第一章「これまでは平凡な日常だった」その1
主人公フォルスがミキナと出会う前の日常のお話となります。
自由気ままな賞金稼ぎの生活をお楽しみください。
賞金稼ぎというのは思った以上に退屈な仕事だ。
頼まれたことを片づけて、金を貰い、安酒を飲んで一日を終える。
仕事の内容もまた力仕事や厄介ごとが大半であるため、それなりの腕がないと食っていけない。
もっとも剣術や魔法に自信があるならば賭博都市アポルステアにある闘技場の闘士として活躍すればいい。
それよりも安全で高給取りを目指したいならば、サラナトゥス大陸一の王国でもあるイミアステラの宮殿に仕えた方が手っ取り早いだろう。退官後も安定した生活保障が貰えるというおまけつきだ。
一方で賞金稼ぎはリスクが高すぎる。
魔物狩りや野盗退治の仕事はそれなりに稼げるが、仕事がない時は子守りや薪割りをすることもある。
自由というよりもいい加減で、将来性がなく、ただただしぶといだけの根無し草――。
それでも俺達のような世間からのはみだし者にも一応の需要はあるのだから、まだまだ世の中捨てたものではないとも思っている。
そして、今日もまた地味で退屈で、面倒な仕事が始まるのだ。
「ヒェッヒェッヒェ!」
奇抜な笑い声がすぐ隣から聞こえてきた。
誰もが不気味に思うかもしれないが、俺からすれば人生を満喫している喜びを表している、聞いているとどこか羨ましさすら感じられる声だ。
声の方を向くと、そこにはモヒカン頭の男が鎌を振り回している。
背中にはニワトリと蛇のタトゥーが刻まれ、そこからコカトリスのマーカドという通り名が付けられていた。
見るからに凶悪な顔で、夜中に道端で出会ったらさぞかし驚くことだろう。
「マーカド」
「あ、兄貴!」
マーカドは手を止め、ピシッと敬礼を返してくる。
出会った当初はガンを飛ばしてくる奴だったが、今では過剰なまでに敬意を払ってくれる。
賞金稼ぎは気楽な所だけが利点だが、覚悟しなければならないのは、マーカドのようなアクの強い連中と仲良くすることぐらいか。
「頑張っているな」
「はい! こう、ばっちりと!」
籠の中には採取した草が山盛りになっている。
ふざけているようで、真面目に仕事をこなしているようだ。
まあ、傍から見ると怪しい草を集めているように思われるが、薬草採集というきちんとした仕事だ。
『古来より、イミアステラ王国が建国された頃から行われている。誉れ高き仕事、だ』
仕事を斡旋してくれたギルドリーダーの顔を思い出してしまう。
誉れ高い仕事ならば、もう少し報酬を高くして貰いたいものだ。
そんなことを考えていると、マーカドがこんなことを言ってきた。
「兄貴も強いんですから、もう少し割のいい仕事をしませんかい!」
「例えば?」
「魔物退治の仕事ですぜ!」
「そりゃあ、勇者様の仕事だろうに」
魔王が太古の復活から目覚めたのは大体一年ほど前だろうか。
その魔王を倒すべく、勇者一行は今も魔王退治の旅を行っているはずだ。
誰からも愛され、行く先々の街や村で手厚い歓迎を受けているに違いない。
「そう言えば、兄貴は勇者が嫌いなんでしたね……」
しょんぼりと顔を伏せているマーカドを見ていると、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「わ、悪い」
「でも、兄貴は勇者なんかよりも全然凄いですぜ! なんせあのオマアビがありますし!」
「オマアビね……」
オマアビもピンからキリまである。
必ずしも戦いの役に立つわけではないし、マーカドの場合にはヒヨコの雌雄を瞬時に見極めることができるといった感じだ。
しかし、未だに甘えびと聞き間違えそうになるのは俺だけなのだろうか。
「それにしても、いつになっても勇者様が魔王を倒してくれないのは困るな」
すると、マーカドが目を大きく見開く。
その驚きの表情を見ていると、妙な焦りの感情に苛まれてしまう。
「兄貴、知らないんすか?」
「え?」
一体どういう意味だろうか。
マーカドに聞き返そうとしたその時だった。
「フォルスの兄貴―っ!」
遠くから声がする。
必死に助けを乞うこの声も聞きなれたものだ。
