第二章「そして、全てが始まってしまった」その4
前回、魔物の攻撃を受けたプラノは果たして無事なのでしょうか、といったところから始まります。
だいぶ前にプラノは俺に対してこんなことを言った。
「ハニーのオマアビは私のオマアビとどこか似ているですの!」
どの辺りが似ているのだろうか。
苦笑いしながらも尋ねてみると、彼女はこう答える。
「何となく、ですの!」
そう答えてから、プラノはオマアビが似ているとカップルになる確率が高いと話し出す。
プラノの手にした雑誌を見てみると、確かにそんな特集が書かれていた。
オマアビが人間のすべてではないが、それでもオマアビの善し悪しで人生の進路が決まるといっても過言ではない。
俺のオマアビは、本当に誰かの役に立っているのだろうか。
少なくとも、あの時はプラノの会話を聞き流しながらもそんなことをぼんやりと考えていた。
「プラノ! おい、プラノ!」
叫びながらも、地面に倒れこんだ少女に声を掛ける。
ヘルムボアの突進が直撃し、彼女の身体は宙を舞った。
もう少し、俺が用心していれば――。
後悔しながらも、プラノの身体を抱き起す。
「プラノさん……」
ミキナもまた心配そうに声を掛ける。
その足元には泡を吐いて昏倒したヘルムボアが転がっていた。
ミキナが魔物の首を締め上げたのは言うまでもない。
「プラノ! 死ぬな!」
目を閉じているプラノの肩を揺する。
冗談だ、と思いたかった。
だが、しっかりと魔物の一撃が直撃した光景が今も眼の底に焼き付いてしまっている。
「プラノ……」
生意気なところはあるけれども、自分の身を犠牲にしてでも弱者に救いの手を差し伸べる。
こんな善人がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。
いや、そもそもは俺のせいなのだ。
俺が、彼女に手助けを依頼しなければ……。
「ハニー?」
一瞬空耳、かと思った。
今日は何があってもおかしくない日だ。
都合の良い空耳が聞こえてきても何も変ではない。
しかし、現実は俺のそんな推理をあざ笑うかのように、だが、プラノは何事もなかったかのように目を覚ました。
「え? 生きている?」
「ハニー!? それはどういう意味ですの!」
プラノは身を起こしてから、俺の両肩を掴んでくる。
「え、あの。だって、ヘルムボアの体当たりが直撃して? あれ?」
「そうでしたの。でも、この通りピンピンしてますの!」
そんな馬鹿な。
もしや、と思い、俺は近くに転がっているヘルムボアに向かってこう唱えた。
「チェック!」
すると、魔物のレベルが表示される。
「レベル――324!?」
やはり普通の魔物ではなかったようだ。
それにしても、スライムよりもレベルが上がっているのは嫌味だろうか。
「本当ですの? では、私も。チェック!」
「本当にレベル324ですの……。どうして、私は無事だったですの?」
「さ、さあ……」
訳がわからない。
ヘルムボアが高レベルであったのは間違いなかったし、その攻撃を受けたプラノは防御魔法を使ったとは言え耐えられたのも妙な話だ。
「考えるのはあとにしよう。ミキナ、兵器を戻していいか?」
「うん。敵もいなさそうだからいいよ」
また敵が出たら兵器を呼び出せばいいと考えながらも指を鳴らしてひとまずろけっとらんちゃーを返却しておく。
「さて、あと少しで日が暮れてしまうな」
魔物のレベルが高くなったといっても、生態は大きく変わらないのだろうか。
そうなると、日が落ちた瞬間に猛烈な勢いで襲ってくる危険性もあるかもしれない。
子供の頃は闇夜が怖かったことを思い出してしまう。
年を取るたびに、夜の暗さに慣れていくものだが、改めて夜の恐ろしさに怯える。ことになるとは。
マーカドとジャックルの棺桶を引きずりながらも、先程よりも警戒しつつ進んでいく。
緊張のあまり、何度も小さな物音に驚きながらも足を止めてしまう。
