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プロローグ

初めまして。

楽しんでいただければ幸いです。

 絶体絶命――。

 今の俺の状況はまさにその一言が相応しかった。

 仲間達は奴の攻撃でなすすべもなく即死してしまった。

 素直に逃げればよかったのだが、何もかもが遅い。

 俺の右足は無残に骨折しており、逃げることも不可能だ。


 思えば今までの人生の中で、様々な魔物と戦ってきた。

 弱い魔物だと大型のコウモリであるデンジャラスバットや、銅色の毛並みが特徴のカッパーウルフ、あとは醜悪な小人姿のダーティノッカーが印象に残っている。

 弱いと言っても、どの魔物も一瞬の油断も出来ず、カッパーウルフに噛み付かれた傷跡は今もしっかりと左腕に残っている。

 一番強い魔物だと、ワイバーンになるだろうか。

 一時期自暴自棄になったことがあり、一人で当てのない旅をしていた最中に、山道で散々迷った挙句、ワイバーンの群れに襲われたという情けない話ではあるが。


 あの時のワイバーンと対峙した時の恐怖――。


 鎧をも穿つ凶悪な鉤爪に、人間の頭蓋骨など簡単に噛み砕くであろう鋭利な牙。

 一番恐怖を感じたのは、こちらを虫けら以下と見下すような冷たい双眸だったろうか。

 勝ったというよりも、どうやって生きて帰ってこられたのか、という気持ちの方が強い。

 そして、今の俺はワイバーンと戦った時とはまるで次元の異なる恐怖に襲われていた。


「嘘、だろ……?」


 力なく呻くも、目の前にいる魔物が絶大な力を持っていることが信じられない。

 奴は金色の闘気を放っており、張り詰めた緊張感のせいで心臓が押しつぶされそうだった。

 その輝く姿を見ていると、自身の命が何とも儚いものだと思い知らされているかのようだ。

 奴の実力は果たしてどの程度のものなのか。

 知りたくはないが、どうせここで死ぬと思うと、変な好奇心が勝手に疼き出す。

 気が付くと、小さな声で呪文を唱えていた。


「チェック――」


 レベルを調べる単純な魔法で、魔法の知識がある者に対しては簡単に防がれるという欠点もあり、それに人間相手に使うとレベルハラスメントと周囲からとやかく言われるご時世だ。

