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坂本さんはそういう贅沢みたいなことは全然しない人で、元々自分に興味がないから食べるものとか住むところに頓着がなく、贅沢なところは占いに関するものだけだ。坂本さんの事務所の占いスペースは運気を呼ぶもので満たされていて、その中にはウン百万円するパワーストーンや滅多にお目にかかれない置物が無造作に置かれていたりするので、うかつには触れないのだ。
でも本人は、「他に使うことないんだよねー」と言っているので、何か特別こだわりがあってお金を使っているわけではないのかもしれないが、坂本さんにご飯に連れてってもらうときはお金のことを考えずに食べさせてくれるので、慎むべきだとは思うが僕はそれをひそかに楽しみにしている。
この間は集まったのが少数だったからか、たぶん過去一番高いであろう高級寿司屋に連れていってもらった。そこは銀座の一等地にある知る人ぞ知る名店なのだが、実はその寿司屋の大将は坂本さんの古くからのお客さんで、かれこれ二十年来の付き合いになるそうだ。
大将はスキンヘッドに似合わない可愛い笑顔で僕たちをカウンターに迎えると、寿司を握りながら坂本さんとの波乱万丈人生を語ってくれて、「でもね、そんなどん底のときでも、やっぱり坂本さんは導いてくれたんですよ」とまさに坂本さん様々な話しぶりなので僕も何だか嬉しくなり、それに大将の握った寿司は美味し過ぎて、ただビックリすることしかできないくらいとにかく美味しかったので、こんな経験をさせてもらえる贅沢ならあっても罰は当たらないと僕は信じている。
というより、それを贅沢と呼ぶべきではないかもしれない。でもだからといって、僕がその贅沢と呼ぶべきではない何かを正面切って楽しみにできるわけではないが、そもそも坂本さんの方に誘う明確な意味があるはずで、僕たちはただそれを享受していればよいのである。
ミチルはそんな坂本さんに対してやっぱり肯定的で、付いていって間違いない、的なことを初めて僕が坂本さんに会ったときに言っていた。しかも坂本さんのあっちの世界のお師匠さんと仲が良いそうで、あっちの世界でそんなつながりがあるなんて驚きだが、それ以上聞いても何も教えてくれなかった。
ミチルはいつも僕の興味を駆り立てたところでだんまりを決め込むので、それにはちょっとイラッとしたりするのだけれど、ひょっとしたらそれはあっちの世界の人がこっちの世界の人に言って良いギリギリのラインなのかもしれない。逆にミチルは親切心からギリギリを狙い過ぎて、それがいつもちょうど僕の興味を煽ってしまうだけなんじゃないか、などと僕はチーズたっぷり牛丼を頬張りながら思ったのだが、このときすでに時間を無駄にしたという嫌な気分は消え去っていた。
チーズたっぷり牛丼のおかげで夜の休憩のあとも僕はやる気が漲っていて、そのためかお客さんの入りもそこそこ良かった。ちょっとした空き時間は発生してしまったものの、集中して小説が読める程の時間ではなかったので僕としては万々歳で、久しぶりに充実した一日だったと言っていいだろう。しかし終盤になってくるとたぶん張り切り過ぎたせいもあって、占いの精細を欠くときがしばしばあった。
それは特に対人関係の相談のときに起こって、いつも特定しやすくするためにお客さんに相手の名前と年齢を書いてもらうのだが、その人がなかなか特定できなかった。外見や性格などヒントを色々言ってもらっても、あっちの世界から伝わって来る雰囲気や言葉がお客さんの話すその人と微妙に乖離があり、それを修正するのに時間がかかってしまった。
お客さんは幸いにも占いしてもらうのがほぼ初めての人ばかりだったので、そんな僕の修正作業でも珍しがって特に不満はなさそうだったが、お客さんの貴重な時間を無駄にしたことに変わりはない。占いの単価は十分千五百円くらいで、「ミラクル★フォーチュン」所属の占い師はみんなこの単価で占いをし、占い時間が増えるほど単価は割安になっていく。初めてのお客さんは比較的占い時間が短いから、その分単価は割高になって余計時間を無駄にできないのに僕はそこでかなり無駄にしてしまったから、やはり申し訳なくて終了時間を少し延ばしてその埋め合わせにした。
前にもこんなふうに精細を欠くときがあって、それをルナに相談してみると、「疲れて雑念が湧いたんじゃない?」と言われてそんな気がして来た。ルナは基本的にあっちの世界から下りて来る言葉をそのまま口にするだけで、自分をその言葉が降りて来る状態にさせることは、ルナにとっては自分の手足を動かすくらいに自然なことだった。でも疲れて来るとルナもそれが多少辛くなって来て、そうならないためには「よく寝れば良いんだよ」がルナの答えだったのだが、ルナはとにかくどこでも寝ることで有名なので、これほど説得力のある答えは他にない。
ルナはこの前の集まりで坂本さんの話しを聞いているとき、坂本さんの近くの席にあえて座りに行ったのに話しが始まってすぐカクンとなった。坂本さんは誰か寝てても全く気にせず話し続けるので、僕はもう気になって右前のルナのカクンばかり見ていると、それが何だか相槌に見えて来てすごくおかしかったのだが、ギリギリのところで笑わずにやり過ごしていた。それで乗って来た坂本さんの話しにルナと僕以外どんどん引き込まれていき、最後の結末でみんなが深く頷いた瞬間にルナも一緒にカックンとなったので、ついにふっと声が漏れてしまったが咳払いで何とか誤魔化した。




