第一章「これまでは平凡な日常だった」その5
依頼のため行方不明となったアンヌを探すためにカンパルの林へと踏み入った主人公一行。
果たして、アンヌは無事なのでしょうか――?
砂利が敷き詰められた林道を歩きながらも、最後にカンパルの林を訪れた時のことを思い返す。
あれは確か三年ほど前のある日、賞金首がカンパルの林に潜伏しているという最初だったか。
その賞金首は主に商人や銀行の荷を運んでいる馬車を狙い、大金を稼ぐだけでなく何人も犠牲者を出したそうだ。
賞金稼ぎは賞金首をとっつかまえるイメージが強いが、イミアステラ王国が直々に指名手配するだけあって、生半可な気持ちで挑むと返り討ちに遭うケースも多い。
単純に強いというだけでなく、厄介なオマアビを持っていることが多いのだ。
そんな賞金首を狙うのは、自身の正義感かあるいは一獲千金のためか。
あの時の俺はどういった気持ちで臨んでいったのだろうか……。
「それにしても、あいつ、マルトロアはいけ好かない奴っすね」
「俺もそう思うぜ」
マーカドとジャッカルの話し声が聞こえてくる。
二人の様子を見てみると、話してはいるものの付近への警戒を怠ってはいないようだ。
「ハニー。マルトロアって、あのギルドリーダーの?」
「ああ。一年ぐらい前にリーダーになった奴だ」
「リーダーはどう決めますの?」
「バウンティハンターギルドの各支部のリーダーとギルドマスターの投票で決まるという話だったかな。俺も詳しくはわからない」
「ギルドマスターは一番偉い人ですのよね?」
「そうだな」
「どんな方ですの?」
プラノが目をキラキラさせながらも尋ねて来る。
その純粋な目をしていると、正直に答えていいものなのか困ってしまう。
「兄貴はギルドマスターに会ったことあるんですか?」
「俺も会ったことないっすね」
三人とも俺に注目している。
だからそんなに期待をされても困るというのに。
だが、下手に失望させるとこの先の戦いでの士気にも関わることだ。
「とてもいい人だ。そもそもバウンティハンターギルドを立ち上げたのも、今のマスターだからな」
「それは知らなったですぜ……」
「きっと素敵な方ですのね」
皆が納得している所を見てホッと胸を撫で下ろす。
実際に会ってみると、色々な意味で驚かされる人なのだから。
「でも、どうしてマルトロアの奴がギルドリーダーになったんすかね?」
「俺もわからん。あんなんで個性豊かな賞金稼ぎ達を一応はまとめているから実力はあるんじゃないか? しかし、昔から愛想が無くぶっきらぼうのあいつがね……」
「え? というと、兄貴はあいつと知り合いだったということですかい?」
「まあな」
先代のギルドリーダーはいい人だったのに、どうしてあんな奴が後任についてしまったのか。
愚痴を零したい所だが、それは仕事を終えてアルコールが入ってからの方がいいだろう。
「っと、この先か」
足元に朽ちた看板が転がっている。
雨風のせいで文字が掠れて読めないが、この先がカンパルの所有していた土地であることが書いてあったのだろう。
行儀良く並んだサラナトゥスギを眺めてから、三人にこう伝える。
「ここから先は魔物の住処だ。俺も出来るだけのことはするが、自分の身は自分で守ってくれ」
「わかっていますの!」
「当然ですぜ!」
「了解っす」
頼もしい返事を聞いていると、俺も身が引き締まる。
敵に備えて武器を用意しておかねば。
『サーバー【ヴァルカン】にアクセス――』
俺が兵器を呼び出すと、プラノが声を上げる。
「前にも見たことのある武器ですの」
「ああ、突撃銃という兵器だ」
「お、出たっすね」
「兄貴のお気に入りですぜ」
マーカドの言うとおり、この突撃銃はかなり気に入っている。
射程や威力はそこそこといったところだが、重量も比較的軽量であるため持ち運びやすく、連射性能が高いため魔物を牽制するのには持って来いだ。
「行くぞ」
俺を先頭にして、林の中へと足を踏み入れる。