だが、俺の過剰な心配も空しく、アラゾールの街の門が眼前に見えてきた。
「着いたか……」
安堵のあまりその場に腰を下ろしそうになる。
凶悪な魔物が街を滅ぼしてしまったということにもなっていないようだ。
通行証を懐から取り出そうとすると、プラノが俺に何かを見せてくる。
「ハニー。二人の通行証は私が予め回収しておきましたの」
誰のことだろうと思って見てみると、プラノの手にはマーカドとジャックルの通行証が握られていた。
通行証には名前と現住所に登録番号というものと、裏面には人相の特徴が事細かに記載されている。
前科のある者や通行証の右上に赤い印字が押されているそうだが、二人の通行証にもそれらは見当たらなかった。
「それは助かる」
二人を棺桶へ納める前に回収したのだろう。
出血で通行証が汚損する可能性もあった以上、この判断は実に適切だ。
「通行証がないと入れないの?」
ミキナはきょとんとした顔でこちらの様子を伺っている。
そのあどけない視線は、俺の説明を急かしているかのようだ。
「アラゾールの街では危険物の持ち込みを防ぐため、通行証というのを発行している。街に住民票を置いている者は誰しもが持っているし、無くした場合は金さえ払えば発行できるものだ」
住民票がないと就職が難しく、バウンティハンターギルドに所属する際にも必要になるくらいだ。
「短期間だけ街に滞在するならば短期通行証というのがあるから、金を支払って発行してもらう」
「わかった」
短期通行証の発行条件は細かいが、それは割愛しておこう。
門へと近づくと、馬車用の入り口と歩行者用の二つに分かれている。
朝から夕方まで馬車が並んでいるのも珍しくはないのだが、今の時間帯は余程のことがない限り、街の外へと出る者はいないせいもあり、しんと静まり返っている。
歩行者用の門へと向かうと、二人の門番がこちらへと近寄ってくる。
「通行証をお願いします」
警備団の仕事の一つがこの門番なのだが、中々に気苦労が多いと聞く。
大陸中からやってくる商人の相手をしなくてはならないと思うと、俺には絶対向いていない仕事だ。
「ああ」
「はいですの」
門番に対し、四人分の通行証を見せると彼らは小首を傾げる。
「マーカドさんとジャックルさんは――」
「悪いが二人ともこの棺桶の中だ」
「あ、そうでしたか。では、中身を確認させていただきます」
すると、門番の一人が手際よく棺桶を開いて中身を確認している。
御法度の品物、例えば魔物の肉等についての持ち込みは禁止されているため、それらを調べるのはごく当たり前だろうか。
それにしても、眉一つしかめることもないのはプロ根性だろうか。
暫くすると、門番は丁寧な口調でこう言った。
「確認が出来ました。そちらのお嬢様の通行証はございますか?」
「すまないが持っていない。短期通行証を頼む」
銅貨を門番へと三枚手渡す。
銅貨十五枚で銀貨一枚分の価値だから中々に値が張るもんだ。
「かしこまりました。ところで、お嬢さんの名前は――」
ミキナ、と答えようとしたが、如何せんミキナの家名まで聞いていなかった。
自然に答えなければ怪しまれてしまう。
焦りを隠しながらも俺はこう答えた。
「えっと、この子の名前は、ミキナ・セリーニだ」
「では、急いで作成します」
銅貨を三枚渡すと、門番は詰所まで戻る。
胸を撫で下ろしていると、プラノが小さな声で尋ねてきた。
「ミキナちゃんの家名はセリーニでしたの?」
「うんと、そもそも家名なんてないけど……」
ミキナとプラノの双方がこちらをじっと見つめている。
早めに説明しないと妙な誤解を生みそうだ。
「セリーニは俺のお袋の前の家名だ。それ以上に深い意味はない」
「そうでしたの……。それで、ハニーのお母様はどんな方でしたの?」
「どんな、って――。」
ここで小粋な冗談を交えながらのトークで淑女を楽しませるのが紳士としての務めかもしれないが、ただ残念なことに――。
「お袋は俺が幼い頃に流行り病で亡くなったんだ」
「え」
