第三章「前途どころか全部不安な旅路」その1
高レベルな魔物が襲い掛かり、しかも自分だけがレベルアップ出来ない『ハイレベル化現象』の謎を解き明かすため、フォルスはシスターのプラノ、そしてデウス・エクス・マキナの娘であるミキナと共に旅に出た。そして、旅立って間もなく、プラノがあることを言い出した。
王都までの道のりは長い。
空間湾曲転移魔法を使えばいいかもしれないが、王都周辺には魔物の軍勢の奇襲に備えて魔法での転移を妨げる様々な措置が施されているらしい。
どのみち魔王がどこにいるかわからない以上、一歩一歩地道に魔王についての情報を得るべきだろう。
「ハニー。疲れましたの」
「え、もう疲れたのか? 冒険が始まってから二時間ほどしか経っていないが」
「二時間も歩いていますの! 流石に疲れますの!」
プラノは身に着けているトゥニカの埃を払ってから抗議してくる。
レベルが俺の倍以上あるのだが、レベルが高くても肉体的疲労からは免れることは出来ないというわけか。
「だらしない」
ミキナがポツリと呟く。
その真鍮色の長髪が風で靡いており、その幻想的な雰囲気に思わず目を奪われてしまう。
「むう、ところでミキナちゃんは疲れないの?」
「うん。長時間の作戦でも支障が生じないように設計されているみたいだから」
「もう、またよくわからないことを言っていますの~」
プラノは笑いながらも、ミキナの頬を指で突いている。
冗談にしか聞こえないが、よくよく考えてみると恐ろしいことを言っている。
長時間の作戦――。
よもや戦略的な行動のことを指しているのだろうか?
「少し休むか」
遠足をしている訳ではないというのに。
だが、あまり急ぎすぎても途中で疲れてしまう。
周辺はただただ広い草原が広がっている。
遮蔽物もなく、隠れて襲ってくる魔物もいないと思うとそれだけで安心してしまう。
草の上に腰を下ろすと、彼女達もすぐ近くに腰を下ろした。
「はて、休憩ついでにこれからの目的地について整理しておこう」
「はいですの」
「どこ行くの?」
「王都へ向かうために東へと進んでいく」
「北にある都市には行きませんの?」
プラノが質問してくる。
確かに北には都市があるのだが……。
「オルゲートか。あそこは後回しでいいだろう。道中が森になっているし、生息している魔物も手強い」
「でも、もしかしたら魔王の情報が得られるかもしれないですの」
尋ねてくるプラノを見ていると、どうやら事情を知らないようだ。
やれやれと思いながらも呼吸を整える。
「いいか、プラノ。確かに北にはサラナトゥス大陸の七大都市の一つがある」
「七大都市?」
ミキナの問いかけに頷きながらも話を続ける。
「各都市を治めている知事はイミアステラ王国に忠誠を誓い、王国も魔物の襲撃などの緊急時には各都市に軍を派遣するという関係だ。だが、オルゲートは違う」
「え、そうですの?」
「オルゲートは別名武術都市とも呼ばれている」
「武術、都市?」
頭にハテナを浮かべているような顔をしているミキナの気持ちもよくわかる。
俺も初めて耳にした時に似たような顔をしていたかもしれない。
「市民の殆どが自給自足の生活をしている。そして空いた時間で皆武術の鍛錬をしているそうだ」
「ぶ、武術ですの?」
「ああ。素手で岩を叩き砕いたり、蹴りで大木をへし折るなんてのは朝飯前だそうだ」
「凄いね」
「ただ、あまり外界には興味がないらしく、王国の援助や救援も断っているそうだ。そもそも一般人がオルゲートに入れるかどうかすらわからない」
「全然知らなかったですの……」
「歩いても一週間以上は掛かるし、ある意味辺境だからな。はてと、話を戻そう」
やれやれ、冒険の前に地理の勉強とは。
改めて振り返るのも悪くないだろう。
「王都に向かう途中はどうしても山道を越えなくてはならないのが厄介だな」
「船でもいけますの」
「そうだな。アラゾールから西にある港町へ行き、そこから船に乗って海路にて王都を目指せるが――」
そこまで口にすると、ミキナが頭の触角をピコピコと大きく揺らしていることに気が付いた。
「ミキナ、どうした?」
「ミキナちゃんのアンテナが揺れていますの! 気持ちが高ぶっているそうですの!」
「あんてな、というのか……」
角の類ではないのか。
それにしても、犬の尻尾そっくりなのは可愛げがあるものだ。
「海。見てみたい」
静かな声だったが、どことなく期待の感情が籠っていた。
「ミキナ、悪いが海はかなり危険だ。ハイレベル化現象のせいで、当然海の魔物も凶悪な存在になる。船なんざものの数秒で海の藻屑となる」
「残念」
ミキナのアンテナが小さく項垂れる。
意外にも感情表現が豊かなようだ。
「すまない。あとは徒歩で王都を目指すとなると急いでも一か月は掛かるだろう。最も魔王を探す旅である以上、道中で情報収集を行うとなると二、三か月は掛かる」