マーカドが鎌を構え、ジャックルも棍棒を手にしており、いつでも戦えるよう臨戦態勢を取っている。
そして、俺の隣にいるプラノはトゥニカのポケットからガラスの瓶を取り出していた。
「プラノ。それはなんなんだ?」
「私の武器ですのよ」
「へえ、それが武器っすか」
マーカドとジャッカルの二人が声を上げて笑うと、プラノは口を尖らせて言い返す。
「雑魚ザコ君には分からないですのよ!」
「フォルスの兄貴、こんなこと言っていますぜ」
「いや、あまりプラノは怒らせない方がいいと思うが」
「え?」
きょとんとする二人に対し、やれやれと肩を竦める。
「本気を出したプラノは強いぞ」
「え、本当ですかい!?」
「ハニーの言う通りですの!」
上機嫌そうに胸を張るプラノに対し、二人は怪訝そうな顔をしている。
そのうち披露することもあるだろうから、敢えて詳しい説明はしないでおこう。
いや、プラノの本気を出した所を見たら、二人はどんな反応をするかが今から楽しみではあるが。
「さて、足元に気を付けろよ」
段々と傾斜が高くなるにつれ、林道の道幅も狭くなってくる。
木漏れ日で視界はそれほど悪くないが、日が傾けば危険だ。
魔物共は夜目が利くため、日没になれば完全に奴らの独壇場となってしまう。
一刻も早くアンヌを探さなければ。
焦る気持ちと共に進んでいくと、ジャックルがこんな提案をしてくる。
「アンヌちゃんの名前を呼んだ方がいいすっかね?」
「そうだな。どうせ魔物共もこちらの存在に気がついている」
「気が付いているのならば、襲ってくるんですぜ!」
「普通の獣ならば後先見ずにな。だが、ここら辺の魔物は知恵がある」
「知恵っすか?」
「雑魚ザコ君にはわからないでしょうけども、魔物には人間を警戒しているのですのよ」
「プラノ。雑魚呼ばわりはいい加減止めてくれ」
「だって、ですもの」
頬を膨らませているプラノの頭を撫でながらも、改めて説明をする。
「魔物が人間を恐れる理由はなんだと思う?」
「そりゃあ、強いところですぜ!」
「武器を持っている所っすか?」
「惜しいな。正解は俺達がオマアビを持っている所だ」
「オマアビっすか!」
ジャックルが納得したのかポンと大きく手を叩いた。
「どうしてですかい?」
「例え素手だろうが、凶悪なオマアビを持っていれば魔物も一網打尽に出来る。昔は油断させてから魔物達をおびき寄せ、そしてオマアビで始末する戦法が用いられていたそうだ」
「それで、今の魔物達は人間の危険な力を警戒しているということですの」
「なるほどですぜ……」
そして今の状況を言い換えるならば、魔物達は勝てると思ったタイミングを見計らって一斉に襲い掛かって来るだろう。
ジャックルがそれを察してか、恐る恐ると言った様子でアンヌに呼びかける。
だが、返って来たのは葉が静かにざわめく音だけだった。
果たしてアンヌはどこにいるのか。
突撃銃を握る手が震える。
手汗をズボンで拭っていると、マーカドが声を上げる。
「兄貴、こっちに何かありますぜ」
その視線を追ってみると、そこは林道から離れた所にある開けた場所だった。
空き地かと思ったが、丸太が積み重ねて何本も置かれていることに気が付いた。
「材木置き場のようだな」
「切ったサラナトゥスギをここで自然乾燥させるっすね」
「そうらしいが……」
丸太を見てみると、長い間放置されていたらしく、コケやらキノコ等が生えている。
キノコにはまるで詳しくないため、下手に触るのも危険だろう。
「アンヌちゃんが隠れているかもしれないですの!」
「気を付けろ。魔物も隠れている可能性がある」
あまり散らばらないようにと言おうとした矢先だった。
「兄貴! 弓が落ちてますぜ!」
「弓?」
マーカドの言葉通り、五、六歩ほど歩いた先に弓が落ちている。
見た所、長年放置はされていないようだ。
つい最近誰かが落としたのだろうか――。
「アンヌちゃんの物ですの?」
「いや、子どもが扱うにしては大きすぎる。しかし――」
もしや、アンヌの両親の物か。
逃げる際に落としたのか?