「優しい人、とだけは覚えている」
不慮の事故ならば蘇生の見込みもあっただろう。
だが、病等により体力そのものが摩耗された場合、蘇生を行ったとしてもすぐに力尽きてしまう。
力なく埋葬されるお袋眺めていた遠い昔の記憶――無力な自分を過去から引きずり出そうとすると胸が酷く痛む。
「お待たせしました」
暫くすると、門番は短期通行証を手に戻ってきた。
そして行儀よくミキナへと手渡す。
「はい、お嬢さん」
「あ、ありがとう」
通常の通行証と比べると簡素な造りだが、きちんとミキナ・セリーニと名前が記載されている。
「では、街の中へどうぞ」
門番に促され、アラゾールの街の中へと足を踏み入れる。
夕刻時のせいか出歩く人の数は減っており、一瞬違う街に来てしまったかのような錯覚を覚えてしまう。
それと同時にいつも以上に街が窮屈に見えるのは、立ち込める薄闇の仕業だろうか。
二人がはぐれていないか不安になって後ろを見てみると、ミキナの様子が妙だ。
「ミキナ?」
「だ、大丈夫」
どうやら貰った短期通行証を眺めていただけのようだ。
こういった物を貰ったことがないのだろうか、いずれにせよ少し嬉しそうなのは喜ばしいことだ。
「さて、教会に向かおう」
「はいですの!」
サラナト教は国教でもあるため、新しい街が出来るとまず民家よりも教会が優先して建てられる。
そしてこぞってその教会の周りに民家が建ち、役場や商店に続き、酒場が並んでいく。
元々教会は旧市街地にあったが老朽化のため取り壊してしまい、新しい教会は街の東の新市街地にある。
マーカドとジャックルの二人を蘇生して貰うためにも、棺桶を引きずりながらも教会へ向かう。
さほど珍しい光景ではないが、通りすがる人々は興味津々といった様子でこちらを眺めてくる。
「ハニー。代わります?」
「二人分はかなり重いぞ」
棺桶を引っ張るロープをプラノへと手渡す。
どうせすぐに根を上げるだろう。
そう思っていたのだが……。
「えっと、そんなに重くないですの」
「いや、え?」
「さっき棺桶を一つ引きずりましたが、それよりも軽くなっていますの」
「そんな……」
成人男性二人分の遺体が軽いはずがない。
もしやいつの間にか消失しているのかと思ったが、門番が中身をチェックした以上それもあり得ない。
「気のせいだろう。やはり俺が運ぶ」
首を傾げているプラノからロープを返して貰い、改めて引っ張ってみると、肩にずしりと来る重さだ。
プラノが冗談を言うはずもない。
モヤモヤとした気持ちで暫くの間棺桶を引きずっていると、ようやっと目的の教会まで辿り着く。
新雪のごとく真っ白な壁と堂々とした荘厳な雰囲気の造りもあってか、入る際には服についた埃を自然と払ってしまう。
教会の象徴とも鐘塔を見上げてから、教会の表扉口をノックする。
暫くすると扉がゆっくりと開き、中からトゥニカを纏った女性――年齢はプラノよりも二回りほど上ぐらいだろうか。
シスター長という立場の女性で、俺も仕事上何度か話したこともある。
長い年月を経て刻まれた皺には、長年祈りを捧げたであろう慈愛もまた深々と刻まれていた。
「祝福を受けし獣の子らよ。惑いし所以をお伺いしましょ――ん?」
シスター長はプラノに気が付くと、つかつかと彼女へと近づく。
「シスタープラノ! 遅くまで何をやっているのです!?」
慈愛と厳しさは同居しているようだ。
いや、仲の悪い夫婦といった感じなのかもしれない。
「シ、シスター長。申し訳ございませんですの……」
シスター長のきつい言葉に対し、さしものプラノも身体を小さくする他ないようだ。
「まったく、いくら地域への貢献活動が許されているといっても、危険な」
ここで長々とお説教が始まると大変だ。
とっとと、二人を蘇生して貰いたい以上、多少強引に話を進めなければ。
「シスター長。プラノを許してくれないか? 彼女がいなければ、俺も命を落としていたかもしれない」
そう言いながらも、さりげなく担いでいた棺桶に視線を落とす。
