第三章「前途どころか全部不安な旅路」その6
何とか巨鳥を退けたフォルス達。
彼らの冒険が再開しますが、また妙なハプニングに遭遇しなければよいのですが……。
突如現れた巨鳥――。
名前すらもわからない魔物だったが、街一つを簡単に壊滅出来る力を持っていたのは確かだ。
今はほんのわずかに寿命が延びたのを安堵するだけだが、冒険が始まったばかりだというのにあんな化け物に襲われる羽目になるとは。
果たしてこの悪運がどこまで続くのだろうか。
既に数十年分の運を使い切ってしまったような感じが否めない。
「ん……。あれ?」
不安な未来を憂いていると気絶していたプラノが目を覚ました。
そして、元気よく起き上がると開口一番にこんなことを聞いてきた。
「勝ちましたのよね?」
「ああ。プラノとミキナのおかげで勝てた」
「うん。プラノありがと」
「ふふん、とっておきの技ですもの! で、ミキナちゃんはどうやって勝ちましたの!?」
「お、お、俺から説明しよう! ずとん、と吹き飛ばしたんだよな?」
「え?」
キョトンとしているミキナに対して、俺は『そういうことにしてくれ』という目線を送る。
ややあって、ミキナは俺の心境を察してくれたのかこう言ってくれた。
「うん。解釈によっては、吹き飛んだって意味で合っているかも」
「おお! 流石ミキナちゃんですの!」
二人が手を取り合って踊っているのを見ていると、正直に説明しなくてよかったものだ。
あんな気味の悪い最期を語らなくてはと思うと胃が痛くなりそうだ。
それにしても終極武装とは一体何なのか?
ただ単に敵を倒すためならば、超大な火力や爆発で消し飛ばせばいい。
だが、あの悪夢と破滅のロマンチカとやらはおぞましい現象を発生させ、巨鳥を文字通り跡形もなく消し去ってしまった。
毒を以て毒を制すとあるように、魔物を倒すためならばある程度こちらも魔物達の使う邪悪な魔法を理解する必要がある。
だが、終極武装はそれとはまるで別次元のものにしか見えない。
それこそ、人々が古くから恐れる魔王の所業のようにも――。
「それにしても散々ですの!」
プラノの声でハッと我に返る。
彼女はぷりぷりと怒りながらもジャーキーを齧っていた。
まるで八つ当たりをしているかのようで、すぐ隣にいるミキナも真似するかのようにジャーキーを頬張る。
「ああ。まさかあんなデカい鳥がいるとはな……」
「魔王の仕業ですの! 絶対にハニーを狙っていますの!」
「俺を狙っているんだったら、もう少しマシな刺客を寄越すと思うが」
「どうして?」
「どうしてですの!」
ミキナとプラノの双方が俺の方へと詰め寄る。
手にジャーキーを持ち、食べるか喋るかのどちらかにして貰いたいものだ。
「さっきの鳥はあまりにもデカい。そのおかげで、こっちもきちんと迎撃態勢を取ることが出来たくらいだ。もし人を暗殺するんだったら、おあつらえ向きの魔物なんざ山のようにいる」
「た、確かにそうですの!」
「恐らく、偶然ランページインコに呼ばれただけだろう。魔法が効かない強敵だったから、親玉が来たといったところか」
「そうなの?」
「あくまでも俺の推測だ。今喜ぶべきなのは、魔物の援軍が来ないところだろう」
「そうですものね。連戦するのは大変ですもの」
「本気で俺の命を狙うのならば、それこそ物量作戦でいいだろう」
そうだ、よく考えれば物量作戦でいいはずだ。
それこそ、ハイレベル化現象の一番の利点だ。
あのスライムですら脅威へと化すのだから。
しかし、そう考えると魔王は一体何を企んでいるのか。
その前に、俺は何か間違っているのだろうか。
「なるほどですの」
「さて、メイル川を越えたらその先に村がある。今日はそこで休もう」
「うん」
休憩もそこそこにして、再度徒歩での旅が始まる。
プラノも文句を言うことなくきちんとついて来てくれて――いや、ジャーキーを齧っているから大人しいだけのようだ。
長い旅になる以上、やはりモチベーションを維持するというのも難しいものだ。
適度に休みながらも、夜の時間にだけは気を付けて進行速度を調整しなければ。
スケジュール管理にプラノやミキナとのコミュニケーションの他にも、旅先でのお土産やグルメに関しても情報を仕入れなければ。
各地を放浪する劇団のマネージャーの苦労話を思い出してしまう。
まったく、魔物との戦闘以外でも気を遣わなくてはならないとは。
無言で歩き続ける中、やがてメイル川が見えてきた。
泳ぐならともかく、橋の上を渡れば魔物と出くわす危険性は皆無だ。
水中の魔物と戦うなんざまっぴらごめんでもある。
胸を撫で下ろしていると、ミキナがこんなことを尋ねてきた。
「フォルスさん。魔王って強いの?」
「そりゃあ強いだろうな」