それならば、この近くにアンヌがいるかもしれないと思ったその瞬間、口が先に動いた。
「待て、近くに足跡はあるか!?」
「へ? いや、近くには――」
――やはりか。
舌打ちをしながらも、突撃銃を構え直す。
「罠だ! 来るぞ!」
俺の叫びとほぼ同じタイミングで丸太の影から何かが飛んで来る。
急いで後退すると、足元に何かが刺さった。
「これは!?」
見てみるとそれは槍だった。
槍にしては小柄で、木の枝の柄に穂は削った石という原始的な物だ。
それでも凶器であることには変わりなく、次から次へと降って来る以上油断は出来ない。
「おいでなすったか。俺が先行する! ジャックル! マーカド! 援護を頼む!」
「了解!」
「ハニー? 私は!?」
「敵の援軍が来るかもしれない! 後方の警戒をしてくれ!」
「はいですの!」
敵の槍に気を付けながらも、積まれた丸太の山の反対側へと回り込む。
「いやがったな……」
そこにいたのは枯草色の皮膚をした小鬼――インプがいた。
その数は五体と思っていた以上に少なかったのは幸いか。
インプは森や林に生息している亜人系の魔物だ。
他の亜人系の魔物と比べると温厚な方だが、悪知恵が働き、レベルが低かろうと油断のならない魔物だ。
そして、今も槍をこちら目掛けて投擲しようとしていたところだった。
「やれやれ」
突撃銃の引き金を引くと、小気味よい音と共に弾丸が発射される。
ばら撒かれた凶弾は奴らの持っていた槍をあっけなく打ち砕く。
突然の出来事に、インプ共は目を白黒とさせている。
「次は当てるぞ」
再度、奴らの足元に弾丸を打ち込むと、自身の命の大切さを思い出したのか甲高い悲鳴を上げて逃げ出した。
「兄貴! 無事ですかい?」
「大丈夫だ。幸いにも数は少なかった」
答えながらも、安堵のため息を零す。
「しかし、あの弓が罠だったっすか?」
「ああ。最初は慌てて逃げたアンヌの両親の物かと思ったが、それならば近くに足跡があるはずだ」
「何故、足跡がなかったですの?」
「インプ共が弓を置いた後、木の枝や葉等で掃いて足跡を消したに違いない。慎重な所が裏目に出たという訳だ」
「えっと、インプ共が弓をわざと置いたのは、俺達の気を引くためですかい!?」
俺が無言で頷くと、ショックのせいだろうか三人は暫しの間無言で立ち尽くす。
ややあってから、マーカドが堰を切ったように早口で話し始めた。
「じゃ、じゃあ。奴らをわざと逃がしてよかったんですかい。兄貴ならば全滅させられたですぜ!」
「俺達の目的はアンヌの救出だ。奴らもこの突撃銃の威力を知った以上、迂闊に攻めては来ない。奴らが態勢を整え直す前に先を急ぐぞ!」
「はいですの!」
再びアンヌ捜索に戻るも、脳裏には散り散りに逃げていくインプ共の背中がチラつく。
マーカドの言う通り、奴らを殲滅させた方がよかったかもしれない。
ただ、三年前のあの日の出来事を思い出すと、インプ共に恨みを買うのはリスクが高かった。
件の賞金首は血塗れの状態で林道付近に転がっていた。
どうして怪我をしているのかとその時の仲間が近づいた瞬間、そいつの姿が瞬時にして消えた。
最初は突然の出来事に混乱したが、よく見てみれば至極単純なものだった。
賞金首の近くに落とし穴が設置してあり、それに引っかかったのだ。
ただ、落とし穴の底には鋭利なスパイクが仕掛けられ、あまりの無慈悲さに思わず血の気が引いた。
その仲間は幸いにも一命を取り留めたが、トラウマになったせいかその後賞金稼ぎを引退することになってしまった。
どうにか賞金首を捕縛した後で知ったのだが、奴は隠れるべく林内にいたインプを何体か殺したようだ。
インプ共はその復讐のために後でやって来た人間を血祭りに上げようとしたのだろう。
「報復、か」
「ハニー?」
「いや、何でもない」
救い出した賞金首の顔を思い出してしまう。
手配書では如何にも悪事をしでかしそうな面構えだったが、あの時の奴の顔は酷い物だった。
何故なら顔の皮が剥がれ、鼻まで削がれていたのだから。
インプ共からしたら当然の報いなのだろう。
もしこの三人に同じ報復をされたら――。
そんな妄想を振り払いながらも、俺は勇み足と共に先へと急いだ。
今回はここまでになります。
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