第一章「これまでは平凡な日常だった」その6
果たしてアンヌはどこに――?
今回は主人公フォルスだけでなく、プラノも大いに頑張っております。
再び林道へと戻りアンヌを探すため周囲を見渡す。
枝打ちをされず、好き勝手に枝を伸ばしているサラナトゥスギの数も段々と増えてきている。
放棄された彼らは、何を思って空を仰いでいるのだろうか。
いずれにせよ、俺達は今魔物達の住処へと進んでいる。
罠が張り巡らされていることを警戒し、緊張感を保った状態で進んでいる最中、マーカドの声が聞こえる。
「しかし、弓が落ちていたってことは、アンヌの両親は狩猟に来たんですかい?」
「そうかもしれないっすね」
「狩猟って、こんな危険な場所ですのに?」
「魔物の毛皮や肉を密売しているという話も聞くっす」
「本当ですの!?」
「高値で売れるらしいっすよ」
貿易都市アラゾールには非合法の闇市が時折開かれるという噂を聞いたことがある。
そこでは売買を禁じられている品々が取引され、魔物の肉を売るにはうってつけの場所だろう。
楽をして儲けたいという気持ちはよくわかるが、安易な気持ちで魔物に手を出すのはあまりにも危険すぎる。
「仮に魔物を狩るにしても、アンヌちゃんを連れていく必要はないですぜ」
「魔物を甘く見ていたんだな」
「ピクニック気分でこんな危険な場所に来るのは止めて貰いたいっす」
「そうだな」
アラゾールで開かれる見世物小屋には、魔物を使ったショーが行われることもある。
珍しい魔物は子供に大人気であるが、魔物の中には人間の目を欺くために愛玩動物のような見た目を持つものがいるとも聞いたことがあるため、俺としえはいつ寝首を掻かれるかと思うと安易な気持ちで楽しむことはできない。
暫く歩いていると、木々の間に輝く橙色の水晶がいくつも落ちていることに気が付いた。
結晶は地面から生えているようにも見えてしまう。
子供ならば宝石の畑を見つけたといって大喜びするに違いないだろう。
しかし、これと似た物をどこかで見た覚えがあったが――。
「これは土のスティマナの結晶ですの」
「そうか。スティマナの結晶か」
「スティマナって、魔法を使う際に必要とする奴ですぜ」
「火、風、土、水、光、闇の六つに分かれているっすね」
言ってしまえばスティマナはそこら中にある物質で、目の前にある空気にも含まれている。
スティマナを体内に取り込み、それを媒体として魔法を唱える――。
昔に授業で聞いた内容を思い出すと同時に、苦手な座学の記憶が蘇ってしまう。
そして、土地によってはスティマナが豊富だとこのように結晶化することもあるそうだ。
「土のスティマナが結晶化している辺りは、樹木の生長が早いと聞くですの」
「それで、カンパルはこの辺りを買い占めて大儲けしたわけですかい!」
しかし、スティマナは無限に湧き出て来るというものでもないとの話だ。
長い歴史においても、水や土のスティマナの豊富な場所で農業が盛んに行われてきたが、突然スティマナが尽きることもままある。
それが大飢饉へと繋がり、やがてスティマナに恵まれた土地を巡った戦争へと発展することも珍しい話ではない。
「でも、スティマナが多いといいことだけでなく、悪いことも――」
プラノがそう説明しようとした時だった。
「あ、兄貴!? あれを!」
マーカドの示す方向を注視してみると、そこには――。
「あれは小屋か?」
林道からやや外れた場所に小屋がポツンと建っている。
丸太を使用したログハウスというものだろうか。
そのせいで人工物だというのに、自然の中へ上手く溶け込んでいる。
壁面には苔が生え、ツタが伸びており、おまけに屋根が倒壊しているせいか物好きな芸術家の造り上げたオブジェのように思えてしまう。
「入り口を見て貰いたいですぜ」
「入り口?」
小屋の入り口を見てみると、何やら小さな影が徒党を組んで蠢いている。
間違いなくインプ共なのだが、どうにも様子がおかしい。
「何をやっているんだ?」
どうやら、小屋の扉を開けようとしているらしい。
だが、入り口が物で塞がれているのか。
力を合わせて体当たりを試みたが、扉を大きく揺らしただけで終わってしまった。
しかし、その瞬間絹を裂いたような悲鳴が鳴り渡る。
