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第一章「これまでは平凡な日常だった」その2

勇者が次々に魔王討伐に失敗し、先日三十人目の勇者が旅に出たという話を聞いた主人公のフォルス。

その理由とは――?

「三十人目!? 全員死んだのか?」


 興奮のあまり大きな声が出てしまうも、マーカドは冷静に言い返してくる。


「何を言っているんですか? 死んでも教会で蘇ることが出来ますぜ!」

「あ、そうか。と、なると――」

「勇者を引退したってことっすよね」


 となると、何かしらの原因で心が折れて勇者を引退せざるを得なくなったということなのか。

 

「しかし、マーカドは勇者についてやたら詳しいな」

「兄貴には内緒にしていましたが、その、勇者レポートを読んでいますぜ!」

「勇者レポート? 確か勇者御一行様の近況を知らせるって奴か」


 勇者のスポンサーでもあるイミアス新聞社の行っている企画だ。

 新聞には興味はないものの、勇者の動向だけを知りたい層へ週刊で発送している記事だったか。


「昔、勇者に憧れていた時期があったんです。金さえあれば、王立勇者育成学校に通いたかったですぜ!」

「そ、そうか……」


 王立勇者育成学校――。

 随分懐かしい名前が出てきたものだ。

 魔王の復活に備え、勇者の候補生を育て上げる全寮制の施設だ。

 好成績の者には輝かしい未来が約束され、優れたオマアビを持つ者ならば身分の差など関係なしに評価されるのも特徴だ。

 俺からすれば正直あまりいい思い出のない場所の一つではあるが。

 

「でも、勇者の代わりってそんなにいるんすか?」

「勇者候補生はまだまだいるんだぜ! 特に、可愛い子がそりゃあ、もう――」


 ジャックルの問いに対し、ぐへへと品のない声で笑うマーカドを見ていると、合点がいった。

 わざわざ勇者レポートを購読しているのは、恐らく特典に勇者かそのお仲間の可愛いピンナップの付録でもあるのだろう。


「しかし、勇者が引退する理由が気になるな」

「ギルドリーダーから聞いたんですが、どうにも魔物が強いみたいですぜ!」

「魔物が? 嘘だろ?」


 全くもって納得がいかない。

 そもそも、たかが魔物に怯えるようでは勇者が務まるはずがない。

 王立勇者育成学校のあの地獄のような訓練を受けた以上、肉体も精神も一般人の数十倍は優れている。

 本当に数十倍かどうかはわからないが、世界の平和のためだけでなく世間の期待に応えるべく訓練されたのは確かだ。


「この調子だと、世界は魔王に支配されちまうっすか?」

「そうかもな」

「兄貴は慌てないんですかい?」

「人生、なるようにしかならないもんさ。もしかすると、魔王もそこまで悪くない奴のような気がする」

「どうしてですかい?」


 二人に顔を覗き込まれたので、淡々と話し始める。


「勇者が軒並み引退し、人類の士気が下がりに下がっている最悪な状況だ。これは当然魔王も知っているはずだ。だというのに、魔王の軍勢が大陸の各都市を侵略したという話もないし、王国も防衛のために緊急徴兵の命令すら出していないだろ?」

