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第一章「これまでは平凡な日常だった」その4

依頼を成し遂げるべく、フォルスはカンパルの林へと向かおうとする。

ギルド内のバルバロウスに助力を頼もうとするが、彼は酔い潰れてしまっていた。


どう起こそうか迷ったその時、ジャックルが何かをしでかそうとする。

 ジャックルと初めて会ったのは今から二年ほど前か。

 アフロヘアーのいかつい男がギルドに入ってきた時、誰しもがこう思っただろう。


 ――賞金稼ぎデビューだ、と。


 俺もよく分からないが、世間にはバウンティハンターギルドは極悪人の集団と誤認している輩がいる。

 これに関しては、賞金稼ぎの中にとんでもないオマアビを持っている奴がいるせいだろうか。

 賞金稼ぎも多くの人々を助けているが、たまには失敗をすることもある。

 アラゾールのギルドに所属している賞金稼ぎの中でも、うっかりとオマアビで田畑を全焼させてしまったという奴もいるくらいだ。

 人は良い噂よりも悪い噂の方を楽しむ癖があるようで、しかも誰も彼もが好き勝手に尾ひれをつけるからたまったものでない。


 後で知ったのだが、ジャックルは元々アラゾールの小さな店で料理人として働いていた。

 その腕は一流とまではいかないが、その手際の良さと料理を盛り付けする際の配色のセンスは素晴らしいものだ。

 しかし、ある時オマアビに目覚めて以降、料理人としての道をすっぱりと諦め、賞金稼ぎに転職しようとしていたとのことだった。

 そのオマアビというのが――。


「ごほっ!?」


 誰かの咳をする音がする。

 見てみると、ソファーで横になっていたバルバロウスが咳き込んでいた。


「くっ!」


 急いでバルバロウスへと近づく。

 目を覚ましたのはいいが、気絶をされては元も子もない。

 しかし、思ってもいない事態が起こった。


「ふわぁ……。よく寝たもんじゃい」


 バルバロウスは大きく背を伸ばしてから欠伸をしている。

 その間の抜けた呑気な声を耳にして、とっさに周辺の匂いを嗅いでみた。


「あれ?」


 ――おかしい。

 鼻がもげるかのような悪臭が漂っているかと思ったが、どこかで嗅いだことのある、爽やかな匂いだ。

 ジャックルを見ていると、俺の反応を見て小首を傾げている。


「兄貴、どうしたっす?」

「いや、お前のオマアビは口から悪臭を吐き出すんじゃなかったか?」

「そうですぜ!」


 俺とマーカドの声に対し、ジャックルはこんなことを言ってきた。


「言っていませんでした? 俺のオマアビは、正確には今まで食べた物の匂いを強めて口から吐き出すというものっす」

「そ、そ、そうだったのか?」

「ところで、他のギルドの面々はどこに行ったっすか?」


 マーカドはキョロキョロと辺りを不思議そうに見渡している。

 集中していたせいで、皆が避難したことに気が付かなかったのだろう。

 

