第三章「前途どころか全部不安な旅路」その7
圧倒的なレベルの差は埋められないけれども、その差を少しでも縮めるための努力をしよう。
そう心に誓ったフォルスなのですが――。
自分がここまで情けない男だとは思わなかった。
よくよく考えれば、最初から無茶だった。
重い荷物を背負い、そして無茶な姿勢で全力疾走をしたのも悪かった。
肉体が悲鳴を上げかと思った次の瞬間、間抜けな悲鳴と共に俺はぶっ倒れた。
暫く地面をのたうち回り、無様で滑稽で、そして哀れな醜態を晒す羽目になるとは。
「肉ばなな?」
「肉離れ、ですの」
ミキナが首を傾げると、彼女の真鍮色の髪が揺れる。
その髪を撫でながらも、プラノは優しく訂正した。
そんな仲睦まじい二人の様子を余所に、俺は小さく呻いていた。
殺虫剤の煙で苦しむ虫だってもう少し大人しくしているだろうに。
「痛いの?」
「ああ。とても痛いかな」
まさか肉離れを起こしてしまうなんざ。
肉体的な痛みよりもどちらかというと精神的な痛みの方が大きかった。
プラノの魔法で損傷自体は治ったものの、右足の痛みはまるで治まる気配がない。
右足はどうやら俺のことが嫌いなのか。
そう言えば、先日スライムの体当たりで折れたのも右足だったか。
よくよく考えると右足は俺と同様にただただ運が悪いだけなのかもしれない。
「もう、ハニーはおっちょこちょいさんですの」
「ああ、そうさ」
「それで歩けますの?」
「何とか」
「私が背負う?」
「いや、大丈夫さ」
困難な旅であるがこうして二人の淑女に心配されるというのは役得というものだろうか。
だが、二人に甘えてばかりいては人としてダメになる。
足が動く以上、しっかりと両の足で大地を踏みしめねば。
「とりあえずは近くにある村まで急ごう。早ければ夕方までには間に合う」
「了解ですの!」
「ところでなんて名前の村?」
「メイル村だな。メイル川の近くにあるからそう名付けられた」
「わかりやすいね」
「まったくだ」
覚えやすい名前ならば、この旅が終わった後の回想でも思い返しやすいだろう。
そして、この足の痛みも回想を引き立ててくれる良いアクセントになってくれるはずだ。
橋を越えて暫く歩いた先には崩れ落ちた家々が見える。
この辺りを何回か通ったことがあるものの、いつ見ても不気味な場所だ。
時折、黒く炭化した壁越しに視線を感じるのは気のせいだろうか。
そっと目を逸らしているとミキナが聞いてくる。
「ここは?」
「元々小さな村だったんだが何年か前に大火事があったらしい。それ以来、ずっとこんな感じで放置されている」
「可哀そう……」
ミキナの率直な感想に思わず頷いてしまう。
誰からも必要とされず野ざらしのまま放置され、そして最後は跡形もなく風化するのだろう。
この場所で起きた悲劇があっただろうに。
そして、時間がすべてを洗い流してくれるまで待っているかのようで、それがどこか人間らしい解決方法に思えてならなかった。
「でも、使えそうな家具もありますの」
火の手から運よく免れたタンスや食料貯蔵用の甕があるものの、劣化が激しいせいで誰も欲しがりはしないだろう。
「言い忘れていたが、こういった家具には気を付けろ」
「どうして?」
「プラノは知っているよな?」
「え? ワタクシは知りませんの」
「おいおい、ファニチャーストーカーぐらい知っているよな?」
一般常識だろという感じで軽く笑っていると、プラノは顔を顰める。
どうしてこんな反応をするんだ?
