第一章「これまでは平凡な日常だった」その3
ギルドリーダーのマルトロアが語り出す緊急の依頼とは?
また、新ヒロインが登場。
ますます目の離せなくなる展開をお楽しみに。
マルトロアは淡々と喋り出す。
自分で緊急とか言っておきながらも、その口調からは少しも焦りの色が伺えない。
「今朝方子供が行方不明になったと、両親から依頼があった」
「それは一大事じゃないか」
そこまで口にしてから、肝心なことを聞き逃さないようにゆっくりと問いかける。
「行方不明になった場所は?」
問題はどこで行方不明になったか、だ。
もしかすると、街の中かもしれない。
それならばまだ楽な仕事だ。
ただ、そんな楽に稼げる仕事は早々来るわけもないだろう。
「カンパルの林だな」
「ああ、あそこか……」
前に依頼で行ったことがあるが、この辺りでは五本指に入る危険な場所だ。
「えっと、人工林っすよね」
「雑木林じゃないんですかい?」
マーカドの言葉に対して、ジャックルは呆れたようにこう言った。
「知らないんっす? あそこはカンパルという大富豪が木を植えまくった場所っす」
「かつてサラナトゥスギを生育していた林だったか」
サラナトゥスギは木造船の素材として重宝され、大陸外の島々との貿易が盛んになった頃爆発的に需要が増大した。
当然、かなりの儲けとなったに違いない。
切り倒された材木を港町へと出荷するための林道まで整備し、一時期は付近に馬宿も建てられたくらいだ。
「カンパル? 確か、ずっと前のアラゾール都知事にそんな名前の奴がいた記憶がありますぜ。でも――」
ジャックルはそこまで言いかけてから、何かに気が付いたような顔をする。
すると、マルトロアがぼそりとこう言った。
「ある日、カンパルの変死体が自宅で発見された」
「その話っすか。結局、犯人は見つからなかったって聞いてますね」
今もその事件は迷宮入りだが、遺族からしたらそんなことはどうでもよかったようだ。
彼の莫大な遺産を巡って骨肉の争いが起こり、命を落とした者もいたと聞く。
「それで、カンパルの死後、林は管理されることなく放置され、今では魔物がうようよいる危険な場所になっているっす」
「そう言えば、警備団は助けないんですかい!?」
マーカスの叫びに対し、マルトロアが面倒くさそうに肩を竦める。
「警備団は魔物なんぞ相手にしたくないとさ」
「それは酷いな。まあ、仕方ないか」
警備団の主な仕事はあくまでも都市内の治安維持だ。
都市の外の話となると警備団の手が空いていれば助けてくれるかもしれないが、魔物が絡んでしまうと中々首を縦に振ってくれないだろう。
そもそも、警備団もレベルが高い面々が揃っているわけではないし、ましては魔物と戦ったことすらない者も大半だろう。
「んで、報酬は?」
「銀貨1枚だ」
あまりにも安すぎるというか、魔物の溜まり場に人を送り出す報酬にしては無情すぎる。
二人も同じ感想だったようだ。
「1枚? 冗談じゃねえぜ!」
「子どもの命を何だと思っているっすか!」
なるほど、他の賞金稼ぎの連中も安い報酬で動きたくはなかったのだろう。
余程の物好きでないと受けない仕事だが、幸いにもこのギルドにはそういううってつけの奴がいる。
「二人とも、落ち着け。こういう仕事は――」
その名前を呼ぼうとした時、はっと気が付いた。
「今日は、あいつは来ていないのか」
「運が悪いことに、な」
「そうか」
「兄貴、どうするんですかい?」
「俺はとっとと酒を飲みたい気分ですぜ」
嫌そうな顔をしているマーカドとジャックルには悪いが、俺の答えは――。
「受けよう」
「本気ですかい!?」
「いや、別に俺一人でも何とかなる。マルトロア、子供の特徴は?」
「ほらよ」
マルトロアは一枚の紙をこちらへと渡してくる。
それには三つ編みの女の子似顔絵が描かれ、『アンヌ』という名前も大きく書かれていた。
「兄貴、俺も行きますぜ!」
「俺も行くっす!」
「やれやれ」
肩を竦めながらも、どうやって向かおうか考えていると、大きな音がした。
入り口の扉が力強く開いたのだろう。
それぐらいどうってことはない。
「兄貴!」
「ん?」
マーカドの叫び声に驚き、ギルド内に入って来た人影を見ると、真っ直ぐ俺の方へ突っ込んできて――。
「ハニー!」
そう叫びながらも俺に飛び掛かって来た。
あまりの俊敏さに避けることもできず、為すすべもなく床に押し倒されてしまう。
「プラノ。痛いんだが」