「そ、そうっすね……」

「じゃあ、慌てることもないってことですぜ!」


 二人は何事もなかったかのように安心している。

 俺もまた安心したかったが、唐突にこの呑気で平穏な日常が無くなってしまうかと、流石に不安になる。

 そんな感情を隠しながらも歩いていくと、街へと辿り着いた。


 貿易都市アラゾール――。


 貿易都市という大層な名前だけあって、市場には大陸中から集められた品々が並び、この都市を中心に人々が吸い寄せられるように集まって来る。

 寒村から出稼ぎにきた農民。

 持て余した財産を浪費すべく遊びに来た貴族。

 貧富関係なく押し寄せるその様子は、さながら誘蛾灯に集う虫のようだ。

 そして、俺もその虫の一匹に過ぎないのだろう。

 門番へ通行証を見せてから街の中へ入ると、相も変わらず人の波が右往左往している。

 しかし、今の所この渋滞に巻き込まれることはない。

 こちらを目にした民衆はこぞって道をご丁寧に開けてくれるからだ。


「すみませんですぜ!」

「いやあ、助かるっす!」


 マーカドとジャックルは丁寧に礼を述べる中、俺は申し訳なさそうに頭を下げる。


「いやあ、皆いい人っすね!」


 笑っているジャックルを見ていると、一言伝えた方がいいかどうか悩んでしまう。

 彼は間違いなく満面な笑顔を披露しているのだろうが、両端の口角を勢いよく持ち上げているせいかどこか恐ろしい。

 影でこっそりと『悪魔も嘲笑う男』という二つ名もつけられているくらいだ。


「きょ、今日も賑やかなもんだな」


 誤魔化すために、視線を周囲へと向ける。

 そこには露店がずらりと並ぶ他、見世物小屋や出稽古を行っている剣士の姿なども見られ、祭りでも行われているかのようだ。

 どんな暗い奴もここに来ればいつの間にか明るくなる。

 まあ、財布が空になれば再び顔色も曇天模様にはなるだろうが。


「兄貴、馬車が来ますぜ」

「あ、ああ」


 ぼんやりとしていると、目の前の道路を数台の荷馬車が通っていく。

 多くの荷物を積んでいるのか、車輪の軋む音がどこか重々しい。

 そんな列を成して走る馬車に対して、目を光らせているのが警備団の面々だ。

 かつては違法な武器や薬品の取り締まりが多かったらしいが、今は速度違反をする馬車がいないかを見張っているようだ

 