「長旅ですのね」
「辛いと思ったら、いつでも抜けていい。ミキナ、君も無理だと思ったら遠慮なく言ってくれ」
「ワタクシは絶対に逃げないですの! そもそも、ハニー一人では魔物にも勝てないですの」
「確かにそうかもしれない。でも――」
「でも?」
「出来るならば最後まで抗いたい。それだけだ」
「もう、ハニーったら格好つけ屋さんですの!」
その瞬間、衝撃と共に身体が草地へと叩きつけられた。
「ふげっ!?」
突然の出来事に、ただただ間抜けな声を出すことしか出来なかった。
鼻孔が土の香りで一杯になったところで、ようやく事態を把握できた。
どうやら、プラノが俺の背中を叩いただけのようだ。
「ごめんなさいですの!」
「いや、大丈夫だ」
レベルに差があるとはいっても、こんな目に遭うとは思いもしなかった。
もしも本気で俺に殴り掛かったのならば、身体が地面にめり込んでいたかもしれない。
上体を起こすと、心配そうにこちらを見てくる二人の姿が目に入った。
「今度は気を付けてくれると助かる」
「は、はいですの!」
魔王とご対面する前にプラノのじゃれつきで何度死にかけるのやら。
ぼんやりと考えていると、プラノが荷物からジャーキーを取り出している。
「ミキナちゃん。食べる?」
「うん」
「はい。それとハニーにも」
「悪いな」
ジャーキーを齧りながらもぼんやりと空を眺める。
今日は良い天気だなと月並みな感想を抱いていると――。
「しょっぱい」
「ゆっくり齧って味わうのがコツですのよ」
じっくりと味わってみるが、肉の味よりも塩の味が口の中に広がっているせいで、馬の肉なのか牛の肉なのか判断できない。
保存食である以上贅沢は言えないのだが、水が飲みたくなるのは少々問題か。
「そうですの!」
プラノはジャーキーを食べ終えてから何かを思いついたのかポンと手を叩く。
「ハニー。兵器を呼び出せるならば、移動できる物も呼び出せませんの?」
「移動できるもの?」
「例えば、車輪付きの大砲とか」
「確かにそういった大砲があっても不思議じゃないが、重い物を運ぶことを目的としている以上素早く移動は出来ないだろう」
同意を求めるようにミキナに目線を向ける。
うん、という頷きを期待していたが、彼女の反応は少し違っていた。
「残念だけど、車両や戦車の類はサーバー【ガレージ】にアクセスしないといけない」
「が、がれーじ?」
「うん。私は【ガレージ】のアクセス権限は許可されていないから――」
「楽は出来ないということか」
ミキナも万能の力を持っているというわけではないようだ。
いや、待てよ。
許可されていないというと、父であるデウっちが他のさーばーのアクセス権限とやらを与えているということか。
あまり過ぎた力を持たせるというのも親心なのだろうか。
「ん?」
ふととんでもない矛盾に気が付いてしまった。
それだったら何故【コー・ラシー】という物騒なもののアクセス権限を与えているのだろうか……。
「でも、他に楽をする方法はあるよ」
「どんな?」
「【ヴァルカン】にアクセスして、重爆撃特化型光学迷彩搭載式偵察ドローンを呼び出して」
「え? ごめんもう一度」
「偵察ドローンでいいかな」
「お、おう」
言われるがままに、サーバー【ヴァルカン】からすてるすどろーんを呼び出す。
「これは?」
目の前にあるカラクリを指さしてミキナに尋ねる。
見れば見るほど奇抜なカラクリだ。
全体が滑らかな金属に覆われており、上部には四つの風車のような羽が取り付けられていた。
大きさは一抱えほどあり、どういった用途の兵器なのかが気になって仕方ない。
「これで偵察をするのか?」
「うん。飛ぶんだよ」
「と、飛ぶのか……」
目を閉じると、兵器の使い方の映像が自然に頭へと流れてくる。
それを見る限り、このどろーんは空を飛ぶことが出来るようだ。
そして、専用のでばいすとやらで操作が出来るとのことだ。
「そして、これがでばいす、とやらか」
どろーんと共に手元に現れた平たい板のようなものを見つめる。
高度な技術で作られたもの、としか理解できない。
この画面に動く文字を表示なんて見ているだけでもカルチャーショックを起こしてしまいそうだ。
「わかりましたの。これに乗ることで、空から偵察できますのね!」
「ううん。これは無人機。人が乗るように設計されていないの」
「そうなのか。で、どう動かすんだ?」
「貸して」
ミキナにでばいすを渡すと、彼女は自身の背骨の一部から銀の糸を引っ張り出す。
「ミキナちゃん、そんなことをして痛くないですの?」
「私の神経の一部みたいなものだけれども、痛くないよ」
さらりと恐ろしいことを言う。
神経の一部を無理矢理カラクリに繋いで操作しているということなのか。