「ごめんあそばせ。ハニーを見たら、嬉しくなってしまいましたの!」
「だからと言ってタックルは止めてくれ……」
その場で立ち上がりながらも、改めてプラノを見てみる。
トゥニカを身に纏っている姿は清楚そのものなのだが、如何せん犬のような人懐っこい性格には困りものだ。
「おい! 兄貴に何するんだ!」
「いつも兄貴に迷惑かけてんじゃねえっす!」
プラノは自身の翡翠色の髪を指先でいじりながらも、こう言い返した。
「あなた達、雑魚ザコ君は黙っていなさいの」
「ざ、雑魚だぁ!?」
「雑魚じゃなくて、雑魚ザコ君ですのよ」
プラノはイミアステラ王国の国教でもあるサラナト教の修道女――兼賞金稼ぎだ。
サラナト教の教えに弱き者に救いの手をというものがあるらしく、それでプラノは教会で働きつつも、賞金稼ぎとしての仕事もこなしている。
「やる気っすか!」
「おい!」
睨み合っている中を強引に割って入る。
こんな所で喧嘩をすると迷惑だ。
他の賞金稼ぎ達は、楽しそうな目でこちらを見ている。
喧嘩が始まれば、どっちが勝つかの賭けが始まるのだろう。
「プラノ。悪いが仕事が入った。喧嘩をしている余裕はない」
「お仕事? ハニーのお仕事ならば喜んでお手伝いしますの!」
プラノはピョンピョンと嬉しそうに跳ねる。
その無邪気な様子を見ていると、これから戦いに赴くという緊張感が薄れてしまいそうだ。
「それは助かる。詳しい話はあとでしよう」
「ハニーのためならば頑張りますの!」
プラノが花のように笑いながらもその場でクルクルと回り出す。
もし断ったら、途端に大雨のごとく泣き出すのだから本当に扱いが難しい。
「兄貴。こいつと仕事っすか?」
「文句を言うな。アンヌが怪我をしている場合もある。回復魔法のエキスパートがいるにこしたことはない。それに、俺達がいなかったら、プラノが受ける仕事だったはずだ」
そう言いながらも、周りにいた他の賞金稼ぎ達を一瞥すると、彼らはさっと目線を外してくる。
プラノは金銭目的でなく、人助けの仕事を主に受けているため、報酬が安かろうがホイホイ引き受けてしまう。
素晴らしい善人としか言いようがないが、これが災いして質の悪い連中の出した偽の依頼に騙されて誘拐されそうになったことがある。
その時、たまたま俺が彼女を助けたのだが、それ以降ハニー呼ばわりされるようになってしまった。
俺の地元ではハニーは養蜂家の愛称だったので、正直複雑な気分だ。
「さて、どうやって現地に向かうか」
馬を借りようとしたが、やはり金がかかる。
そもそも、銀貨1枚の報酬では確実に赤字だ。
どうしたものかと思っていると、ギルド内のある男の存在を思い出した。
今日はいるのだろうかと探してみると――。
「いたか」
その男は隅っこにあるソファーの上で仰向けになって寝ていた。
真っ黒なローブに身を包み、長く伸びた白い髭はまるで綿菓子を彷彿とさせている。
酒瓶を抱いており、顔もリンゴのように真っ赤だ。
気持ちよく酔い潰れている所申し訳ないが身体を揺すってみる。
「おい。バルバロウス」
声を掛けながらも強く揺すってみるが、まるで反応がない。
すっかりと夢の世界の住人となっている彼を邪魔するのも忍びない。
諦めようとしたその時だった。
「兄貴。任せるっす!」
そう言うと、ジャックルはその場で大きく深呼吸をした。
何をするのかと思ったが、目玉が飛び出さんばかりのマーカドの反応を見てようやく勘づいた。
「おい! 室内でやるな! 皆、ジャックルの奴がアレをやるぜ!」
マーカドの慌てふためく声に、ギルド内はハチの巣を突いたような騒ぎとなった。
避難訓練もしていないというのにその行動は迅速で、賞金稼ぎは足で稼ぐという誰かの名言を思い出してしまう。
「な、何をするのですの!?」
「プラノ。急いで逃げろ!」
他の賞金稼ぎが窓から逃げ出すのに倣い、プラノもその後を追う。
俺とマーカドも逃げようとしたが――。
「間に合わなかったか――!?」
背後から長く細い息を吐き出す音がした。
まるで子供がバースデイケーキに並べられたロウソクを吹き消すかのように。
舌打ち混じりに、とっさに鼻を摘まむ。
その時、肝心なことを忘れていた。
事前に深呼吸をして、肺に可能な限り新鮮な空気を詰め込んでおくということを。
はて、どのぐらい呼吸を止められることが出来ただろうか。
素潜り漁をしている漁師を羨ましく思いながらも、俺は覚悟を決める他なかった。
さて、主人公の運命はどうなるでしょうか。
次回もまたお楽しみに。