第二章「そして、全てが始まってしまった」その1
ついに第二章に突入しました!
プロローグのミキナに助けられたフォルスの視点から物語が進みます!
人生で一番の厄日というのは間違いなく今日だろう。
レベル300のスライムに襲われ、仲間が二人死亡し、おまけに俺の右足や左腕はポキリと折れてしまっている。
今も痛みのせいで、自分が夢を見ているかどうかすら分からない心境だ。
「大丈夫?」
白金色の瞳がこちらの顔を覗き込む。
その輝きを見ていると、貴族連中が高い金を払って宝石を買い漁る気持ちが何となく理解できてしまう。
目の前にいる少女――ミキナと出会えたことを考えると、人生で一番の厄日はまた次の機会かもしれない。
「ああ、何とか。ところで、回復や蘇生の魔法は使えるかい?」
すると、ミキナは申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「ごめんなさい」
「いや、気にしなくて大丈夫だ」
流石に厚かましいお願いだったか。
心の中で反省をしていると、ミキナは蚊の鳴くような声でこう言った。
「私は兵器だから――」
呪詛のようなその言葉に、思わず身がぞくりと震える。
やはり、この少女は人間ではないのか。
話を変えようと、とっさにこんな言葉が喉から飛び出る。
「ところで、さっきの巨大な槍を呼び出したのは、君のオマアビかい?」
「おまあび?」
キョトンとした目でこちらを見て来る。
その反応を見ていると、オマアビの存在自体知らないのだろう。
「ああっと、そのオマアビというのは『お前だけのアビリティ』の略称なんだ。誰もが一つ持っている、特別な力のことを言うんだ」
「変な名前」
「ああ。俺もそう思うよ」
サラナトゥス大陸ではオマアビという言葉は古くから使われている。
辞書にも当然載っているし、サラナト教の聖書にもきちんと『オマアビ』と書かれているくらいだ。
人々の生活に浸透しているため、誰がどんなに文句を言ったとしても今更名称の変更は出来やしないだろう。
しかし、誰もが持つオマアビの力――。
誰かを守る力となればいいが、時にはオマアビ一つで人類を破滅に招くこともある。
ミキナからしたら、さぞかし異端に見えるに違いないだろう。
「お医者さんを呼んでくる?」
「医者か……。いや、それよりもプラノを呼んできてくれないか?」
「ぷらの?」
「おっと、俺の仲間でトゥニカを身に着けた緑髪の女性だ。恐らく、ここから北の方角をまだ歩いていると思う」
「わかった。連れて来る」
そう答えてからミキナは勢いよく駆け出す。
その風を蹴散らしていくかのような脚力は少女とは思えないほどで、あっという間に姿が見えなくなってしまう。
ミキナの姿を見送り終えてから、その場で小さく溜め息を零す。
「はてと」
ミキナが戻って来るまでの間、応急手当ぐらいはしておこう。
そして、マーカドとジャックルを探さなければ。
添え木をしようにも近くに手頃な枝が落ちておらず、おまけに包帯も持ち合わせていない。
ここで大人しくする他ないようだが、とりあえずは這ってでも二人を探さなくては。
だが、身体を走る忌々しい痛みのせいで、動くこと自体困難だ。
このまま何もせずじっとしているというのはどうにも歯がゆいものだ。
「ん?」
何か後ろで動く気配がしたような。
もしや、魔物でもいるのだろうか。
「まさか……」
如何せん。もしや、先程ミキナが倒したスライムのお友達が来たかもしれない。
息を殺し、恐る恐る音の方に首を向けると――。
「やあ!」
――そいつと顔が合ってしまった。
まるで旧知の友からの挨拶といった感じで声を掛けられるも、そいつとは初対面だ。
無視してしまおうかと考えたが、怒らせてしまったら確実に危険だ。
「あ、ど、どうも……」
震える声を返すと、そいつはこんなことを言ってくる。
「どしたの? 元気ないじゃん?」
からかうような口調と共に、そいつは笑い声を上げる。
声色からすると、男性なのだろう。
その男の背丈は俺よりも高く――いや、高すぎる。
ゆうに3mはあるだろうか。
錆色のトガを身に着け、露出した腕の皮膚は青銅色に輝いている。
ただそこに立っているだけだというのに、その威圧感は魔物とは別種の威圧感を放っていた。
「ああ、腕と足を骨折している」
「そっかー。そりゃあ、痛いもんねー」
カラカラと笑いながらも、俺は密かに期待していた。
もしかすると、気分で怪我を魔法で治療してくれるかもしれない、と。
だが、男が次に取った行動は俺の横にどかりと腰掛けるだけだった。
この天真爛漫な性格は凶器のごとく危ない。
下手に機嫌を損ねると、何をされるか。
恐々と様子を伺うために改めて顔を覗いてみると、実に奇妙なものだった。
「ん? 俺っちの顔になんか付いている?」
「いや――」
男の顔には、金属製の仮面がある。
時計を模しており、どこかミステリアスな印象を放っている。
奴は『付いている』と言っていたが、ある意味では被っているというよりも付いているという言い方が合っているだろう。
その仮面は――男の顔に直接縫い込まれていた。
肉を穿つ金属製の太い針金が糸とするならば、針にはどんな物を使ったのだろうか。
何かの罰を受けている最中なのかとすら思えてしまう。
「別に痛くないし~。人間で言う所のピアスみたいなもんだし。ところで、君の名前を教えてくんない?」
「え、ああ。俺はフォルス・エシーミス」
男の返答を待ちながらも、様々な憶測が高速で頭の中を往復する。
もしや、こいつがレベル300のスライムと何か関係があるのか?