「それにしても、この匂いは――ミントですぜ!」

「あ、確かに」


 なるほど、爽やかな香りで目を覚まさせたようだ。

 てっきり攻撃向けのオマアビかと思っていたが、こんな使い道があったとは。

 しかし、このミントの香りをずっと嗅いでいると、若い時に飲まされたミント入りカクテルの味を思い出してしまう。

 如何にも失敗してしまったというあのキツイ味を思い出すと、胃が抓られたかのようなギリギリとした痛みが走る。


「で、ワシに何か用かい?」

「おっと、すまない」


 まだ顔は赤いものの、バルバロウスの目はしっかりとこちらを捉えていた。

 これもミントの香りのおかげなのだろうか。


「しかし……」


 ――地を焦がす驟雨の呼び手。

 思わず彼に付けられた二つ名を思い出してしまう。

 一人で山のごとき巨体を誇るカイザークラーケンを倒したという逸話もあるが、酒で酔い潰れている姿を見ていると嘘か誠なのやらわからなくなってくる。


「実はカンパルの林まで送って貰いたい」

「ほうほう、別に構わんよ。お前さんには貸しがあるからの」


 バルバロウスは髭を撫でながらも機嫌が良さそうに頷く。

 以前、彼の行っている研究を手伝ったことがある。

 賞金稼ぎの仕事をする傍ら、オマアビに関する論文を書いているそうだ。

 王立魔法大学から直々に客員教授として招かれているとの噂もあるくらいだ。


「ん?」


 入り口の方から何やらざわめく声がする。

 どうやら避難していた連中が戻って来たようだ。

 その中に心配そうな顔でこちらに駆け寄って来るプラノの姿もあった。


「皆さん、申し訳ないっす!」

「ここは俺の顔に免じて許してもらいたいですぜ!」


 頭をペコペコと下げながらも、二人は皆に対して謝っている。

 こういうちょっとした騒動はギルドの連中も慣れっこだ。

 これもトラブルを肴にして人生を楽しんでいるからだろうか。


 二人が皆に謝っている最中、プラノとバルバロウスに緊急の依頼の話を説明した。


「なるほど。急いでカンパルの林に向かいたいと」

「ハニー! 今頃、その子は一人で泣いているに違いないですの!」


 プラノが慌ただしい口調で捲し立てている。

 そんな彼女を宥めるように、バルバロウスは穏やかな声でこう言った。

 

「いいじゃろ。わしもその付近に行ったことがあるからの。だが、帰りはどうするんじゃい?」

「そりゃあ、徒歩になるな」


 一瞬で目的地まで行けるのは便利だが、同じ魔法を使える者がいない限り帰りはどうしても自力となってしまう。

 これを利用して、僻地に飛ばされた後に自力で帰ってこいという王国の軍隊でのサバイバル訓練が定番になっていると聞く。


「そ、それは仕方ないですの」

「了解した。仕事が終わった後で構わんから、ちょいと頼み事を聞いてくれんかい?」

「頼み事?」

「うむ、オマアビの研究のことじゃ。早速飛ばすから、外に出てくれんかの」

「ああ。わかった」


 バルバロウスと共に、俺とプラノ、それにマーカドとジャックルの四人は一旦ギルドの外へと出た。

 近くの空地へと向かい、誰もいないことを確認してからバルバロウスはローブから小瓶を取り出す。

 その中には魔法使いが良く使う赤水晶の粉末が入っており、バルバロウスは小瓶の中身を振りまいて六角形を地面へと描く。



「そいじゃあ、この魔法陣の中に入ってくれんかい?」

「わかった」

「了解ですぜ!」

「了解っす」


 俺とマーカドとジャックルの三人が六角形の中に入るも、プラノが躊躇している。


「これが、空間湾曲転移魔法ですの?」

「ああ。便利だぞ」


 便利、と自分で口にしておいてから、何かを忘れている気がする。

 以前もバルバロウスに遠方へと飛ばして貰ったことがあったが、その時に何かが起きた気がする。


「確か、人によっては吐き気や眩暈を起こすって――」


 プラノは心配そうにしている。

 はて、そんな程度だったろうか。

 自慢ではないが馬車酔いをしたことは今まで一度もないのだが。


「お嬢ちゃん、心配はいらんよ。素人がやると酷いことになるのが原因かの」

「そうですの?」

「その点、わしはベテランじゃからの。安心しとれい」

「それならば安心ですの」


 プラノは納得してから魔法陣の中に足を踏み入れる。

 それから何かに気づいたらしく、バルバロウスにこう尋ねた。


「ところでこの魔法陣はどうして六角形なの?」


 そう言えばそうだ。

 魔法陣の大半は円形なのだが、何かしらのこだわりがあるのだろうか。


「それはじゃな。ワシからすれば、この正六角形の魔法陣こそ最も魔力が安定しやすいと考えているからじゃ」

「それは知らなかったですの」

「この発想はハチの巣を見て閃いたもんじゃ。まあ、あれは六角形が綺麗に並んだ――」


 バルバロウスは何かを思い出そうと首を捻っている。

 やれやれ、助け船を出すか。


「そりゃあ、ハニカムこうぞ――」

「ハニカミ症状っすね!」


 突如マーカドが横槍を入れて来る。

 いや、何だその症状は。

 というか、単なる恥ずかしがり屋さんなだけじゃないか。


「それじゃ!」

「そうですの!」

「え? あの、ハニカム、構造なんですけど?」

「ふむ。すっきりしたところで、早速お主らを飛ばすとしよう!」


 俺のツッコミも虚しく、バルバロウスはおごそかな声で魔法の詠唱を始める。

 ジャッカルがこちらに同情の視線を向けてくれたのが唯一の救いだろうか。


「風走る所に大地あり。光差す場所に山河あり。この地にありし祝福により、我の願う場所に旅人を誘わん――」


 バルバロウスが詠唱を唱え終えたその瞬間、身体が急に軽くなる。

 まるで、全身から質量が抜け落ちていくかのような、不思議な感覚だった。

 完全に意識が消え去る瞬間、彼の声が聞こえた。


「言い忘れておったが、肉体的なダメージは無くとも、精神的なダメージはあるかもしれん。個人差にもよるが――」


 それを早く言ってくれ――!

