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第一章「これまでは平凡な日常だった」その7

スライスラビットとインプ達を何とか撃退するも、また新たな強敵がフォルス達の前に立ちはだかる――。

 小屋の前に辿り着くと、戦いの痕跡がありありと残されていた。

 折れた槍が足元に転がり、飛び散った血の先には欠けた歯が転がっている。

 何よりも異様なのが、苦悶の表情で倒れているインプ共の姿だろうか。

 どいつもこいつも口から白い泡を吐き息も絶え絶えといった様子だ。

 辛うじて生きているのだが、その目には生気が感じられなかった。

 例えるならばこの世の地獄を見てきた帰りといったところだろうか。

 いや、生還出来た喜びを少しも感じられないので、今も夢の中で地獄を彷徨っているに違いない。


「ジャックルの仕業だな」


 あいつの様々な臭いを口から吐き出すオマアビならば、外傷を与えずとも苦しめることは容易だろう。

 魔物の中には人間以上に嗅覚が発達しているものもいるため、それこそ絶大な苦しみを一瞬にして与えられるだろう。


「それにしても――」


 二人が近くにいないということは、小屋の中にいるのだろうか。

 小屋を見てみると、入り口の扉が開けられていた。

 少し進んでみると、ブーツのつま先が何かに当たる。

 屈んでみると、ドアの蝶番が床に転がっていた。


「そうか」


 つまり二人は体当たりで強引に扉をぶち破ったのだろう。


「マーカド! ジャックル! 無事か!?」


 声を掛けてみると、大きな二つの影が小屋の中からぬっと現れる。


「はい! ちょうど今アンヌちゃんを助けたところですぜ!」


 マーカドがやり遂げたといった顔で報告してくる。

 戦った際に怪我をしたのだろうか、肩に刺し傷のような物が見られるが、特段それ以外に外傷はないようだ。


「御覧の通り、アンヌちゃんは無事ですぜ!」


 マーカドを見てみると、その背中に女の子を担いでいるのが見える。

 安堵のため息を零そうとしたが、アンヌは力なくぐったりとしていた。


「おい、本当にアンヌは無事なのか?」

「いや、気を失っているだけっす」


 アンヌが先程悲鳴を上げていたところからも、精神的に参っていたのだろう。

 同情の眼差しをアンヌへと送っていると、マーカドが耳打ちしてくる。


「兄貴。ジャックルの奴が、その」

「その?」


 マーカドがポツリポツリと語り出す。

 その話口調からするに、マーカド自身のせいではないが、食い止められなかった非を詫びているといったところか。


「泣き喚くアンヌちゃんに対して、とびっきりの笑顔を見せやがったんです」

「え? あ、ああ……」


 一体、何のことかと頭の中で整理してみた所、ようやく理解できた。

 怖がっている子供が間近でジャックルの笑顔を見てしまったのだ。

 気絶するというのはごくごく自然な反応で、心臓麻痺を起こさなくてよかったといったところか。

 いや、しばらくは夢で悪魔も嘲笑う男の笑顔が出てくると思うと気の毒でならなかった。


「さてプラノと合流してから、こんな危険な場所からおさらばするぞ」

「了解っす!」


 ジャックル達を伴い、プラノの元へと向かう。

 その間、ざっくりとだが二人にインプ共がスライスラビットを飼い慣らしていることを伝えておく。


「えええ!? あのスライスラビットをですかい!?」

「賞金稼ぎのトラウマですぜ!?」


 驚いている二人を見ていると、やはりその知名度は魔物の中でも高いようだ。

 たかがウサギと思って侮ったせいでやられるケースが多いのだろうか。

 スライスラビットにやられた者達が蘇生した後に淡々とウサギの恐ろしさを語るのだから、怪談のようにじわじわと広まっているのか。

 プラノの元へと戻って来ると、ガニエデの姿を見た二人は目玉が飛び出んばかりに驚いている。

 思った通りの反応に、プラノが満足げな笑みを浮かべていると――。


「ゆ、幽霊っすか!?」

「フォルスの兄貴! 亡霊ですぜ!」


 ……そうだよな。普通はこんな反応をするよな。


「ち、違うですの! これはセント・ガニエデ様ですの!」

「いや、知らないですぜ」


 マーカドのきっぱりとした言葉に反応してか、ガニエデはがくりと肩を落とす。

 熱心なサラナト教徒であったとしても、ガニエデの名前に聞き覚えはないだろうし、俺もプラノから教えてもらわなければわからなかったくらいだ。


「雑魚ザコ君共には、この方の偉大さがわからないのですの!」

「プラノ、落ち着け。な?」


 この様子は余程府たちに自慢したかったのだろう。

 俺もガキの頃、自分のオマアビに目覚めた時は、ひたすら周りに自慢していた時期があったものだ。

 流石に街中で銃を振り回す真似はしなかったが、周囲からはとんでもない悪童に見えていただろう。

 ショックで俯いているガニエデを横目に、俺はマーカド達に説明をする。


「プラノのオマアビは、聖人の遺体を味方に着ける事が出来るというものだ」

「せ、聖人っすか!?」

「ああ」


 聖人とはサラナト教において生前に成し遂げた偉業などを称えられ、教皇に列聖された教徒を指すものだ。

 聖人の中には一人で一万もの魔物の群れを殲滅した逸話を持つ者もおり、現在の勇者以上の力を持っていてもおかしくはないだろう。


「そうですの! ちなみに、ワタクシのオマアビの名前はグロリアス・オーダーですの!