 魔法は無事に効果を発揮し、魔物のレベルが表示される。

 その数字を目にした瞬間、俺は叫んだ。


「レベル、300だと!?」


 ――ありえない。

 今の俺は確かレベル40程だったか。

 こうなるとケルベロスとゾウリムシぐらいの差はあるだろう。

 そもそも、今いる場所は街も近くにあり、出て来る魔物のレベルも高くて20ぐらいのものだ。

 いや、レベルが3桁を超えていること自体あり得えず、おまけに300というとんでもない数字が出て来るとは。

 出来の悪い悪夢を見せられている気がして、自然と頬が緩むも、目の前の魔物を見ていると、笑い飛ばす気力すら失せてしまう。

 そして一番の問題なのが、肝心の魔物だ。

 そいつはゼリー状の身体を持ち、大きさも子供の腰ほどの大きさしかない。

 サラナトゥス大陸全域で見られるポピュラーな魔物でもあるため、いつしかこんな名前が付けられた。


 サラナトゥスライムと――。


「よりにもよって、スライムに殺されるのか……」


 まったく、他人事であれば単なる笑い話に過ぎないのだが。

 スライムの方を注視するも、目も口もないそいつはじっと佇んでいる。

 何を考えているのかはわからないが、こちらに敵意を持っているということだけは確かだ。

 ふと、スライムの姿が目の前から消えた。

 嫌な予感と共にとっさに身体を捻ったその瞬間だった。


 ――背後から轟音が聞こえた。


 とっさに振り向くと、俺の背後にあった木が消し飛んでいる。

 どうやらスライムが体当たりをしてきたようだが、その速さは尋常でなかった。

 その場からどうにか立ち上がろうとするも、左腕が微動だにしない。

 遅れてやって来た痛みが、左腕があっけなく折れたことを告げてくれた。


「参ったな……」


 スライムの体当たりの衝撃波の仕業のようだ。

 激しい痛みと圧倒的な力の差に、涙がボロボロと出て来る。

 せめて勇敢に戦って死にましたと自分でも胸を張りたい所だが、今の俺は酷く情けない顔をしているのやら。

 涙を拭っていると、じりじりとこちらに距離を詰めて来るスライムの姿が見える。

 最後の最後に、抗ってやるか。

 覚悟を決め、右手を伸ばす。

 意識を集中させながらも、この力が使えるようになった日のことを思い出す。

 確か切っ掛けはガキ大将にいじめられていた時だったろうか。

 体格だけは立派でおつむは空っぽという、子どもながらにオークの親戚かと疑ったこともあるくらいだ。

 そいつと仲間によくわからない因縁を付けられ、俺は半泣きになりながらも、助けを求めた瞬間だったろうか。

 いつの間にか、見たこともない武器が手に握られていた。

 あとで知ったが、それは『はんどがん』と呼ばれる兵器らしく、空に向けて威嚇射撃をしたその瞬間に、俺の人生の何もかもが変わった。

 思えば、オマアビと呼ばれるこの力に俺は頼り過ぎていたような気がする。

 いつでも強力な異世界の兵器を呼び出せるのは確かに素晴らしいが、その結果調子に乗りすぎた挙句、スライムに殺されるという残念過ぎる結末を迎えるとは。

 スライムを注視していると、奴はじりじりと距離を詰めてきている。

 その緩慢な動きは強者ならではの余裕すら感じられる。

 どうやら俺に完全なトドメを刺すようだ。

 幸いにもサラナトゥスライムは草食性で、綿製品の服は溶かされたとの話はあるが肉を溶かされて喰われるという無残な最期は遂げそうにはなさそうだ。

 いや、猛烈な体当たりを喰らって、臓腑を口から吐いて死ぬのも嫌なのだが。


「やれやれ、足掻いてやるかな」


 死ぬほどの激痛を想像してからも、意識を集中させる。


『サーバー【ヴァルカン】にアクセス――』


 いつもの声が頭に響く。

 無機質な声で、事務的な印象しか感じられない。

『さーばー』とは何なのかはさっぱり理解できないが、それでも俺の味方であることに間違いはない。

 俺の思考を読んでいるらしく、状況に応じた兵器を呼び出してくれるのだが――。


『※ご要望にお応えできる兵器がございません※』


 よもや、豪速球で匙をぶん投げられるとは思わなかった。

 よく考えると、兵器の大半は重量が重く、両手で扱わないと満足に持ち上げられない物も多い。

 片手で扱える兵器の力では、このレベル300のスライム様は到底倒せそうにもない。

 視界が真っ暗になる前に、何とかならないものかと心の中で何度も叫び続ける。

 諦めの悪い奴だとさーばーから思われているだろう。

 すると、悲鳴に似た甲高い音が鳴り響いた後で、こんな声が聞こえた。


『ねえ、助けて貰いたい?』


 優しい声だった。

 初めて耳にする、どこか儚げな声。

 声の主は、虫すらも殺せないような子なのかもしれない。

 だが、藁にでもすがりたい一心で、俺は心の中でこう答えた。


 ――助けてくれ、と。


『いいよ』


 その瞬間だった。

 眩い光と共に、小さな人影が俺の隣に現れる。

 目を凝らすと、そこには可憐な少女がいる。

 見たこともない露出が高めの衣装を身に着け、こめかみから虫の触角のようなものが伸びている。

 真鍮色の長髪を揺らしながらも、白金色の瞳でこちらをじっと見つめている。

 その肌もまた陶磁器のように白く、芸術に疎い俺でもこんなに美しい存在がいることに驚かされる。