「もしかしなくとも、アンヌちゃんの声ですぜ!」
「小屋の中か!」
「アンヌを人質にでもするつもりっすか?」
「きっとそうですの!」
突撃銃の威力を目にして、真っ向勝負を諦めたということだろうか。
インプ共の慌てている様子から、どういった経緯があったかは知らないが、アンヌに逃げられて小屋に立てこもられた、といったところだろうか。
「兄貴、急ぎましょうぜ!」
「そうだな。よし、強襲を仕掛けるぞ」
強引ではあるが、アンヌが奴らに捕まったらと考えると心底ゾッとする。
突撃銃を構えて先行しようとしたその時、背後から何かの走る音がした。
気に隠れながらもこちらへと近づいてきているのか。
インプだろうと思っていたが、音からするとかなり俊敏に近づいてくるのがわかる。
急いで背後を振り向くと、何かが素早く動いていた。
単なる小動物かと思ったが、辛うじてその正体が何なのかを察することが出来た。
しかし、動体視力を鍛える訓練がこんな所で役に立つとは。
「背後から敵が来ている」
「え、どんな奴っすか?」
「インプが動物に騎乗しているようだ」
「え!?」
「どんな動物かまではわからないが、並みのインプよりも危険だ。背面の敵は俺が――」
そう言おうとした瞬間、プラノがずいと前に出る。
「ハニー! 私にも任せて貰いたいですの!」
「いいのか?」
プラノが力強く頷く。
敵の機動力を加味すると、一気に距離を詰められる可能性もある。
接近戦になると流石に突撃銃を持っていたとしても危険だ。
「プラノ。頼んだぞ」
「はいですの!」
「二人はアンヌを保護してくれ!」
「了解ですぜ!」
マーカドとジャックルが小屋へと向かっていったのを確認してから、突撃銃を構え直す。
「おらおらーっ!」
二人の叫び声を背に受けていると、木の影からこちらを伺う目線に気が付いた。
そのぎらつくような殺意を感じ取り、思わずこう叫ぶ。
「来るぞ!」
俺の声に合わせるかのように、その敵は突風のごとき勢いでこちらへと飛び掛かって来る。
「くっ!」
突撃銃の引き金を引く前に、とっさに足が出た。
爪先は何とか獣の喉元に直撃し、背に乗っていたインプが地面へと叩き落とされる。
「ハニー! 大丈夫ですの!?」
「ああ。それにしても、この辺りのインプは恐ろしいものだ」
格闘術を習っておいたよかったと言うべきか。
のびている動物に目をやると、プラノが小さな悲鳴を上げた。
「これはスライスラビットですの!」
目を丸くしている辺り、プラノもこいつの恐ろしさを知っているのだろう。
普段から魔物と接触する機会のない町人ですら、その噂は広まっている。
一見すると、大人の背丈の半分ほどもある巨大なウサギだ。
だが、恐るべきその前歯であり、鉄板すらもスライスしてしまう凶器となっている。
「まったく、とんでもないことを思いつくもんだ。っと、敵の援軍が来たか」
またも木と木の間を縫うように動く影が次々に現れる。
スライスラビットの俊敏性もまた脅威の一つだが、インプ共が巧みに指示を加えているせいでより厄介な存在と化している。
かつて王国で魔物を家畜化する案があったそうだが、生来の凶暴さのために断念したという話が嘘のように思えてしまう。
「こうなったら、久々にやりますの!」
「お、やるのか」
ガラス瓶の口を開けながらも、プラノはこう口にした。
「おいでませ! セント・ガニエデ様!」
すると、瓶の中から白砂のようなものが煙のごとくゆらゆらと立ち上がる。
その正体は遺灰であり、ほのかに焦げたような香りが漂ってくるのは俺の気のせいだろうか。
遺灰は意志を持っているかのように動き出し、やがて人の形を取り出した。
おぼろげではあるものの、鎧兜を身に纏った姿であることはしっかりと認識できる。
その身体は柔らかな光に包まれ、思わず会釈をしてしまいそうな存在感を放っていた。
「ガニエデ様! お願いしますの!」
プラノの声に応じるかのように、ガニエデが右手を高々と上げる。
その瞬間、天から一閃の光が落ちて来たかと思うと、いつの間にやらその手には金色の剣が握られていた。
柄に施された装飾や刀身には錆が一つも浮いておらず、素人目に見ても相当の業物であることが伺える。
