帰っちゃいましたよ」
マリカはカーテンの中から顔を向けずに返事をした。メガネさん相手だと無駄な抵抗かもしれないが、今の少しだけ落ち込んだ精神状態を見られたくない。
「あの者は…まだ日が浅いのです」
メガネさんが珍しく言い淀む。
「何もありませんでしたよ。特に支障もなかったですし逆に色々教えてくれましたし…」
「聖女様の補佐は余分な話をするべきではないのです」
メガネさんは窓をあけて部屋の空気を入れ替えてくれた。もしかしたら先程マリカが窓を開けようとしたところを見られていたのかもしれない。
「この世界に不慣れな女性が馴染むまでお支えするのが仕事です」
メガネさんはそのまま何も無い空を見上げている。いつもならすぐマリカに視線を向けるのに今は意図的に見ないようにしてくれているみたいだ。
「わたし、この世界に馴染みたくないんです」
「存じ上げております」
「元の世界に戻りたいですし聖女にはなりたくないんです」
「…存じ上げております」
「でも今日アリエラさんと話して、無理なんじゃないかなって思ってしまったんです。ここにきて1ヶ月くらい経ちますけどわたし何の解決策も見つけられませんし、次はどうすればいいかも思いつかなくて、それで少し考え込んじゃってました」
「……」
「なんか愚痴ちゃってすみません。メガネさんは教会所属なのにこんな話されても困りますよね。わたしどうかしてました!」
マリカは努めて明るく声をだしてみた。なんだかわざとらしい話し方になってしまったかもしれない。
「自分は教会所属ではありますが聖女様の補佐です、聖女様をお支えするのが仕事です」
最初の頃は困惑したメガネさんのこの言葉も今はマリカの心に暖かく寄り添ったものに感じられ、自分はずっと寂しかったのだと気付かされた。
マリカはカーテンから少しだけ顔を出す。
「メガネさん、聖女の仕事は無理ですし帰りたい気持ちは変わりません。だけど、この世界のこと少しだけ知ろうとしてもいいでしょうか?」
マリカは今までこの世界に関わることを意識的に避けてきた。気持ちが変化したのはメガネさんの真面目な優しさなのかもしれない。
「勿論です、聖女様」
メガネさんはマリカの勇気に少しだけ口元を緩めた。