「ぐ、グロテスク、ですかい?」

「グ・ロ・リ・ア・スですの!」


 プラノは目を吊り上げて怒声を発する。

 わざとではないのだろうが、いい加減にしないとガニエデがショックで崩れ落ちるかもしれない。


「ガニエデ様は生前、百年前に勇者様のお仲間の一人だったですの!」

「勇者の仲間だったっすか!?」


 プラノは鼻高々といった様子だ。

 あれだけ強かったら、勇者の左腕となっていてもおかしくない実力だ。

 だが、俺が独自に調べた限り、ガニエデは確かに素晴らしい実力を持っていた。

 しかし、極度の方向音痴だったせいで勇者とはぐれてしまい、結局魔王と戦えずに生涯を終えてしまったとのことだ。


「そんな偉人を味方に出来るんですかい!?」

「ふふん。ようやく、私のオマアビの凄さに――」


 プラノの小さな身体がふらりとよろめく。

 慌ててその身体を受け止める。


「プラノ、無理をするな」

「そうですの。ガニエデ様、この度はありがとうございましたですの」


 プラノが恭しく頭を下げると、ガニエデの持っていた剣が天から降りてきた光と共に去っていく。

 そして、ガニエデの身体がゆらりと崩れ出すと、また灰の姿となってプラノの持つ瓶の中へと戻っていった。


「へえ、瓶の中に収納しているっすか」

「聖人は死んだ後も力があるらしい。灰になっても助けてくれるということだ」

「灰になった後も仕事をさせられるのは嫌ですぜ」

「ガニエデ様は好意で助けて下さっているだけですの」


 プラノのグロリアス・オーダーは体力の消耗以外に欠点がないと思われるが、『聖人を味方に付ける事が出来る』という点が曲者だろうか。

 聖人を強引に支配している訳ではないので、プラノの利己的なお願いには手を貸してくれない場合もある。

 俺として不安なのは、聖人様を賞金稼ぎの仕事に付き合わせていいものなのだろうか……。


「さて、とっとと戻るか」

「歩いて帰るっすよね?」

「ああ」

「夜になる前に帰らないと大変ですぜ」

「そうだな」


 急げば日没前にアラゾールへ辿り着く。

 幸いにも林道を通って行けば迷うこともない。

 ここが複雑な森だったらならば、帰るのにも一苦労していただろう。


「プラノ、歩けるか?」

「大丈夫ですの」

「無理はするな。最後尾は俺が努めよう」

「では、俺が先陣を切らせて貰うっす」


 ジャックルが先頭を進む最中、後方からインプ共がやって来ないかどうかを確認する。

 何度も耳を澄ましても動く音は木々のざわめきだけだ。

 しかし、改めて見ても面白みのない林だ。

 樹木の種類が少なく、目を楽しませてくれる色とりどりの花々もない。

 おまけに魔物がうようよといるものだから、肝試しをやるにしても危険すぎる場所だ。


「兄貴、俺達に恐れを成して、インプは襲ってこないですぜ」

「隊長格のインプを倒した結果、連中の士気も下がったかもしれないが、油断は出来ない」

「兄貴は相変わらず真面目っす」

「そこがハニーのいい所ですの!」


 そう言いながらもプラノは俺の腕にしがみついてくる。

 まるで猫にじゃれつかれているような気分だ。


「俺が心配しているのは、インプ共が何かを企んでいるかもしれないということだ」

「いやいや、ビビりすぎですぜ?」

「スライスラビットを飼い慣らしていたくらいだ。他にも奥の手を用意していてもおかしくはない」

「そ、そうですの……」


 林を抜けるために来た道を戻る最中、突撃銃を構えながらも進んでいくが、特にアクシデントの起こる気配もない。

 あれだけカッコつけておいて何もなかったらそれはそれで恥ずかしいもんだ。

 やがて、あと十数歩ほどで林を抜けられる場所まで来た。

 

「無事に出口ですぜ」

「そ、そうだな」


 このまま林を抜けて、あとは依頼の報告をするだけだ。

 気が抜けたせいか、その場で大きく伸びをしていると――。


「ん、ここは……?」


 か細い声が聞こえてくる。

 どうやらアンヌが目を覚ましたようだ。


「おっ! アンヌちゃん。大丈夫ですぜ!」

「ひっ――!?」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 アンヌは悲鳴を上げ、余程混乱してからマーカドの背中で暴れ出してしまう。