ミキナもまた俺の真似をして、棺桶をじっと見つめている。
「フォルスさん。これは失礼いたしました。早速蘇生を、といいたいところですが、神父は急な用事で外出しており、明日にならないと戻りません」
「急な用事だって?」
「はい。近隣の村で集団食中毒が発生したとのことで、その治療のために出向いております」
「それならば仕方ないな」
小さな村にも教会はあるが、サラナト教の関係者全員が回復魔法に長けているという訳ではないため、こういった事例はよく耳にする。
特に食中毒は単純な解毒の魔法だけでは完治が難しいそうなので、素直にベテランの回復魔法の使い手に頼る方が賢明だろう。
「そちらの棺桶は教会で保管いたします」
「それは助かる」
「お布施はしっかりといただきますが」
「わ、わかっている。明日になったら払う」
治療の内容によってお布施の金額は異なるが、その中でも蘇生料が一番高額だ。
財布を覗いてみると、何とか足りそうなのが幸いか。
「プラノ、ミキナ。俺は一旦ギルドに戻る」
「どうしてですの?」
「例の件での情報収集だ」
例の件、つまり高レベルのモンスターが現れた理由についてなのだが、それを察してかプラノとミキナは同時に頷く。
「私も付いていきたいですけれども……」
プラノはちらりとシスター長の様子を伺う。
穏やかな笑顔と見せて、その目元は隠しきれない怒りがわずかだが零れていた。
これ以上、夜の街に淑女達をふらつかせる訳にもいかないだろう。
「そうだな。ミキナを君の下宿先に泊めてくれないか?」
プラノは教会近くの下宿に住んでいる。
教会にて住み込みで働くことも出来るらしいが、プラノ曰くプライベートのない空間はお断りだそうだ。
「了解ですの。では、シスター長。私はこれにて失礼しますの」
「朝の祈りの時間には遅れないようにしなさいね」
「は、はいですの!」
プラノがミキナの手を引いて下宿へと戻っていく最中、俺は教会の中に二人の棺桶を運び込む。
地下には霊安室があり、本来は埋葬する遺体を保管するための場所らしい。
どうにか棺桶を運び終えてから、一礼して教会から立ち去ろうとした時だった。
「フォルスさん」
神妙な顔をしたシスター長に呼び止められる。
「シスタープラノは賞金稼ぎの仕事を頑張っていると聞きますが、あの子は無理をしていませんでしょうか?」
「そうだな……。多少の無理はしている」
俺の言葉に対し、シスター長はやはり、といった感じで頷く。
「そうでしたか。無理をするあの子を、あなたや他のお仲間が支えてくださっていると思うと、申し訳ない気持ちで一杯です」
「気にしないでくれ。プラノもまた無理をする俺達を支えてくれるのだから」
「今後もあの子の面倒を見ていただければ助かります。ただ、くれぐれも危険な目には遭わせないでいただければと」
「ああ、わかっている」
シスター長と別れ、俺はギルドを目指して歩きだす。
担いでいた棺桶の重みが無くなり、足取りが軽くなったかと思いきや、どうにも心が重くて仕方なかった。
あの時、もし魔物の突進でプラノが命を落としてしまったら、シスター長はどんな顔をしていただろうか。
どうせ蘇生できるのだから、そんなにクヨクヨする必要はないという邪な考えが幾度も頭を過る。
取り返しのつかないことがこの世にはいくつもある。
もしかすると、知らない間に俺がその取り返しのつかないことをしてしまったせいで、高レベルな魔物が出てくるようになった可能性も否定できない。
「ん?」
ふと、街灯に明かりが点いたことに気が付く。
定刻になると街灯に込められた魔法が発動して明かりが点くという仕組みだ。
ただ、頭上にある圧倒的な夜の闇と比べると、改めて弱弱しい光だという感想しか頭に浮かばなかった――。
如何でしたか?
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それでは今後ともフォルス達の活躍をお楽しみに。