「き、君は?」


 尋ねようとしたその時、少女に思いっきり突き飛ばされた。

 まるで強風に吹かれたかのようで、全身の骨が軋むような激痛に襲われる。

 何があったのやらと、訳のわからないまま上体を起こす。

 真っ先に気が付いたのが、スライムの姿が消えており、どうやら奴は俺に再度体当たりしようとしたのだろう。

 あの少女が突き飛ばしてくれなかったら、間違いなく俺は死んでいたに違いない。

 少女の姿を探すと、そこには――。


「何っ!?」


 驚くべきことに、少女はスライムの体をむんずと掴んでいた。

 まさか、スライムの高速の動きを見極めた上で掴まえたとでもいうのだろうか。


「ダメだよ」


 少女は優しくスライムに話しかける。

 だが、言葉が通じるはずもなく、スライムは体を紐状にして少女の腕へと絡みついた。

 いかんせん、腕を蛇のように締め付けてへし折ろうというのか。


「もう」


 少女は特段慌てることもなく、強引にスライムを引きはがし、それを上へと放り投げた。

 てっきり数m先に投げ飛ばすかと思いきや、スライムは天高く吹っ飛ばされ、一瞬にしてその影は青空へと吸い込まれてしまった。

 オマアビで空を飛べる力を持った奴が上昇しすぎたせいで酸欠を起こして亡くなった事故を思い出してしまう。

 ただ、レベル300ならば気温差と気圧差にも耐えられるのではないだろうか。

 ぼんやりと眺めていると、少女は高々と詠唱し始めた。


* サーバー【コー・ラシー】にアクセス

* プログラムランチャーによる緊急起動オン

* 禁忌領域解除

* 質量・物理法則:無効

* 通信速度良好

* 代替元素:問題なし

* ダウンロード完了

* システム:オールグリーン


 その言葉は葬儀の時に神父の唱える祈りの声よりも重く、かつ冷酷だった。

 少女が唱え終えたその瞬間、一陣の暴風が吹きすさぶ。

 単なる風ならよかったのだが、一瞬にして目玉が煮え立ち、肌が炙られるような膨大な熱を帯びていた。


「うぐっ!?」


 肺の奥まで熱風が潜り込み、その熱さにたまらずその場で這いつくばった。

 わずかに残った冷たい空気で呼吸を整えてから少女に注目し直すと、いつの間にやら少女は長大な槍を手にしていた。

 長さは10メートル程あるだろうか。

 穂先は真紅の炎で包まれており、離れていても真夏の太陽のような熱波を放っている。


「じゃあね」


 少女はそう言ってから、槍を放り投げる。

 狙いはどうやらさっきスライムをぶん投げた地点だろう。

 何せレベル300だ。完全にトドメを刺しておきたいのも理解できる。

 しかし、槍を投げた数秒後に大爆発が起きるとは思わなかった。

 視界を埋め尽くす圧倒的な光の波を眺めていると、遅れてやって来た爆音が鼓膜を破らんばかりに震わしてくる。


「ひぃ――!?」


 情けない悲鳴を上げながらも空を見ていると、呑気に空を泳いでいた雲は全て吹き飛び、爆風の余波だろうか嫌に乾いた風が焦げた香りと共に舞い降りて来る。

 圧倒的な力を見せられ、しばし意識がどこかへと飛んでしまった。

 スライムに殺されかけたかと思ったら、今度は絶大な力を持つ少女が現れてレベル300の化け物を問答無用で葬り去る。

 悪夢の連鎖が続く中、よく俺は正気を保つことができるものだ。

 しかし、今は自分を褒めている場合ではない。

 少女の方を見てみると、涼し気な顔で何もない青空を眺めている。

 見れば見るほど不思議な子だ。

 そもそも、どうして俺はこの少女を呼び出すことが出来たのかもわからない。

 ともかく、命は助かったのだからお礼を述べなくては。

 恐る恐る声を掛けてみる。

 見た目が年下の子に緊張するなんざ生まれて初めてだ。


「ありがとう、おかげで助かった。俺の名前はフォルス・エシーミス」


 自分の名前を伝えてから一呼吸置き、こう続ける。


「えっと、君は?」

「私は――」


 少女は髪を掻きあげながらも続ける。

 爪には白銅色のマニキュアが塗られ、妖艶な美しさを醸し出していた。


「デウス・エクス・マキナ――」

「な、なんだって!?」


 機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナ――。

 芝居で目にしたことがあるが、いきなり登場して強引に物語を解決する、ご都合主義の塊のような存在だったか。

 そんな神様は空想上の存在かと思っていたが、まさか実在するとは思いもしなかった。


「その娘の、ミキナ」

「む、む、娘――?」


 疲労のせいか驚くのにも疲れてしまった。

 人生で一番疲れたような気もする。

 しかし、この少女を見ていると長年の経験がこう耳打ちをする。


 ――波瀾万丈の幕開けだ、と。


 まだ身体が熱風のせいで干からびそうだというのに、酷い悪寒がした。

 長い冬の始まりを告げる北風を全身で浴びたかのような――。

如何でしたか?

もしよろしければ、評価やいいねをお願いいたします。

次回はフォルスが魔物に襲われる前の経緯からのお話となりますのでお楽しみに。

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