「馬車に轢かれる事故も多いっすからね」

「その辺の魔物よりもおっかないぜ」

「ああ。確かにな」


 馬車が通っていないタイミングを見計らって道路を渡る。

 渡り終えてから後ろを振り向くと、マーカドがぼんやりと道路を眺めていた。


「どうした?」

「あの馬車を見ましたか?」

「馬車?」


 マーカドが眺めていたのは、一台の馬車だった。

 一般的に流通している大きさのものだが、他の馬車と大きく違っていたのは幌に派手なペイントが施されている点だ。

 半裸の女性が描かれ、人目を引く効果は十分に発揮されているといっていいだろう。


「俺もいつしかでっかい馬車のオーナーになって、ガッポリと儲けたいですぜ!」

「金がかかるぞ」

「そうそう、馬車も定期点検が義務付けられているっす」


 馬や馬車に轢かれる事故の他、荷台の破損や車輪が外れるといった突発的な事故も少なくはない。

 いつの頃からか馬車の定期点検を義務付けられ、それ以降そういった事故も減ったかと思ったがそんなこともなかった。

 点検代も馬鹿にならず、中には点検に合格した際に出される証書を偽造する者までいるという話だ。


「でも、今なら格安で馬車のオーナーになれるって広告も――」


 マーカドがポケットから一枚の紙を取り出す。

 見てみるとこれが件の広告らしく、マーカドが書いたと思われる走り書きも見られる。


「ん?」


 大きく描かれた馬車のイラストの他に、素敵な文章が踊っていた。

 先着十名様限定だとか、彼女が出来ましたという購入者の声等心が弾む内容や、その他にもわんさか書かれている。

 こんな楽に稼げるなんて、世の中捨てたものじゃない。

 忘れかけていた純粋無垢な気持ちを思い出しながらも――


「兄貴!? どうして破り捨てるんですか!?」

「詐欺だからだ。即日審査で元本保証? これ以上胡散臭い話はない」

「待ってください! 今なら期間限定でリボルビング払いが出来るって――」

「いや、完全にアウトっすね」


 風と共に散っていくチラシを眺めていると、マーカドがガクリとその場に崩れ落ちている。

 まったく、人間とはつくづく恐ろしいものだ。

 場合によっては、魔物よりも恐ろしい。

 こう考えると、魔王が復活したからと言っても、この世界もまだまだ平和なのだろう。


「さて、ギルドへ向かうぞ」

「へ、へい」


 人混みから離れるように街の西側へ進んでいく。

 西側は旧市街地と呼ばれており、それを示唆するかのように段々と道路の石畳が古くなっている。

 治安は悪くないが、東方面の新市街や北方面の工業区画と比べると建物は古いのが特色か。

 アラゾールの都知事が再開発計画を立ち上げ、旧市街地の家々を建て替えて刷新を図ろうとするも、旧市街地の住民の反発運動により断念した経緯がある。

 反発した理由というのも古い物は残すべきだとか、家賃が高くなるのが嫌だとか様々なのだが、俺としては未だに上水道が整備されていない区画があるのは問題だと思う。


「兄貴、ギルドに着きましたぜ!」

「ああ、わかっている」


 一々そんな大きな声を出さなくても、目の前の平屋建ての物件を見ればわかる。

 元々は警備団の事務所だったらしく、馬用の厩舎があるのもその名残だ。最も厩舎は空っぽで、いずれ古くなり取り壊されることになるだろうが。

 一応『バウンティハンターギルド貿易都市アラゾール支部』というきちんとした名称はあるが、長いせいもありギルドと略されることが多い。

 扉を開けて中に入ると、見知った顔が何人もそこにいた。

 見渡してみると、仕事依頼の掲示板の前の人だかり、トランプ賭博に興じる者達、困り顔の依頼主等、そんないつもの光景がここにある。

 

「フォルス、景気は?」

「普通、だな」

「ははは。どこも大変だもんな」


 そして、同業者と交わす挨拶もいつも同じ言葉だ。

 これは賞金稼ぎの鉄則なのだが、景気を聞かれた際には、必ず『普通』や『それなり』、という感じで答えなければならない。

 仮に儲かっていると言ってしまった場合は強引に奢らされるし、儲かっていないと言ってしまった場合は笑い者にされるからだ。

 賞金稼ぎはどいつもこいつも一癖も二癖もある変わり者だが悪人はいない。

 商人ギルドの実力主義と上司からの圧力に嫌気が差して、わざわざ賞金稼ぎに転職した奴もいるくらいだ。


「はてと」


 挨拶もそこそこにして、カウンターにいる土色の髪の男へ近づく。

 

「マルトロア」


 名前を呼ぶと、読んでいた新聞から目を離してから、奴はこちらへと顔を向ける。

 右目にある片眼鏡の位置を持ち上げてからこう言った。


「何だったか?」

「薬草採集の依頼だ」


 バウンティハンターギルドは公的な機関ではなく、どこにでもある営利法人だ。

 ギルドリーダーというのも言い換えれば支部長といったところか。


「報酬を頼む」


 薬草を集めた籠をカウンターに置くと、マルトロアはカウンターの隅にあった天秤でその重さを測る。


「こんなもんだな」


 そう言いながらも、マルトロアは銀貨を三枚投げ渡す。

 やれやれと思いながらも、手早くそれらをキャッチした。

 本来ならば子どもにでも出来る簡単な仕事だ。

 だが、薬草の群生地には魔物が多く出没し、中には猛毒を持つ奴もいる。

 複数人で行動した方が安全という意味もあるが、毒の治療代や蘇生代で収支がマイナスになっては元子もない。


「どうも」

「無事に報酬ゲットっすね、兄貴!」

「やりましたぜ!」


 銀貨を三人で一枚ずつ等分していると、マルトロアがこんなことを言ってきた。


「緊急の依頼があるんだが、受けるか?」

「緊急?」


 その言葉に、マーカドとジャッカルは嫌そうな顔をする。

 緊急という単語はあまり好きになれない。

 世の中どんなに急いでも解決しないことだってあるのだから――。

緊急の依頼の内容とは?

次回をお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 伸び伸びと楽しそう [気になる点] 特に無し [一言] ここまでしか読んでいませんが、出雲路さんの他の作品よりも楽しく読めています。   ありがとうございます。
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