「具体的には?」
「ぐ、具体的にはって――」
「私も気になりますの。これから挑む相手について知っておくのも重要ですもの」
実にごもっともな意見だ。
抜き打ちの試験が如何に残酷な所業であるかを身をもって味わっているのだから。
だが、彼女達の期待に添える話を出来るかというと――。
「まず話しておくが、過去に人類を脅かした魔王についての詳細はイミアステラ王国においては機密事項だ。一般人は勿論、貴族ですら知る者はいない」
「ど、どうしてですの?」
「俺も詳しくはわからない。だが、聞いた話によると魔王のことが一般人の間に知れ渡るのが問題らしい」
「何が問題なの?」
「魔王が人々の恐怖を糧にするとのことだ。下手に魔王についての噂が広まってしまうと尾ひれが付いてロクなことはないだろうし。まあ、その話そのものが本当かどうかもわからないが」
「なるほどですの。魔王ならばそんなことをしてきそうですもの!」
「王国が正式に勇者と認められた者だけに魔王の情報が開示されるそうだ。勇敢な勇者様ならば問題ないという判断だろうな」
個人的に疑問なのが勇者を辞退した時にはその情報は魔法で無理矢理忘却されるのだろうか。
機密事項だからそれぐらいはするだろうし、そもそも勇者を辞退するというのも前代未聞ではあるが。
「ふうん……」
プラノが興奮する中、ミキナは首を傾げている。
どこかつまらなそうな、そんなようにも見えるのは気のせいなのだろうか……。
何にせよ彼女はデウス・エクス・マキナのご令嬢様だ。
終極武装も他にもまだまだ種類がある以上、例え魔王が相手でも余裕なのかもしれない。
「あと、俺が知っているのが、当時の勇者は辛くも魔王を封印する他なかったということだ」
「倒せなかったの?」
「ああ。あまりにも強く、トドメを刺せなかったとか。次の世代に任せる他なかったとのことだ」
「押し付けられたということですの?」
「そんなもんだな」
ただ押し付けられたという訳でもない。
魔王の復活に備えて、潤沢な国庫を惜しみなく使った王立勇者学校とやらも設立された。
ついこの間までは、仮に魔王が復活しても俺よりも優秀で勇敢で、おまけに最高の環境で育てられた勇者様が魔王を倒してくれると信じていた。
だが、どうにも現実は俺にだけ残酷なようだ。
すべてが思うままにいかず、手で顔を覆いながらも逆風の中を進まされている。
しかし、何もかもから見捨てられたという訳ではない。
プラノとミキナが今も俺について来てくれている以上、例えどんな風が吹こうとも立ち向かってやるか。
「ワタクシが向こう岸に一番乗りですの!」
「負けない……」
そう言いながらもプラノが全力で駆け出す。
彼女の走るフォームはまるでなっていない。
もう少し腕を高く振り、やや前傾になった方がもう少し速度が出るだろう。
だが、俺のそんな忠告が不要なほどに彼女は速かった。
走った際に生じた衝撃波が木製の橋を揺らし、ギシリという嫌な音が一瞬聞こえたような気がした。
嗚呼、またレベルが上がったに違いない。
ますます距離が離されていくのだなと思っていると、ミキナの姿が一瞬にして消えた。
「ん?」
さっきまで俺の傍にいたというのに。
その俺の疑問に応えてくれるかのように豪風の鳴り渡る音がした。
再度ギシリという聞きたくもない音がしたかと思いきや、一瞬にしてミキナがプラノを追い越した姿だけが目に見えた。
二人ともある程度の荷物を背負っていて、なおかつあの戦いの後だというのに。
負けてしまいがっくりと肩を落とすプラノと、どこか嬉しそうに跳ねているミキナを見ていると非常に複雑な気分だ。
明るく笑い合っている彼女達には悪いが、人間卒業アスレチック大会の前座でも見せられたかのようだ。
「ハニー! 置いていきますの~!」
プラノが大きな声で呼びかけてくる。
ああ、わかっている。
もうとっくの昔に置いて行かれているのだ。
つい先日まで、彼女は俺の背中をちょこちょことついて来る雛鳥のような存在だったというのに。
どうにも口で説明出来ないこの複雑な感情をどうしてくれようか。
とりあえずは、俺も走るしかないのだろう。
追いつかないと分かっている以上、ならば少しでも距離を縮めるための努力をしなくては。
そんな訳で俺も彼女達のように元気よく走り出す。
若い頃、事あるごとに走らされたものだ。
久々に全力疾走をしてみると、心地よい風が身体にまとわりつく。
ほんの少しだけ若返ったような、そんな錯覚と共にひたすら足を動かしていった――。
如何でしたか?
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それでは今後ともフォルス達の活躍をお楽しみに。