身構えていると、そいつは呆れたような口調でこう言った。
「あのさ~。君も察しが悪いな~」
「え?」
「いや、ほらさ。俺っちがミキナのパパなんですよね~」
「え、いや、え――!?」
というと、目の前にいるのが、デウス・エクス・マキナだということか。
唖然としている俺に対し、かの神はこんなことを言ってくる。
「デウっちって呼んで貰って構わないよ」
「デ、デウっち? な、何故?」
「だって、可愛いじゃん」
なんだこれは。
話のテンションについていくだけでも息が上がりそうだ。
まるで前準備なしで山登りをさせられている気分だ。
「で、何か困っている感じ?」
「え?」
「一人で抱え込んでも辛いっしょ? バンバン話してくれない?」
「わ、わかった」
一瞬断ろうかと思ったが、俺が何も話さないとなるとデウっちがテンション全開であれやこれやと話してくるだろう。
どのみち、ミキナが戻って来るまでの辛抱だ。
たどたどしい口調ながらも、デウっちに対して先程出会ったレベル300のスライムの件を話しておく。
「ふうん。レベル300って凄いね」
「ああ。恐らくは王国軍が総出でも敵わないだろう」
「どうしてそんな化け物が出て来ちゃったんだろね? 何か、心当たりは?」
「いや、さっぱりわからない」
そう答えてから、俺はあることに気が付いた。
「デ、デウっちは、その、デウス・エクス・マキナということはこれまでも多くの世界を救ってきたということか?」
すると、デウっちは猛烈な勢いでその場から立ち上がる。
小刻みなステップを踏みながらも踊り出し、クルクルと綺麗に一回転してから話し始める。
「そう! 私は過去に何度も世界を救ってきた! フラグを全部踏み外し、どん底まっしぐらのバッドエンドに直行したとしても、無理矢理にでもハッピーなゴールラインを切らせる! それがこの俺っちの力!」
声を張り上げて啖呵を切り、その気分は舞台の演者にでもなっているかのようだ。
「す、すごいな」
「特典として隠しエンドも見せてあげちゃうし!」
「か、かくしえんど?」
何やら聞いてはいけない単語まで飛び出てきたような。
いずれにせよ、やはり相当の実力があるのは間違いないのだろう。
思わず期待の眼差しを向けていると、デウっちは何を思ったかさっきと同じように俺の隣へと座り込んでしまった。
「たださ、過去の話なんだよね。今の俺っちは力を無くしちゃってね~。君の危機的状況を一瞬にして解決とかしてあげられないんだ」
「え、力を?」
「うん。ほれほれ、この通り時計の短針がないっしょ? 取られちゃってさ~」
仮面をよく見てみると、針の長さと動きからして長針と秒針の二本しかついていない。
時計として機能を果たしているとは言えないだろう。
「それは残念だ」
「でもさ、私の娘が君を助けてくれるみたいだし。いや~、羨ましいね、この色男!」
「大変助かるが、どうして、ミキナは俺を助けてくれるんだ?」
「さあね? ただ、久しぶりに頑張ってくれる娘を見ているとさ、応援せざるを得なくてさ~」
力なく笑う声には隠し切れない悲しみの想いが込められている。
複雑な家庭なのだろうか。
「そうそう、ミキナに伝言を頼みたいんだよね~」
「伝言? ああ、わかった」
直接本人に伝えられないという点からしても、深い溝のようなものがあるのだろうか。
「サーバー【コー・ラシー】は危険だから、もしもの時だけアクセスしなさい。こう伝えてくれない?」
「了解した」
先程ミキナが呼び出した危険極まりない槍のことを思い出す。
そう言えば、俺はサーバー【ヴァルカン】から兵器を呼び出している。
何か関連があるのだろうか。
デウっちに聞いてみようとすると――。
「あ! そろそろ、ミキナが帰って来るからな~。じゃあ、俺っちはこの辺りで退散するから」
「あ、ああ」
「フォルス君さ~、最後にいいかな~?」
何だろうと耳を傾けると、静かな一声が鼓膜を震わせる。
「私の娘に手を出したら、お前には消えて貰う」
ほんの一瞬、思考が停止する。
あまりの衝撃に、自分の存在が希薄なもののようにすら感じてしまい、全身から体温がすっと抜け出るような感覚に陥る。
ようやく我に返った時、デウっちが目の前から忽然と姿を消しているのに気が付いた。
「い、今のは……」
身体を小さく震わせながらも、ようやく理解することができた。
さっきの言葉に込められた底知れぬ威厳こそ、デウっちの――デウス・エクス・マキナの本性なのだろう。
いや、単に娘を思う良き父親の姿だろうか。まあ、多少は過剰であるものの。
いずれにせよ、ミキナに手を出すことは絶対にしないが。
「ん?」
遠くから忙しない足音が聞こえてくる。
恐らく、ミキナ達が帰って来るのだろう。
手を振りながらも、彼女達を出迎えることにした――。
如何でしたか?
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