 見知らぬ大男に担がれていると考えていると、誘拐される最中と誤解されても仕方ないかもしれない。

 仕方なくマーカドが背中から降ろすと、アンヌはプラノへと駆け寄る。


「シスターさん!」

「大丈夫ですの。この人達は味方ですのよ」


 よしよし、とプラノはアンヌの頭を優しく撫でている。

 手慣れているのは、教会の仕事で孤児の相手をしているからだろうか。


「し、失礼っすね」

「おい」


 肘で小突いて、ジャックルを黙らせる。

 半分はお前にも責任があるというのに。


「この人達は味方ですのよ」

「本当?」


 こういう危険な事態ならばシスターに縋りたくなるのは必然か。

 しかし、プラノがいてくれて本当によかった。

 男三人ならば、アンヌを上手く説得できたかどうか……。


「アンヌちゃん。ワタクシ達はあなたを助けに参ったですの」

「助けに?」


 プラノがアンヌに目線を合わせながらも、これまでの状況を説明する。

 最初は半泣きになっていたアンヌだが、徐々に落ち着きを取り戻し、その顔にも笑みが戻ったかと思いきや――。


「ねえ、あれ、何!?」

「あれって?」


 アンヌは血相を変えて、後方を指さす。

 その様子から何やらただならぬ者がいるのだろうか。

 恐る恐る背後を振り向くと、そこには木々が行儀よく立っているようにしか見えない。

 いや、よく見ると、それはそこにいた。


「あ、兄貴、あれは一体なんですかい?」

「少なくとも、俺の知り合いじゃないな」


 一瞬だけ見た感想はただただ大柄なインプだ。

 だが、よくよく見てみると、その異様さに驚かされる。

 まず、インプだというのに、その全長は俺の背丈の二倍かそれ以上はある。

 それだけでも不気味だというのに、身体の所々が木にできた虫こぶのように膨れ上がり、より醜悪さを引き立てていた。

 

「ば、化けも――!」


 ジャックルに黙るようにハンドサインを送ると、慌てて口を押える。

 確かに化け物という言葉がぴったりだが、俺達が動揺するとアンヌが怯えてしまう。

 プラノは右手でアンヌの目線を覆い、左手で優しく頭を撫でながらも、俺に向かってこう囁く。


「あれはスティマナの影響ですの」

「スティマナが?」

「そうですの。魔物の中にも魔法を唱えられる個体がいますけども、弱い魔物が強力な魔法を使おうとすると、あのようにスティマナに身体を浸食されますの」

「浸食だって?」


 人間ではそんな事例が起こったことは聞いたことが無く、そんな現象が起きた場合はとっくの昔に魔法の使用は全面禁止になっているだろう。

 しかし、徐々に近づいてくる化け物の両眼を見ていると、浸食という言葉に納得してしまう。

 奴の爛々と輝く目は橙色に染まり、生き物とは別種の狂気を孕んでいた。


「特にスティマナが豊富な場所で起こる現象ですの」

「それは知らなかったな。いや、スティマナ危険すぎるだろ」 

「そもそも、スティマナは人間にのみ授けられた恩恵という教えがあるくらいですもの」

「そうかい。今の俺達には恩恵を授けてくれないようだな」


 面倒な事になったものだ。

 恐らくはインプが俺達に復讐しようとして強力な魔法を試みたのやら。


「プラノ。歩けるか?」

「え?」

「ここは俺達が引き付ける。アンヌと一緒に逃げてくれ」

「でも……」

「頼む」


 プラノは自身の唇をキュッと結んでから、アンヌの手を握り締める。


「アンヌちゃん。慌てなくてもいいから、ゆっくりと歩くですの」

「う、うん……」


 逃げ出すプラノ達を見送ってから、眼前の化け物を改めて見据える。


 右腕は子供一人を丸々掴めるほどに膨らんでおり、同胞を血祭りに上げたのか、爪先には新鮮な血が滴っている。

 その反面、左腕は天日に置き去りにされた青菜のようにぐったりと萎れ、今にも千切れてしまいそうだった。

 胴体には見覚えのある土色の宝石の塊がびっしりと生え、それがまるで魚類の鱗のようで、下手な鎧よりも頑強だろう。


「兄貴、やるっすか?」

「やるしかないだろう」

「もう、やってやるぜ!」


 それぞれが得物を構え、化け物へと立ち向かう。

 安い稼ぎしか出来ない、世間からはろくでなしと評される俺達ではあるが、やる時は全力で立ち向かう。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、どうしてこうも心臓が熱く高鳴っているのだろうか――。


ご覧いただきありがとうございます。

また次回をお楽しみに。

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