とっさに身構えると、彼女はこう返してくる。
「え? 何ですの、それ?」
「いや、廃屋のクローゼットや屋根裏、はたまたベッドの下に潜む習性を持った魔物なんだが……」
「何だかメルヘンな魔物ですの」
「ど、どこがメルヘンだ!?」
「だって、いたずらっ子な妖精さんって感じがしません? ミキナちゃんもそう思いません?」
「そう、なの? うん、そうかも……」
如何せん、二人に連携をされると俺も強く返せない。
だが、これは真面目な話だ。
敢えて、強く言い返す。
「あのな、危険な魔物なんだぞ!」
「じゃあ、フォルスさんは戦ったことあるの?」
ミキナのさりげない一言でピタリと思考が止まった。
その一瞬の隙を見逃してもくれず、二人の射貫くような目線がこちらへと向けられる。
観念して正直に答えなければならないようだ。
「……ない」
「ないの? じゃあどんな姿をしているの?」
「それが、その姿もわからないんだ」
「それなのに、怖がっていますの?」
「悪いか。油断している人間を襲う魔物なんざ趣味が悪すぎる」
「そんなに警戒すると疲れますのよ。もっとリラックスしますの」
「そういうもんかな……」
てっきり誰もが知っている常識だと思ったが……。
よく考えれば廃屋にさえ近づかなければいい。
そう考えると何か肩の荷が下りたような気分だ。
「さて、先を急ごう」
廃村を抜けると整備された道が見えてくる。
この辺りには視界を遮る藪や木々は少なく、魔物の住処がありそうな穴ぐらもなさそうだ。
もしかしたら、さっきのように鳥が襲ってくるかもしれない。
空を見上げてみるが、魔物が悠々と飛んでいる様子は見られない。
つかの間の平穏がいつまで続くのだろうか。
ついこの間までは薬草摘みや競売場の警護、屋敷の掃除の仕事なんかもあった。
安酒に満足していた日々を懐かしく思いながらも歩いていると、前方から来た馬車とすれ違う。
荷台には野菜が積まれており、方角からしてアラゾールの街へ卸に行くのだろう。
道を譲りながらも馬車を見送っていると、プラノがぽそりと呟く。
「さっきの戦いで一般の人を巻き込んでしまったらと思うとぞっとしますの」
「ああ……」
気を付けなくてはならないことが盛り沢山だ。
なるべく目立たないように情報を集め、移動の際にも再三の注意を払い、そして魔王を討伐する。
勇者ならば声援と共に華々しく旅路を進めるだろうが、俺のやっていることはどちらかというと暗殺者の類に近いような。
「ハニー、どうされましたの?」
「頭痛と足の痛みがデュエットをしているだけだ」
「とってもおしゃれさんですのね」
「そうだな。アンコールは勘弁して貰いたいものだ。痛み止めの魔法を使ってくれると助かるが」
「麻酔の魔法は危ないですのよ? 一時的な痛みが解消されますが、暫くの間感覚が麻痺しますの」
「そいつはマズいな」
そんな状態ではロクに戦えないだろう。
魔法ばかりに頼るのも危ないなと思っていると、ミキナが尋ねてくる。
「ねえ、痛いってどんな感じなの?」
――?
思わずプラノに目線を送る。
どう答えればいいんだ?
そんな俺の疑問に対して彼女は……。
「ハニー、ごめんなさいですの!」
「ほぎゃあ!?」
何故かプラノが俺の頬を平手打ちした。
当然、レベルに差がありすぎるため革の鞭で引っ叩かれたような激痛に襲われる。
頬の痛みが甲高く独唱している中、プラノが小さく頭を下げる。
「プラノちゃん。あの屈強で、でも最近は雑魚ザコ君なハニーが苦しんでいますの。これが痛みですの」
「辛そうだね」
「ああ、そうだよ」
良い教材となれたようで何よりだ。
だが、わざわざ俺を引っ叩く必要性があったのだろうか。
「私、痛覚がないから」
「痛みを感じないということですの?」
「うん。オミットされたの」
「取り除かれたっていうことか……」
自身の損傷を気にせず戦える――。
俺としては少しも羨ましく思えないが、戦うことを生業としている者からすれば垂涎ものだろう。
痛みという概念があるからこそ他人を傷つけることを躊躇い、そして優しさや平和が生まれるはずだ。
プラノも俺と同意見らしく、彼女の明るかった顔に悲しみの陰が降りる。
それでも、彼女はそう簡単に希望を見失うほど弱くはなかった。
「ミキナちゃん。大切な物を無くしたら悲しみますの?」
「うん。悲しい」
すると、プラノは俺の方に目線を向ける。
柔らかく優しい笑みだ。
慈愛に満ちたその顔は、清らかな美しさで輝いていた。
「ハニー。ミキナちゃんには優しい心がありますの」
「え、あ、そうか。そういうことか」
「ミキナちゃん。大切な物を手放さない心を忘れないで欲しいですの」
「うん!」
ミキナが大きく頷く。
そう、彼女は人間と大きく違っているがそれでも心がある。
そして、彼女には味覚もあったか。
ならば、それで十分じゃないか。
今もなお痛む頬を抑えながらも、意気揚々と歩いていく。
やがて、日が落ちてきたその頃ミキナが声を上げる。
「ねえ、あれが村かな?」
ミキナの指さした方を見ると、目的のメイル村が見えてきた。
夕日に染まる村は牧歌的な雰囲気を醸し出しており、魔物とは無縁の世界を演出しているかのようだ。
「着いたみたいだな」
長い旅だったなと感慨に耽るも、まだ旅が始まってから一日しか経っていない。
痛む身体を引きずりながらも、喜び勇んで走り出すプラノとミキナを追うことにした。
如何でしたか?
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それでは今後ともフォルス達の活躍をお楽しみに。




