第三章「前途どころか全部不安な旅路」その3
ランページインコを辛くも撃退したフォルス達に襲い掛かる魔の手とは?
昔俺がガキの頃に祖父から竜退治の話を聞かせて貰ったことがある。
若い頃の祖父は剣持ちという、いわばお偉方の従者をしていた。
そのお偉方というのが、ある日気まぐれで竜を退治に行くと言い出し、当然祖父もそれに同行する羽目になってしまった。
大勢の従者を引き連れて野を越え、山を越え、そして遠路はるばる竜の住処へと向かった。
当然その道中は魔物との戦いがあった他、山での遭難や食料が不足したといった様々なアクシデントがあったとのことだ。
当時の俺としては、どんな竜だったのか。どうやって竜を倒したのかが知りたかったが、祖父は頑なに教えてくれなかった。
ただ、生きて帰ってこられた。
それで、今ここにお前がいる。
と言いながらも、祖父は俺の頭を何度も撫でてくれた。
今になって、祖父が何を伝えたかったのかが何となくわかる。
自身の栄光のために自身や他者を巻き込んではいけない。
栄光よりも大切な物は他にもあるのだから。
「ハニー?」
「ああ、すまない」
栄光なんざどうでもいいから、どうにかして助かりたい。
空を悠々と飛んでいる巨大な鳥を見ていると、かつての祖父も似たような思いを抱いていたのだろうか。
「こっちに向かってきている?」
「おいおい、勘弁してくれ。何も悪いことなんざ……」
と言いかけるも、俺には心当たりがあった。
先程襲ってきたランページインコの一羽が逃げて行った。
もしかすると、住処に戻って仲間を呼んだのではないだろうか。
あの鳥もちょうど北の方面から来ている以上、たまたま偶然あんな神話レベルの化け物の空中散歩に出くわしたという訳でもなさそうだ。
「フォルスさん。あれはどんな魔物?」
「流石にわからないな……」
「そんな! 魔物博士のハニーですらわからないですの!?」
「勝手に博士にしないでくれ……。俺はあれだ、昔試験でひたすら魔物について勉強しただけだ」
「そうなると、教科書以外の魔物には興味はなかったということですの?」
「ぐっ!?」
プラノの的確な発言に対し、小さく項垂れるしかなかった。
ああ、まさにその通りだ。
魔物学という講義が無ければ、俺は魔物についての知識を得ようとも思わなかっただろう。
「ハニー。人生は教科書がすべてではないですの」
「ははは、その言葉をもう少し早く聞きたかったところだ」
「二人とも、来てるよ」
さて、そうこうしているうちにミキナの言う通り巨鳥が近づいて来ている。
ようやくその姿を目で捉えることが出来たが、ただ単にデカいだけの鳥ではなかった。
まず驚いたのが、全身に苔や菌類が至る所に張り付いている点だろうか。
まるで今の今まで長年野ざらしにされていた遺物が目覚めたという印象だ。
「ちゃんと水浴びをしていないですの」
「そうかもな」
巨鳥は翼を羽ばたかせると共に、付着していた汚れを周囲へと巻き散らしている。
迷惑極まりないが奴はまるで気にすることもなく、そして誰も咎めることは出来ないだろう。
「迎撃する?」
「あのまま放置していたら周囲にどんな被害が出るかわからない。しかし、俺達と出くわすことで、奴のレベルが上がってしまうな……」
何とか奴に気づかれないよう奇襲を仕掛けられればいいのだが。
しかし、俺のそんな目論見は一瞬にして崩れ落ちる。
「気づかれたみたい」
「え?」
見てみると巨鳥が全身から見たくもない金色の闘気を放っていた。
大分距離が離れているというのに、どうやら俺達を視認したというのか。
「鳥は目が良いですの」
「そうだったな……」
「フォルスさん。早く攻撃しよう」
「わかっている。どんな武器を出す?」
「設置式対飛行型巨獣用高射砲をお願い」
「お、おう」
ミキナに言われるがまま、サーバー【ヴァルカン】に兵器をリクエストする。
そして、目の前に現れた物を見てポカンと口を開くしかなかった。
「こんな兵器もあるんだな」