呼び出した兵器を自分の手足のように動かせると考えると、ミキナは人間にはない驚異的な能力を持っているのだと気づかされる。
生き物のように蠢く糸はでばいすへ強引に潜り込み、暫くするとその画面に大きく○が表示された。
「同期完了。離れていて」
ミキナの言う通りどろーんから離れると、羽が動き出すと共にどろーんが浮かび上がり出す。
「おお。飛んだな」
「凄いですの!」
感動を覚えながらミキナに目を向けると、彼女はでばいすとじっとにらめっこをしていた。
「ドローンに搭載されているカメラがこのデバイスに表示される」
「これで見られるんですの!?」
「こいつに偵察をさせることで、魔物との戦いを避けられるということだな」
「うん」
そう考えると素早く移動するよりも、やはり慎重に進むのが重要だろう。
俯瞰からの視点であるため、陣取った魔物と戦う際にも敵の隊列が把握できるというのも大きな利点だ。
「こんな兵器があるとはな」
「どうやって動かしていますの?」
「本当は画面を指で触って動かすけど、私が頭の中で直接動かしてる」
「なるほどな。もう少し東の方に飛ばせるか?」
「やってみる」
でばいすの画面を見ていると、やがて大きな川が映し出される。
「お、メイル川だな」
「大きな川だね」
「橋が架かっているからそれで向こう岸にわたることができる」
秋になると遡上してくる鮭が美味かった記憶がある。
どこにでもある至って普通の川と呼べるだろう。
「ミキナちゃん。ドローンを北の方へ飛ばせますの?」
「出来るよ」
「どうして北の方に?」
「北にある森林がどの程度のものなのか知っておきたいですの」
「なるほど、俺も見たことがないからな……」
はて、どんな規模の森なのだろうか。
目を輝かせてでばいすを眺めているプラノを見ていると、新しいおもちゃを貰って喜んでいる子どものようで、 その横でドローンを動かしているミキナもまた楽しそうだ。
暫くして、でばいすに大きな木々が表示される。
上空から見ると、変わった樹木が並ぶ様子に違和感を覚えてしまう。
「ハニー。どうされましたの?」
「いや、樹種がアラゾール付近のものと大分違っているな、と思っただけだ」
「そうですの? ワタクシにはさっぱり……。あれ?」
でばいすを眺めていたプラノが突如声を上げる。
「どうした?」
「何だか、大きな鳥さんが来ていますの」
「本当だ。魔物かも」
俺もまたでばいすを見てみると、その大きさからすると普通の野鳥ではないようだ。
緑と赤のカラフルな羽を見ていると、風切羽の一部が鋭い刃物のようになっていることに気が付いた。
「もしかすると、ランページインコかもしれないな」
「ランページインコ?」
「俺も名前しか聞いたことがないが、集団で襲い掛かる危険な魔物だそうだ」
説明しているうちにインコ達が集まっていき、どろーん目掛けて襲い掛かってくる。
「光学迷彩で見えにくいのに」
「恐らく飛行する音で気づかれたんだろうな」
「退散しないと」
「いや、どろーんをサーバーに返却すればいいんじゃないか?」
「フォルスさんの視界内に入らないと返却出来ないよ」
「それは知らなかった」
でばいすが何度も揺れている点からすると、インコに集団で攻撃されているようだ。
縄張りを襲ってきた異質な物と判断しているのだろうか、いずれにせよとことん追跡を止めない点から相当執念深いようだ。
どろーんの飛行速度はそれほど速くないものの、ミキナが華麗に操作しているためかあまり鳥達の攻撃を受けていないようだ。
そして、激しく揺れるでばいすの画面を見ていると、否が応でも酔ってしまうから目を背けざるを得なかった。
「戻ってきたよ。迷彩は解除しておいた」
「あれか。よし」
上空を見るとどろーんが見えるが、その後方には魔物が群れとなって押し寄せている。
ざっと見ても二十羽はいるだろうか。
「恐ろしいものだ」
どろーんを視認したのを確認してから指を鳴らすと、どろーんが瞬時にして消え失せた。
「これでよし、と」
これで万事解決かと思ったが、魔物は納得してくれなかったようだ。
一瞬にして消え去った敵に対して沸き上がった怒りをどこにぶつけてくれようか――。
そんな感情を表現しているかのような甲高い鳴き声が地上まで届き、いくつもの影が舞い降りてくる。
「襲ってきましたの!?」
「襲ってきたか……」
新しいおもちゃに夢中になっていたら、思わぬ事故に遭遇してしまうことは幼少期に誰もが経験することかもしれない。
そして痛い目に遭いながらも人は成長していくのだろう。
目の前に蘇った苦い教訓を思い出しながらも、戦闘へ備えることにした――。
果たして凶悪なインコの群れにフォルス達は勝てるのでしょうか?
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