 叫び返そうとするも、時すでに遅し。

 視界が暗転し、目を開いてみると――。

 

「あれ?」


 林だから近くに木々が茂っている印象があったのだが、今視界には砂地が広がっている。

 丁寧に平らにならされ、走り回るのにぴったりな場所といった感じだ。


「ここは――」


 もしや、変な場所に飛ばされたのだろうか?

 いや、よくよく見るとここは見覚えのある場所だ。

 屋外の訓練所で、弓術用の的や休憩用のベンチも昔のままだった。

 何故、俺はこんな所にいるのだろうかと疑問に思っていると――。


「フォルス・エシーミス!」


 鋭い声が前方から聞こえてくる。

 魂がキュッと締め付けられるかのように縮み、思わず身が強張る。

 忘れたくても忘れられない声だ。

 青春の思い出は淡いとかいう話だが、俺の青春はこの声で厳しく叱責された記憶しかない。


「は、はい」


 反射的に返事をする。

 目の前には、いつの間にか人食い鬼のような厳しい表情の男がいる。

 鬼教官という如何にもあだ名で呼ばれ、素手で竜を殴り飛ばしたという逸話もあるくらいだ。

 その鬼教官があろうことか――。


「格闘術S級アビリティ取得者として認定する」


 穏やかな声でそう告げてきた。

 すると、背後からざわめき声が聞こえてきた。

 賞賛と感嘆の声を耳にしていると、感動のせいか胸が高鳴る。

 そう、確か教官の腹に拳を一発叩き込んだのだ。

 ただ、カウンターでこちらも左頬を殴られたのだが――。


「え?」


 妙だ。

 痛みが全くない。

 確か、左頬の骨にヒビが入っていたはずなのに。

 いや、どうして俺はここにいるんだ?

 それに、身体も少し若返っている。

 というよりも、一番の問題は鬼教官だ。

 教官は、もういないはずだ。


「教官?」


 声に出してみるも、喉が渇いて声が出ない。

 それでも、俺は尋ねなければならなかった。

 何故なら、教官は――。


 数年前に事故で亡くなったのだから。


「ハニー!」


 また、どこからか声がする。

 すると、俺の両の頬に何度も痛みが走り――。


「はっ!?」


 目を覚ますと、そこにはプラノの姿があった。

 涙目で心配そうにこちらを見下ろしている。


「えっと、ここは――?」

「カンパルの林の付近ですぜ!」


 その場で立ち上がって前方を見てみると、暫く歩いた先に木が行儀よく並んだ林がある。


「ハニーが目を覚まさなくて――」

「心配させて悪かった」

 どうやら、プラノが強引に起こしてくれたようだ。

 左右の頬がズキズキと痛むのも仕方ないだろう。


「兄貴、どうしちゃったんすか? うわ言も口にしてたっす」

「ああ。空間湾曲転移魔法の副作用らしい。空間を捻じ曲げて、肉体と精神を同時に遠方へ飛ばすとのことだから、そのどちらかに負担がかかるらしい」


 以前もこれと似たような現象が起きた。

 白昼夢の海の中を強引に泳がされ、誰かに起こされなければ延々と覚めないという恐怖が今になって鮮明に思い出される。


「俺は無事でしたぜ!」

「俺もっす」

「ワタクシは昔の子供の頃の夢を見ていましたの」


 個人差があるにしても、あんな変な目に遭うとは思いもしなかった。


「兄貴も夢を見ていたんですか?」

「過去の思い出を見せられたよ」

「そうっすか。しかし、どうして兄貴だけ……」

「雑魚ザコ君達と違って、ハニーは繊細ですのよ」

「何だとっ!?」

「おいおい……」


 三人がまた口喧嘩を始めてしまう。

 それを出来る限り穏やかに諫めていると、まるで学校の教員にでもなったかのような気分だ。


 先程の夢を噛み締める様に思い返してみると、あることに気が付いてしまった。

 平凡な過去の夢かと思いきや、蓋を開けてみると悪寒を呼ぶ凶夢であった。


「ハニーはいつだって強くてかっこいいですもの!」

「そ、そうなのか?」


 曖昧な返事をしながらも、あの時の同級生からの感嘆の声を浴びせられた場面を思い出す。

 確かに皆が驚いていたが、その時微かにだが聞こえた。

 何と言ったが言葉までは正確に聞き取れなかったが、それでもある感情だけは込められていた。

 それは古来より潜在的に人間の意識化に蠢く悪意の申し子。


 ねっとりと暗く湿った、『嫉妬』に違いなかった――。

如何でしたか?

次回は行方不明の少女を探すためにフォルス達が奮闘します。

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