設置式という以上台座がついているのはわかるが、それにしては備え付けられた砲の大きさに驚かされる。
用途としては、高度にいる敵への攻撃に特化した大砲といったところか。
「もっと強力な兵器があるけど、フォルスさんはそういうの嫌でしょ?」
「そりゃあな」
「それが一番。二人とも出来るだけ離れてから、耳を塞いで。あと、地面に伏せておいた方がいい」
「そうさせてもらうよ」
指示通り、ある程度離れた場所に退避しておく。
すると、ミキナは自身の背骨から銀色の糸を伸ばし、それを高射砲の内部へと潜り込ませていた。
「あの兵器ならば大丈夫ですの」
「それならばいいのだが」
すると、ミキナが片手を大きく上げた。
どうやら敵を攻撃するという合図だろう。
両耳を塞いで腹ばいになって伏せていると、高射砲が火を噴き全身を貫く爆音が辺りに響き渡る。
見てみると、高速で射出された砲弾が巨鳥へと直撃した。
その巨体のせいか回避することも難しく、次から次へと放たれた砲弾が吸い込まれるように命中していった。
あまりの音の大きさに耳をしっかり塞いでいても全身の水分が震え、隣にいるプラノは苦しそうに目を回している。
だが、俺としては興奮していた。
ガキの頃に夜空に上がる花火を思い出してしまう。
破裂音と共に漆黒の闇に咲く満開の花を初めて見た時は、やたらとはしゃいでいた記憶が微かに残っている。
胸のすかっとするような爽快感と共に巨鳥を見てみるも、爆ぜた砲弾の煙のせいで確認が出来ない。
じれったい気持ちを押し殺して待っていると、煙が薄れて奴の姿が見えたが――。
「何っ!?」
あれだけの砲撃を受けたというのに、巨鳥は平然としている。
そして、何の問題もなく翼を上下させてこちらへと向かっていた。
少なくとも相応のダメージは与えたと思ったが、これもハイレベル化現象によってさらに強固となったせいだろうか。
「もの凄く頑丈ですの……」
「誘導性はないけど、連射性と貫通性には自信があったのに」
「次の兵器を出すか――」
「ハニー! ミキナちゃん! 魔法の予兆がしますの!」
「なんだと!?」
恐らくは巨鳥が魔法を放とうとしているのだろう。
ミキナの腕を引っ張りながらも、三人でその場から撤退したその時だった。
低い、低い音が聞こえた。
耳鳴りに近く、何か不気味で不穏で、とにかく不快な音だった。
耳にしているだけで逃げなければという生存本能が刺激され、必死に足を動かしながらも、後ろをちらりと振り返ってみる。
すると、高射砲の上空に真っ黒な球体が浮かんでいた。
その球体が音を放っているらしく、暫くするとその球体が一点に凝縮し、そして爆ぜた――。
黒い光が電撃となって高射砲へと直撃し、火花の激しく散る音と共に周囲から静寂を奪っていく。
光の明滅で目を閉じてしまい、恐る恐る目を開けてみるとあれだけの存在感を放っていた高射砲が影も形も無くなっていた。
「とんでもない魔法ですの……」
「ああ。だが意図的にこちらへの魔法攻撃を避けたようだな」
「どうしてですの?」
「さっきのランページインコとの戦いで、ミキナへの魔法攻撃は無意味と理解しているのだろう」
「高射砲君が可哀そう……」
ミキナはとても悲しいらしく、こめかみから伸びていたアンテナが曲がりしょんぼりとした感情を示していた。
「肉弾戦に持ち込まれたマズいな。ミキナ、次の兵器を用意するか?」
すると、ミキナは小さく首を横に振る。
「生半可な兵器は効かないと思う」
「そ、そうか」
「終極武装を使うよ」
ミキナは誰かに向かってそう語りかける。
少なくとも、その対象は俺とプラノではないようだ。
もしやと思い、背後を振り向くと、そこには――。
強敵を前に、ミキナが奥の手を解禁するようです。
さて、最後に現れたのはどこの誰っちなのでしょうか?
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それでは今後ともフォルス達の活躍をお楽しみに。