「ジャックルの奴ですぜ?」
「間違って鎌で怪我でもしたのか」
「行ってみましょうぜ」
急いで声の方向へと向かうと、そこにはアフロヘアーで身体にいくつもの革ベルトをこれでもかと巻き付けている筋骨隆々の男がいた。
「ジャックル?」
「兄貴、魔物っすよ!」
草むらから現れたのは茶色の毛の大きなネズミだった。
ハミングマウスという魔物で、鼻歌を囀るような鳴き声が特徴だ。
現に今もむーむーと鳴き続けている。
「おいおい、これぐらいの雑魚で怖がるなって」
「無理っす! ネズミ苦手なんすから!」
やれやれだ。
これぐらい足で蹴飛ばせば何とかなる、と思っていると――。
「兄貴、まずいですぜ!」
ハミングマウスの仲間を呼ぶ習性をすっかり忘れていた。
次から次へと草むらから出て来るネズミの群れ。
奴らの鳴き声が合唱となり、盛大にお祝いでもしてくれているかのようだ。
冒険者のトラウマとしても有名だったか。
ああ、見ているだけでもうんざりしてくる。
「あばばば……」
ショックのせいで気を失ったジャックルを見ていると、うんざりという感情で済んでいる俺は幸せ者かもしれない。
幸いにも奴らは積極的に人を襲いはしないが、敵と見なした者は縄張りから出てくまでしつこく攻撃してくる習性もある。
「ああ、どうしましょうか!」
マーカドも慌て驚き、抱えている薬草の入った籠を抱えて右往左往している。
鎌を置いてきてしまった辺り、戦えるのは俺しかいないようだ。
「仕方ない」
「兄貴、例のやつですね!」
マーカドのはしゃぐ声を背に、静かに呼吸を整える。
精神を刃のように研ぎ澄ませていると、例の声が聞こえる。
『サーバー【ヴァルカン】にアクセス――』
意識を集中させ欲しい兵器を頭に思い浮かべたその時、空間が歪み、そこから現れたものを右手で掴む。
「兄貴、そいつは!?」
「ぐれねーどらんちゃーだ」
名称を答えるも、兵器についての詳細は正直よくわからない。
見た目は金属製の筒に取っ手やらをごちゃごちゃ取り付けたようなものだが、素人目でも高性能な技術で製作されていることだけは理解できる。
少なくとも、このサラナトゥスの大地でもこの兵器を作れる人間は一人もいないだろう。
「さてと、こうだったな」
使い方は手に取るようにわかる。
頭の中にぐれねーどらんちゃーを手にしたマネキンの映像が流れ込み、その通りにやるだけだ。
そして、この兵器の攻撃方法は標準を合わせて、引き金を引く、という単純なものだ。
引き金を引いたその瞬間、弾頭が高速で射出された。
ネズミの群れの中心へと着弾すると同時に、爆音が周囲を焦がすように鳴り渡る。
強烈な衝撃を目の前にして、ネズミ達は逃げる他に手段はなかった。
あっという間に逃げ去っていく魔物を尻目に、俺はジャックルの脛を軽く蹴る。
「おい、ジャックル。起きろ」
「兄貴、ネズミ達は――」
「逃げて行ったよ」
「おお、兄貴は最強っす!」
そう言いながらも、ジャックルは何事もなかったかのように立ち上がる。
本当に調子のよい奴だ。
「おっと、返しておくか」
指を鳴らすと手にしていたぐれねーどらんちゃーは煙のように消え去った。
ずっと手にしていても大丈夫なのが、間違って引き金を引いてしまうと思うと早めに戻しておいた方が安全だからだ。
「さて、奴らがまた戻ってきたら厄介だ。薬草を持って帰るぞ」
「了解っす!」
それぞれが薬草を持った籠を手にし、街まで戻ることにした。
まだ日は高く、そのせいか少々気温が高い。
今日の酒は格段に美味いだろう。
マーカドとジャックルも、今日飲む酒の話で盛り上がっていた。
意気揚々と帰り道を進む中、俺はマーカドに何となく尋ねてみる。
「そうだ、マーカド。勇者様は今どうしているんだ?」
「魔王討伐に失敗して、今は三十人目の勇者が旅立ったばかりですぜ」
「は?」
そんなことはありえない。
勇者はその予備も含めて、全員が俺以上に優秀な存在だ。
だからこそ、誰しもが憧れる。
皆の希望の象徴と言ってもいい。
なのに、何故――?
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