「さて、おもてなしをしてやるかな」
しかし、その前に弾を装填しなければ。
――リロード。
心の中で小さく口にしたその瞬間、いつの間にやら手のひらの中に筒のような物が現れる。
弾倉と呼ばれる物で、この中に弾が込められている。
突撃銃やぐれねーどらんちゃーはかなり強力なのだが、弾を装填する際にはどうしても隙が生じてしまう。
弾が尽きた瞬間を敵に狙われたら一巻の終わりだ。
手早く弾倉を入れ替えてから、片膝立ちの状態で銃を構える。
狙いを定めながらも銃の反動を抑えるには適している構えだが、すぐさま移動できないのが玉に瑕か。
「やれやれ、容赦がないもんだ」
前方を見据えると、何騎もの敵が隊列を組んでいた。
頭には動物の頭蓋骨を被り、身体には木製の鎧を身に着けている。
それぞれが槍を手にしているだけでなく、一丁前に鞍と鐙まで拵えている辺り、人間から学んでいるのだろう。
その中心にいるのは、一際大きな槍を手にしたインプだ。
一回り大きなウサギに跨り、煮詰めた革製の鎧を身に着けていた。
隊長格が短く叫ぶと、それを合図にこちらへ突撃を敢行してきた。
地を鳴らす大群というほどの迫力はないものの、奴らの向けてくる針のような殺意は大の大人ですら泣き出すに違いない。
「さあ、来い!」
叫びながらも牽制射撃を行う。
高速の弾丸は木の幹を穿ち、砂ぼこりを巻き上げながらも地面を鋭く叩く。
弓矢ならば弓に矢をつがえるという動作が必要になるが、この突撃銃は引き金を引くだけで済んでしまう。
インプ共から見たらこの兵器は彼らの理解を超えた脅威であることに違いないだろう。
恐怖に駆られた者達はウサギから転げ落ち、半数以上が尻尾を巻いて逃げ出す。
だが、隊長格含めた三騎がこちらへと猛烈な勢いで近づいてくる。
インプ共が高々と槍を掲げると、被っていた骨の兜が笑っているかのような音を立てていた。
「くっ!」
立ち上がって後退しようとしたその時、ガニエデが敵の前へと立ち塞がった。
音もなく忍び寄る姿は不気味なのだが、厳かな騎士の姿を前にするとそんな失礼な感想は一気に引っ込んでしまう。
突然の妨害に驚き、インプ達は手にしていた槍をガニエデ目掛けて投擲した。
しかし、ガニエデは避けようともしない。
血肉の通わない灰の身体にはこの世の理が通用しないようで、槍は抵抗もなくガニエデをすり抜けてしまう。
さしものインプ達も、異形な騎士を相手にして目を丸くする他なかった。
そんな様子を気にも留めずに、ガニエデは無言で剣を上段に構える。
言葉は無くとも、殺意を打ち消す静かな気迫が場を支配する。
ガニエデが剣を一閃させたその瞬間だった。
一瞬にして、ウサギ諸共インプが両断される。
血しぶきが辺り一面に飛び散るかと思いきや、切られた魔物は跡形もなく光の粒となり、あたかも大気と溶けるかのように霧散していった。
顔を強張らせてなおも抵抗を続けるインプに対し、ガニエデは再度剣を振るう。
厳格な剣閃は銃弾とはまた違った恐怖を帯びていたのだろう。
目を大きく見開いたインプは成すすべもなく物言わぬ光となって散っていった。
「恐ろしいものだな」
つくづく魔物としての生を受けなくてよかったものだと思っていると、ガニエデが剣の切っ先を地面へ向けてから頭を下げている。
魔物に対しての追悼の意を示しているのだろうか。
面頬で顔が見えないせいで表情はわからないが、その胸中は悲しみで溢れているに違いない。
俺も真似をするかのように頭を下げていると、プラノの声がした。
「ハニー、ワタクシは警戒を続けますの」
「頼む。俺は二人の様子を見に行ってくる」
プラノに任せて、俺はマーカド達の様子を見に行くことにした。
もう一度彼女の顔を見てみると、こちらににこやかな笑顔を投げかけてくるが、その額には大粒の汗が浮かんでいる。
オマアビを使う代償というのは様々だ。
体力を消耗するものが大半だが、中には寿命を使うというものもあるらしい。
「急がなくてはな」
きっと二人の事だから大丈夫だろう。
しかし、この胸を掻きむしるかのような不安感は何なのだろうか。
突撃銃を握る手から染み出る汗を拭うことも忘れ、俺は小屋へと急いだ――。
如何でしたか?
次回もまたお楽しみにください。